アン=スキー『ディブック』の翻訳に寄せて

【関連まとめ】 ・「二つの世界のはざまで――S・アン=スキ『ディブック』とユダヤ文化ルネサンス」(http://togetter.com/li/878222) ・「朗読劇『ディブック』(終了後の感想)」(http://togetter.com/li/883227) ・「越境するユダヤ演劇――ツヴィカ・セルペル演出『ディブック』における日本の伝統演劇の要素と美学」(http://togetter.com/li/927080
書籍 文学 アンスキ ユダヤ ハシディズム 戯曲 演劇 ロシア ヘブライ ワフタンゴフ ハビマー イディッシュ
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直立演人 @royterek
今日はそう遠くない場所にあるお寺で厄除大祭をやっていたので、インフルエンザのせいで行けなかった初詣も兼ねて厄払いに行ってきた。帰りに立ち寄った喫茶店で劇友の演出家S氏に偶然出くわす。ユダヤ演劇史上最も有名な戯曲を訳した件を話したところ、刊行の暁には朗読会をやろうという話になった。
直立演人 @royterek
ユダヤ演劇史上最も上演されてきた舞台はショレム・アレイヘムの『牛乳屋テヴィエ』(「屋根の上のバイオリン弾き」の原作)だろうが、この作品はもともと小説なので、最初から戯曲として書かれたわけではない。その意味では、最近訳し終わったアン=スキーの『ディブック』が最も有名な戯曲と言える。
直立演人 @royterek
アン=スキーは多くの顔をもつ。シャガールとほぼ同郷(ひと世代上)の彼は、馴染のシュテットル(ユダヤ人町)を捨ててナロードニキ運動に身を投じ、社会革命党の創設メンバーの一人にもなるが、後にユダヤ世界に回帰し、ユダヤ民俗学の草分けとして帝政末期のユダヤ文化復興の中心的人物ともなった。
直立演人 @royterek
アン=スキーは1912年から14年にかけてハシディズム揺籃の地ポドリアとヴォルイニャ地方への本格的なユダヤ民族調査団を指揮し、数多くの民間伝承や民俗資料を採取した。そこで得られた伝承や知見を総動員して書かれた戯曲『ディブック』は、ユダヤ・フォークロアの宝庫とも言うべき作品である。
直立演人 @royterek
それゆえ、この作品を日本語で上演するのは至難の業と言わざるを得ない。たとえば、ユダヤ文化に馴染みのない読者のために脚注をつけたところ、100近くにも上ってしまった。もちろん脚注や解説抜きでも物語の大筋は理解できる内容だが、この作品を日本語話者が観る舞台環境に適応させるのは難しい。
直立演人 @royterek
ただし、この戯曲はもともとロシア語で書かれ、アン=スキーが当初想定していた主な客層も、ユダヤ人ではなく、ロシア人であったと言われる。実際、ロシア演劇界の重鎮であったスタニスラフスキーがこの戯曲に関心をもち、当初はモスクワ芸術座で上演される予定だった(が、革命のどさくさで頓挫)。
直立演人 @royterek
アン=スキーはいうなれば、東欧ユダヤ文化の最も奥深いハシディズムの伝承世界を、近代的な恋愛のモチーフとともに当時流行のワグナー風味にアレンジすることによって、同時代のロシア知識人の芸術的感性に受け入れられるとともに、ユダヤ人の民俗文化に関する偏見無き理解を促そうと努めたのである。
直立演人 @royterek
だが、その試みはロシア革命で変更を余儀なくされる。芸術座での上演は叶わず、代わりにモスクワで創設されたばかりのヘブライ劇場ハビマー(後のイスラエル国立劇場)で、天才演出家ワフタンゴフの演出で1923年に上演され大反響を呼んだ(初演は22年、ワルシャワでイディッシュ語による上演)。
直立演人 @royterek
ただし、モスクワの舞台はヘブライ語だったにもかかわらず、ヘブライ語の理解できない人たちもたくさん観に来て衝撃を受けたようだが、そもそも演出家のワフタンゴフ自身がヘブライ語を理解できたとは思えないし、ゲネプロにはエイゼンシュタインが観に来て生涯忘れ得ぬ経験だと日記に書き残している。
直立演人 @royterek
ちなみに、ベルリンにツアーをしたハビマー座(そのままソ連に戻ることなく、放浪の末、パレスチナにたどり着き、後にイスラエル国立劇場になる)の『ディブック』を観たドイツの天才演出家マックス・ラインハルトは、ワフタンゴフの演出を絶賛し、「これは演劇ではない、神劇だ」と述べたそうである。
直立演人 @royterek
というわけで、ワフタンゴフの天才的な演出のおかげもあって、戯曲『ディブック』は、ユダヤ人社会はもちろんのこと、ロシアはもとより、ドイツをはじめヨーロッパ諸国でも1920年代後半にはすでにかなり知られた作品になっていたようで、なんと戦前の昭和5年に(!)日本語訳も出ているのである。
