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戦後の日本人が上書きし損ねた「愛国心」について 《山崎雅弘》

表題に関連するツイートをまとめてみました。現在の日本社会で「愛国」と評価される基準は、戦前戦中に使われたそれをそのまま「流用」したものが主流で、誰もそれに疑いを差し挟まず、事実上「戦前・戦中式の愛国」だけがあたかも専売特許のように「愛国のスタンダード」とされてきましたが、果たして将来もこのままで良いのか? 「戦前・戦中式」以外の「愛国」を、戦後の日本は自らの手で創り出し、それをもって「戦前・戦中式の愛国」を「上書き保存」することを怠っていたのではないか? こうした問題について、考える一助にしていただければ幸いです。 また、以下のまとめも関連するテーマを扱っていますので、合わせて読まれることをお薦めします。 本当の「愛国」とはなにか 続きを読む
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki
昨日、出先で読売新聞を見たら靖国神社に関する記事が出ていたので、帰りにコンビニで買った。読売新聞は、産経新聞のように「国家神道」や日本会議にベッタリではなく、現在の靖国神社の位置づけや首相の靖国参拝にも批判的視点を持ち合わせている。 pic.twitter.com/sUyRHHVSzY
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki
「最初の合祀は、戊辰戦争での官軍の戦没者3588柱。太平洋戦争で213万柱が合祀され、合祀の合計は246万6千余柱に上る」(読売、2014年11月6日)つまり全体の86パーセントが、太平洋戦争の戦没軍人(松岡洋右など非軍人も一部あり)。現在までの研究によれば、その約六割が餓死者。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
読売の記事は、いわゆるA級戦犯の合祀(1978年)に昭和天皇が「不快感」を示し、以後今上天皇まで一切の参拝を行っていない事実と背景も簡潔に解説している。また、世界各国の戦没軍人墓地が靖国神社と異なり「特定の対象者を慰霊する宗教施設ではない」との小泉内閣時代の報告書も紹介している。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
前にも一度紹介した本の画像だが、国家神道の政治体制がいかにして「教育勅語」の意味を恣意的に膨らませて、国民が国家のために犠牲となることを当然視する思想教育を行ったかという実例(教育勅語の副読本『教育勅語と我等の行く道』昭和10年)。 pic.twitter.com/mOl5fmHnEd
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山崎 雅弘 @mas__yamazaki
「教育勅語」は、危機や災難の時には公に奉ぜよ、という「非常時の」「例外的な」義勇的精神の美徳について言及しているが、この副読本はそれを「国家体制への自己犠牲」は国民として当然の義務だと解釈し意味を著しく膨張させた上、靖国神社の写真を添えて同神社を自己犠牲顕彰のシンボルにしている。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
靖国神社には本来、戦死する軍人の数が少ないことを良しとする価値判断はない。むしろ戦死者が多いほど、祀ることで多くの遺族を「味方」につけることができ、神社の影響力が強まる。部隊が退却して兵士が生き延びれば、靖国神社には何の利益もないが、死ねば影響力拡大の宣伝に利用する材料が増える。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
靖国神社は戦没軍人を「お国のために立派に戦って倒れた軍人」という美麗なテンプレートに当てはめて祀り、個別の死因等には一切目を向けない。戦場で敵弾を受けて死んだ軍人と、食料の補給も無いまま未開のジャングルを彷徨って絶望の中で餓死した軍人を区別しない。実際には後者の方が多数派だった。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
上層部が無謀な作戦を強行して、補給を送る見込みもない戦場に部隊を送り込み、絶望的な状況で戦わせて餓死させたり『戦陣訓』で敵への投降を禁じて自殺的突撃を行わせたりすることは、靖国神社の利益に一致する。神格化で体制の政治宣伝に利用できる「魂」が増えることを、靖国神社は悪いと思わない。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
戦死した軍人の「魂」を物語化し、国家体制への国民の更なる献身を要求する材料にすれば、自分の「誤断」や「無能力」など重大な資質の欠落は検証の対象から外されるので、戦争指導部にとっても都合がよい。「戦死者が増え続けるから戦争を止めよう」という発想は出てこない。特攻の根源もここにある。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
