【邪悪の樹――二籠】第二交流フェイズ――伽藍の矢

【邪悪の樹——三ツ牙】企画管理アカウント @treeofevil

誰も居ない屋敷の大広間。 其処に再び、一羽の鳥が降り立った。 翼を畳み、両目を閉ざし。 それは帰りを待っている。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

扉を開けると同時に屋敷に踏み入り、声を発する。 「ただいま」 返答は無い。まだ誰も帰っていないのかと判断し、部屋に一度背を向ける形で扉を閉める。そのまま扉に背を預け、息をつく。 丁度良かった。勝ちはしたものの、足に腹部と怪我を負い、消耗している。誰かが帰って来る前に少し休もう。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

細めた目で大広間を見渡し、鳥を認めて二度瞬きをした。 あれは確か、【愚鈍】の禍罪に呑まれたはずだ。視線を滑らせれば、花瓶の中、間違いなく透明な花が咲いている。 「……『あるじさま』が、新しく寄越したかな」 推測を半ば確信として呟いて、鳥へとゆっくりと近づいていく。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

鳥が目を開けば必ず自身が見える位置まで来たところで、口を開いた。 「君とは初めましてだね。君の先代に当たる使いに、心臓を取ってくれば記憶が戻ると伝えられたから、取って来たよ。これを喰らえば本当に記憶が戻るのかい？　出来れば、生のままじゃなくても問題ないかも教えてくれると有難いね」

【邪悪の樹——三ツ牙】企画管理アカウント @treeofevil

@habgier_toe 声をかけられた鳥は目を開く。不穏な両目をギョロリと現し、ニタリと笑う。 『おめでとうございます、勝利者様。先ずは祝福と賛辞をお贈り致しましょう。 あるじ様に嘘はありません。その心臓を喰らえば、必ずや貴方は記憶を取り戻せることでしょう。』

【邪悪の樹——三ツ牙】企画管理アカウント @treeofevil

@habgier_toe 『生であるかどうかは大した問題ではございません。それが心臓であることが、重要なことなのです。 さあお食べになられるといい。そして、これからの話をしましょう、勝利者様。戦いはまだ、終わりではありません』

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

鳥の言葉に耳を傾ける。最後の提案にほんの一拍だけ動きが止まったが、すぐに身を翻した。 「それじゃ、最低限の処理だけでもしてくるよ。確か、殆どの生肉はそのまま食べてはいけなかった筈だ」 料理の記憶が何か出て来ないかと脳内を漁る。碌な結果が出ないまま、痩躯は台所へと辿り着いた。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

入り浸ったことはないがそれなりに来たことのある清潔な場所。鍋に水と塩を放り込む。途中、無意識の動作で足やら手やらを何処かしらにぶつけた。どうやら思ったよりも疲弊しているらしい。 傷口の手当てもしていなかったと、鍋に心臓を茹でる作業を与えて、虚空から包帯を取り出す。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

椅子を引いて腰かけ、続けて念じ取り出すのは砂時計。料理における時間の勝手など分からないが、この砂が落ち切れば問題ない筈だ。 完全に食材扱いしている事を心臓の持ち主が知ったら、あの感情さえ拒絶した顔で此方を見て来そうだが、間違っても吐き出さない為の尽力だと許して欲しいところである。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

「【物質主義】、早く帰って来ないかな。代わって欲しいよ」 望めば何でも出て来る場所で、わざわざ料理をする酔狂な存在と言えば、まず長い髪を揺らして動く姿が浮かぶ。 今頃自身も相手も傷つけまいと立ち回っているのだろう。つまり、交代を望むのは口先だけですぐに帰って来るとは考えていない。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

「【残酷】でもいいな、頼めば引き受けてくれそうだ。【不安定】は……私が言うのもなんだけれど、料理、出来るんだろうか。【愚鈍】……は、料理以前に火に近づけたらいけない気がする」 誰に聞かせるでもない言葉を並べる。聴覚のある二人が帰ってくれば、自分は既に戻っていることが分かるだろう。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