直立演人 @royterek
「デイブツキ」(アンスキイ著、中川竜一訳)『世界戯曲全集 第39巻(西班牙・猶太篇)』iss.ndl.go.jp/books/R1000000… さすがに古風な訳文だが、80年以上の歳月を経て改めて日本語に訳す上で少なからずお世話になった。中川竜一さんの霊には、この場を借りて感謝申し上げたい。
直立演人 @royterek
と、『ディブック』はそんな曰くつきの戯曲なのだが、さすがにこれを上演するつもりはないものの、朗読会は是非ともやってみたいところである。まだまだこれから遂行を重ねる必要はあるが、古今東西の戯曲とともに、東欧ユダヤ文化に関心のある方に同時に楽しんでいただける訳文となるように努めたい。
直立演人 @royterek
『ディブック』は数多くの言語に訳され、世界中で舞台化(オペラも含む)されただけでなく、何度か映画化もされている。最も有名なのは1937年(!)に制作された映画だが、YouTubeで全篇アップされている。The Dybbuk 1937: youtu.be/9Eaz_JEHqXM
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直立演人 @royterek
というか、1974年には『ディブック』はバレエにもなっていて、バーンスタインが作曲していたことすっかり忘れていた。Leonard Bernstein: Dybbuk (1974): youtu.be/HPAFePdpboI en.wikipedia.org/wiki/Dybbuk_%2…
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直立演人 @royterek
これを先に書くべきだったが、「ディブック」というのは、生者に憑りつく悪霊のこと。と、ディブックを題材にした"The Possession"という映画が2012年に作られていたことを知る。誰かと思えばマティシヤフが出演しているではないか:youtu.be/IMlCW_6rQu4
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直立演人 @royterek
憑かれたように歌うマティシヤフ:Matisyahu Possessed: youtu.be/ZGiOM4TusmA これはなり迫力のあるホラー・シーン→The Possession (Abizu exorcism scene): youtu.be/BBzqze41e1g
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直立演人 @royterek
英語などの解説からの翻訳転載と思われるが、生者の肉体に取り憑くと信じられたユダヤ版悪霊伝説「ディブック」に関する日本語の手頃な解説を発見:ユダヤ教/ディブク - 幻想動物の事典 toroia.info/dict/index.php…
直立演人 @royterek
実はこれからようやく読むのだが、日本語で『ディブック』についての論文を書いていた人が。村井華代 「S.アンスキ『デイブック』とユダヤ演劇の近代」『共立女子大学総合文化研究所紀要』(第20号)kyoritsu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_… たぶんこれに大方のことが書かれているはず。
直立演人 @royterek
【訂正】『ディブック』の初演の年を間違えました。イディッシュ語台本による初演は1920年(アン=スキーの没年)ワルシャワ、ヘブライ語台本(ヘブライ文学の桂冠詩人と称されたH・N・ビアリク訳)による上演は1922年モスクワでした。因みに、1920年代初頭にはソ連でヘブライ語が禁止。
直立演人 @royterek
Aaron Copland: Vitebsk (1929) youtu.be/3JVJiXwbL14 『ディブック』の舞台に霊感を受けて書かれた曲と言われる。アン=スキは、シャガールと同様ヴィテプスク出身で、『ディブック』冒頭の歌はヴィテプスクに伝わるハシディズムの旋律。
「#演劇」

コメント

KanabunnGilles @AnomalaCuprea 2015年10月2日
急に休みが取れちゃったので公演行けるかも(感涙)https://twitter.com/royterek/status/649609702641242112
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