死亡した軍人の「魂」を神格化し、国家体制と戦争指導部の正当性を補強する材料として利用することで、その死者と同様の死に方をする軍人がさらに増加する。それは死亡した軍人の「魂」が望んだことだったか。国家神道の政治体制は、指導部の誤断で死なせた犠牲者をも自らの権力強化に利用してしまう。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
「教育勅語」自体には、このような政治体制を肯定する文面は無い。だが「教育勅語に基づく道徳教育」は、副読本で文面の解釈を恣意的に膨張させることにより、失政の犠牲者が多いほど政府の政治的支配力が増大する本末転倒した国家体制を作り上げることも可能になる。過去の犠牲者がそれを教えている。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
自衛隊の海外派遣が実現すれば、紛争地で命を落とす自衛官が出るリスクは増大する。自衛隊派遣を可能にする法的整備や法解釈変更の研究は着々と進んでいるが、命を落とした自衛官は「靖国神社に祀られるのですか」という質問が国会でなされたか。この質問への答えは、現政府の本質を浮かび上がらせる。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
戦後の日本における失敗の一つは、「愛国心」という概念と正面から向き合うことから逃げ続けたことだと思う。戦前戦中の国家神道体制において、愛国心は国民に体制への服従を強いる政治教育の柱であったため、戦後の日本では「愛国心の鼓舞=軍国主義の復活」と短絡的に忌避され、価値を全否定された。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
世界を見渡してみれば、近隣諸国と良好な関係を築いている民主主義国でも「愛国心」は普通に人々の心に根付いている。だが、戦後の日本では「愛国心」の価値を否定した結果、国家神道系の人が提示するスタイルだけが「愛国心」の専売特許になってしまい、それ以外の形態もありうることは忘れ去られた。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
「愛国心」について考える場合、愛の対象である「国」とは何かが問題となる。民主主義国では、国民の生命や生活環境も「国」の中に含まれるが、非民主的で抑圧的な国では「現政府を頂点とする国家体制」だけが「国」であり、その体制を護持するために我が身を犠牲にする人間が「愛国者」と見なされる。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
現在の日本でも、国家神道系の人々が提示するスタイルだけが唯一の「愛国心」であるかのように錯覚され、それに賛同しない人間は「愛国的でない」と決めつける風潮が一般的。しかし実際には、国家神道系のスタイル以外にも「愛国心」の形態はあり、自分はどの「愛国心」を選ぶかという問題でしかない。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
戦前戦中の日本では、国家神道の価値判断に思考と行動を適合させ、政府の言う通りに行動することが「愛国的」なのだと教えられたが、現実は正反対で、日本は長い歴史の中でただ一度、国として滅亡の危機に瀕し、主権を他国に譲り渡した。亡国の道を「愛国」だと勘違いしていた。今もその錯覚は根強い。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
政府の言う通りに行動することが「愛国的」なのだと教えられたが、現実は正反対だった。「では何が間違っていたのか」をきちんと分析・精査せず、ただ「愛国」という概念自体が「危険物」だから全部捨てよう、と安易に問題から逃げたのが、戦後の日本だったと思う。重要な問題を克服する機会を逸した。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
本当なら戦争に負けて「民主化」した時点で、戦前戦中の「愛国」と、明治や大正期の「愛国」、よその国々の「愛国」の形を比較検討して、戦前戦中の「愛国」思想の欠陥を洗い出した上で、新しい「愛国」のファイルを作って「上書き保存」しなくてはならなかった。だが結局、それをせずに今日まで来た。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
日本人が民主的な体制下で再興するために新しい「愛国」ファイルを作ることは、完全主権国家としての日本の復活を危惧する戦勝国にとっても、望ましいものではない。戦前戦中の体制を復活させたい国家神道系の人々と、日本人が精神的に自立することを望まない米政府の利害は、この点で奇妙に一致した。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
米政府は、日本の占領統治政策を進める中で、民主的な国家にふさわしい「愛国心」のスタイルを示唆することを、おそらく意図的に回避した。それは第一次大戦後のドイツに適用されたヴェルサイユ条約に似ているが、当時のドイツと大きく異なり、戦後の日本人は「愛国心の不在」を屈辱とは考えなかった。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
