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福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
今日(昨日)の昼。日課の5kmウォーク終盤。イヤホンを通して流れてきたProgress※を耳にしながら考えたことをちょっと書いておきたい(※スガシカオ。「プロフェッショナル仕事の流儀」テーマ)。
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失敗を経ずにプロになった人はいない。あらゆるプロは、失敗を乗り越えてプロになる。では、私自身の失敗とは、何だったのか。
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ここから先は、ウェブでは一切公開したことのない事実。
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なんてもったいぶるほどではないが、でも本当にそう。
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プロフィールページ yokohama-kokugo.com/06-mysite-prof… には、 2001――公立小学校教諭 2006――ふくしま国語塾 としか書いていないのだが、まずその5年間にも、大きな失敗があった。
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私は2001年に東京都の小学校教師として正規採用されたが、実はわずか1年で退職している。1つの理由は腰椎椎間板ヘルニア(医師の診断)…なんだが、もう1つの理由があった。それは、望まない方法で望まない内容の授業(ないし仕事)をせざるを得ない学校教師という立場に耐えられなかったこと。
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学校教師にはただでさえ多くの制約があるが、初任者にはもっと多くの制約がある。そんな中、自分のやっていることが目の前の子どもたちを傷つけているようにしか思えなかったのだ。
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ある日私は、そのもどかしさのあまり、教室で自分の鉛筆を折った。やり場のない怒りをぶつけるために。それを子どもが見ていたかどうかは、今は覚えていない。しかし、そのときの怒りの程度はよく覚えている。そしてその日の昼休み、私は校長室をたずねた。「退職させてください」。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
それまでの日々、管理職との間には多くの確執が積もっていた。私は週に一度以上のペースで、出勤直後、職員室の脇の理科室に呼び出された。教頭に。電灯もつけない暗い理科室で、ねちねちと小言を言われた。男の教頭だったが。生意気な29歳の初任者を放っておけなかったのだろう。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
そして、退職を告げたときの校長の言葉はこうだった。「分かりました。引き止めません」。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
いま思えば、熱心に私を指導してくださった同学年の学年主任であった指導教諭や、目をかけてくれていた年配の女性教諭には、申し訳ないことをした気がする。でも、正直、指導教諭の考え方にもまったく納得できないことが多く、不満ばかりが募っていたのだから、しかたなかった。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
そんなこんなで退職した私は、国語専門の私塾を開いた。旧・ふくしま国語塾。JR戸塚駅から徒歩数分の距離にある築40年近い2階建て一軒家を月6.5万で借り、1階を塾に、2階を居住に使うことにした。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
しかしその塾は、半年も持たなかった。印刷所に依頼する金もなく有隣堂のコピー機を占拠してB4コピーしそれを半分にカットして作ったB5サイズの白黒チラシ数千枚を、暑いさなかに自ら持ち歩きポスティングした。しかし、生徒は半年で10名にも達しなかった。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
当時は1時間2000円ほどで生徒を募集していた。学生家庭教師レベルだ。どれほどの収入になるか、たかが知れている。教職の1年間でためた金はみるみる減り、底をつきそうになった。やむなし。私は塾を断念した。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
ちなみに、1階は6畳だった。集団指導をできる広さはなかった。1対2の個別指導という形でやっていた。しかし、あの部屋でまともに授業をした記憶が、ほとんどない(笑)。無理もない。生徒がほとんどいなかったのだから。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
それ以降、1階は雨戸を締め切ったままの暗い物置に変わった。塾のために買い込んだ机や椅子は虚しく放置。奮発して買ったPILOTの両面ホワイトボードも放置。
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さて、どうやって生きていくか。有効な武器は……教員免許だけ。私は悩んだ挙句、小学校の臨時的任用教員に応募した。ただし、こんどは横浜市。半年前の二の舞になる恐れもあった。しかし、その道しかなかった。やりたいのは教育の仕事だけだったから。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
そしてほどなく採用が決まった。2002年の秋。その学校には、2004年の春まで勤務した。期限付き採用なので、たとえば産休の先生が戻ってくれば出て行かざるをえない。そんなこんなで、更新を繰り返しながら、2004年度、2005年度は、それぞれ別の学校に勤務した。
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断っておくが、臨時的任用教員とは言っても、仕事の内容や給与は、他の正規教員と何ら変わらない。異なるのは、「期限付きかどうか」だけ。だからむろん担任を持ったし、校務分掌も普通にたくさん担当した。
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そういうわけで、私の小学校教師経験は、正確には4年半なのだが、面倒なので「約5年」などと説明している場面が多い(笑)。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
東京都と横浜市で、合計4つの学校を体験できたことは、のちのち自分にとって大きなプラスになった。1つの学校しか勤務していないと見えないことが、多々見えたから。その詳細は、ここに書いてある→ yokohama-kokugo.com/06-mysite-abun…
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ちなみに、「小学校教育が危ない!」のログは、どこかの出版社から新書化したいんだが、なかなか「そのまま使わせてくれ」という依頼がない。十分、それに堪えるコンテンツなんだが。まあ、一部は国ダメに入れたけどね。新書化されたあかつきにはログを消すので、読むなら今のうちです(笑)
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そういうことで、1つめの失敗は、「旧・ふくしま国語塾」の失敗、なのであった。
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でも、なぜ臨時採用を転々と続けたのか。途中で横浜市正規採用のための試験を受けるつもりはなかったのか。という疑問がわくだろう。そう。受けたのである。記憶が確かならば、二度受けたのである。しかし、どちらも落ちたのである。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
いや。どちらも、私は絶対受かったと思っていた。たしか、経験年数により1次は免除となっていたと思う。で、論文・面接・実技試験のみ。論文には絶対の自信があったし、面接でも問題はなかった。では、なぜ落ちたのか。
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