自分の所属する社会集団が大きな困難に直面し、自信や将来への展望を見失った時、所属集団の「強さ」や「進路の正しさ」を裏付ける何かにすがり付きたいという感情が、極端な政治思想を生みだす土壌となる。20世紀の歴史は、これの繰り返しだったように見えるが、いよいよ日本にも順番が回ってきた。
山崎 雅弘 @mas__yamazaki
国家神道系の人が提示する「愛国心」のスタイルは、実質的な人権の無視をはじめ様々な意味において時代遅れだが、その思想の欠陥を洗い出して新しい「愛国」のファイルで「上書き保存」するには、まだ手遅れではないと思う。「愛国か反日か」という二項対立ではなく「何が愛国か」を議論すべきだろう。

コメント

ephemera @ephemerawww 2014年12月6日
同意する。そもそも愛国心は民主主義国の大前提として主権者である国民に当然あるべき思想だ。常識的に考えれば、主権者が自分のものである自分の国に愛着を持っていないのは変だということは馬鹿でもわかる。だったら自分の国を愛している独裁者や王の方がはるかに社会が安定する。民主主義など捨てた方がマシではないか
ephemera @ephemerawww 2014年12月6日
小学校の運動会でも、企業でも、成功発展のためには帰属意識と団結が必要なように、国家だって成長発展には国民の帰属意識と団結が必要だ。帰属と団結は共同体の発展には必須なのだ。愛国心はその基盤になるものでもある。戦後日本が愛国心を全否定したのは完全な過ちである。愛国心を当然かつ必須のものと肯定し、私達の社会にあるべき愛国心を模索すべきだろう
Yazack @ares1984c 2014年12月6日
所謂サヨク的思想もまた国を想えばこそ。これを(かつての苦い記憶ゆえに)「愛国心」と呼ぶことに躊躇する空気、「売国的」と糾弾する姿勢こそが、戦後日本に相応しい、新しい愛国心の誕生を妨げている…と読みました。
心技 体造 @mentalskillbody 2014年12月6日
戦争を体験してもいない方が戦争を体験したかのように知り尽くしたかのように自分の考えだけが正しいかのように、またその考えを人に押しつけるのでは軍国主義と何も変わりません
水上春奈@サウロンの口P @tarlyon 2014年12月6日
なんだろう、DV亭主が一般論の家族愛を説くような気持ち悪さ。一般論は知らないがお前を愛するかどうかは俺の勝手だ。
Anonymous Coward.jp @Anonymous_jp_ 2014年12月6日
国粋は必ずしも愛国の体をなさずhttp://www.miyadai.com/index.php?itemid=10 「愛国の本義とはなにか?」
Anonymous Coward.jp @Anonymous_jp_ 2014年12月6日
要は「国粋」と「愛国」は違う。「お国のために」と叫んで万歳突撃をすることが、日本人の子々孫々の幸せにつながりますか。国粋は必ずしも愛国の体をなさず。愛国の本義は、何が子々孫々の利益になるのかを思考停止に陥らずに計算せずして貫徹できません
Anonymous Coward.jp @Anonymous_jp_ 2014年12月6日
ちなみに、国益という言葉を出しました。愛国の本義においては、国益とは国民益のこと。国民が死に絶えても保存される国益があるなどとは考えません。ところが、国民益とは無関係な国家益があると考えてそれを国益と呼ぶ、頭の足りない輩が溢れています
Anonymous Coward.jp @Anonymous_jp_ 2014年12月6日
 繰り返すけど、日本ではいまだに「国家のために国民がある」と考える時代遅れの枢軸オタクが溢れています。この思考は「国民が死に絶えても保存される国家の利益(国益)があると見倣します
matrix @matrix____ 2014年12月6日
今の日本にある「愛国的な何か」は東日本大震災の時に多くの人々が皮膚感覚で感じた「日本はこのままダメになってしまうんじゃないか」というリアルな危機感とその後の復興への意志の中から拡大していったものではないかと感じる(´ー`)
matrix @matrix____ 2014年12月6日
そうした人々が守りたいのは論理上に浮遊する「国家」やシステム的な「国家」ではなく、日本の人々ひとりひとりの集合体としてある血の通った「日本」。大震災以前から当時の民主党政権が中国政府に擦り寄り、過去に中国に対して莫大な支援を提供してきた日本が隷属的扱いを受ける姿を目にしてきたコトがこの「愛国的な何か」が爆発する起爆剤の役目を果たした(´ー`)
urutora_udon @urutora_udon 2014年12月6日
国民の自由な感情すら、気に入らないから国家権力で統制しようってのはいますなw
urutora_udon @urutora_udon 2014年12月6日
ま、ナショナリズムから解脱したつもりになっているのに執着して、他国のナショナリズムに便乗したりただのアンチになってる魔境に陥ってる人も見かけますなw
urutora_udon @urutora_udon 2014年12月6日
お国のために散るのを愛国心にしようが、現政府を破壊するのを愛国心としようが他人に強制したり煽動しなきゃいいってのが個人の尊重だと思うんですけどねw
へ~ジック @nainainiinii 2014年12月6日
すこし前に政治ってものに興味を持った時、問題の多さに脳の血管が切れそうになった。見捨てずにどうにかしようってのならもう「愛」でも無きゃやってらんないな。と思った。
urutora_udon @urutora_udon 2014年12月6日
ユダヤ人は嫌いだが、反ナチのために反ユダヤ主義を批難したスターリンの手法もなかなか危険ですので、これにも気をつけたいところですw
nekosencho @Neko_Sencho 2014年12月6日
最近だと、日本の悪いところや直したほうがいいところを指摘しただけで、売国だのなんだのと騒ぐ愛国こじらせた人をちょくちょくみかけるので、悪いところも指摘できなくなって転落していかないか心配で仕方ないです。
nekosencho @Neko_Sencho 2014年12月6日
ひどいのになると、幕末のころ日本が欧米各国に科学技術で遅れをとっていたって話にまで噛み付いてくるからなあ……
lmh🇯🇵 @lowmissile 2014年12月6日
Neko_Sencho まあ、あんたが日本の悪いところを集約してるよw
s.j. @uo_kawa 2014年12月7日
WWⅠ以前はどの国も「自国に奉仕しろ」だったが、その途中からそれでは犠牲が出過ぎるからと「敵(〇〇人)を殺せ」に変わった。つまりWWⅠを境に世界は「味方の献身よりも敵の殺害を強調する戦争文化」に変化したのだが、日本は未だにWWⅠ以前のままで停止している。どうしたら良いのでしょうか?
ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2014年12月7日
大日本帝國の愛国心が悪意によって作られた論には同意しないけど、愛国心のリライトはしたほうがいいってのは同意できるなw
大石陽@聖マルク @stmark_309 2014年12月7日
uo_kawa それは文化というより戦術の変化に伴うものだよ(というか鬼畜米英とか言ってたのはなかったことになったのか?)。昔は歩兵は集団で一斉に射撃するものだったから、必要なのは命令に従うこと。しかし、機関銃や戦車、塹壕戦等が普及した結果、歩兵は大集団で固まっての一斉射撃ではなく、分散しての戦闘が多くなった。すると、兵士一人あたりの寄与度が高まり、「自分が相手を殺す」という心理的抵抗が強くなるので、人間を殺すことへの忌避感を軽減する教育が必要になる。
心技 体造 @mentalskillbody 2014年12月7日
今の日本の大多数は愛国心等にあまり拘っていませんでした。ですが、しつこく日本人という特定人種のみの愛国心という言葉を意味なく馬鹿にし続けたり、靖国に参拝しただけで犯罪者のように扱う差別的な方が増えてきたので、それに伴って人を守りたいという意味で愛国心を持つ方が増えてきているのが実情でしょうね。人間ですから攻撃に対して抵抗するのはごく自然な事です。
TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2014年12月7日
「自衛隊の海外派遣が実現すれば」いや派遣自体は随分前からやってるし
TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2014年12月7日
つか敗戦当時の戦勝国の愛国心教育なんて今の日本のリベラルが見たら発狂するぞ
sukebenayaroudana @Sukebenayarouda 2014年12月7日
殉職と戦死にどれほどの差があるかは議論があるところですが、自衛官が殉職した場合は出身地の護国神社に合祀されることが慣習化されています。護国神社は東京都以外のすべての道府県に存在します。東京都は靖国神社が担当します。したがって、東京都出身の自衛官が殉職した場合には靖国神社に合祀されます。戦死もそれに準じるのでは?
TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2014年12月8日
今現在のこの国の愛国心教育が戦前戦中のそれと同質だというのもこいつの個人的な主観でしかない。仮に正しいとしても、それを是正するにはいずれにせよ教育改革は不可欠だが、こいつがそれに賛成するかと言われると…多分その時はその時でこいつ絶対に反対するだろ
ひのもとはじめ @JpnLoveXXX 2014年12月8日
しごくもっともな意見だと思うが、右からも左からも叩かれてんなぁ。今は愛国者=モンスターペアレンツ的な「日本をすべて肯定しないと反日」って風潮でうんざりする。愛国か反日かじゃなくて、もうちょっと郷土愛的な、日本の良いとこも悪いとこも受け止めて、暮らしやすい国を作ろうっていう、個々が自由な「愛国心」を持つのいいことだと思うけどな。
エツェ子 @beastlyelder 2016年6月16日
SILVER_CAP 何時から日本のリベラルが発狂していないと錯覚していた?
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