――誰も帰って来ないという可能性も、考えていないわけではない。 死、離反、理由は幾らでもある。 けれどそれらは、【貪欲】が欲しい情報ではない。 だから、記憶が戻るか、否応なしに他を案じ始める誰かが帰って来るまでは、棄却だ。

【残酷】グラオザーム @Evil_Gra

【残酷】、と。遠くで己の呼称が聞こえた気がして、それは薄らと目を開いた。膝の上にあったはずの重みも温かさもなく、目を刺さない適度な明るさも失せていた。あのまま眠ってしまっていたかと身を起こし、手をついた床の感触に初めて違和を感じた。

【残酷】グラオザーム @Evil_Gra

ぐるりとあたりを見回す。己の血で濡れていたはずの絨毯はなく、散らばった本もそれを収めていた本棚も跡形もなく失せていた。そればかりか見渡す限り壁も柵もない。在るものはただふたつ。何とも言えないその『もの』にはそれぞれ見知った顔が映っていた。

【残酷】グラオザーム @Evil_Gra

調理場で独語を続ける【貪欲】に、先ほどの声はここからかと見当をつける。負傷の手当てをする姿に労わりを覚え、もうひとつに映る【醜悪】が鳥で遊んでいる様子に小さく頬が弛んだ。その光景に喜びを覚え、その感情に息苦しさを覚える。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

自分でも大雑把だと分かる味付けを終え、大広間に戻る。 いつも座っていた席に腰を下ろし、ふと思いついてにやりと笑った。 「私だけ食事をするのもどうかと思うから、良かったらどうだい？」 皿に載った鶏のささみが現れる。鳥に向けて差し出すように押し出した。ちょっとした意趣返しだ。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

鳥がどのような反応を示すにしろ、その名のとおり貪欲に、記憶を求めるだろう。敵の命の焔、その残滓を喰らうだろう。 欲求が吉と出るか凶と出るか。衝動のままに戦いに挑み傷を負った痩躯は、果たして憂いも畏れもしないまま、過日の己に手を伸ばす。

【邪悪の樹——三ツ牙】企画管理アカウント @treeofevil

@habgier_toe 『それではお言葉に甘えて。いただきましょう』 目の前に差し出された鶏のささみを、鳥は何の意図も介さず啄ばみ始めた。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

平然と食事を進めていた手が、止まる。 ――自分の人生を、歌劇として目の前で演じられている感覚だった。 【邪悪】と成ってから固有覚を失い、それに伴って何を自己とするかの定義を曇らせた。 ゆえに記憶も、『自分のもの』というよりも『報酬として新たに手に入れたもの』という感覚が近い。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

ただ、ひとつだけ。左手ごと、中指に嵌まる指環を握り締める。 『　　　！』 【貪欲】ではない、『自分』を呼ぶ声。背後から聞こえたそれに、振り向くことなく拳を合わせて、並び立てるよう距離を縮めてくる相手と指を絡めた。 今となっては、とても出来ないこと。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

背中越しの息遣い、肌の温もり。 あの時は寄りかかって来る重みも知っていた。その上で、意識的に知覚はしていなかった。 『行こう、【僕（　　　）】。俺とお前が、望む世界へ』 『ああ、【俺（　　　）】。僕とお前が、求める世界へ』 あの時確かに、二人（かれら）は一人（じぶん）だったから。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

――そしてもう、自分は『自分』に戻れない。 『今度は私一人でゆきましょう。私一人の望みのために、この生を賭けましょう』 『その求めに応じよう。私は私の手でもって、その死を今この場所で宣告しよう』 『自分』は永遠に『自分』であることを望まなかった。その訳を、ずっと知りたかった。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

『そうして欲しいとは思わないけれど、一緒に死んではくれないんだね』 『私は、まだ知りたい、まだ生きたい。死すら求めるのは、まだ先だよ』 『ああ、そうだね。お前がお前を愛していて、良かったよ。だから、ね』 『俺はお前のために死ぬから、お前は俺のために生きてくれ、【僕（　　　）】』

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

「……僕、は……」 無意識に零れた応えは、最後まで綴られることなどない。今や一は二に戻れない。そして、未だ自分以外の足音のしない大広間で、最早五の一部と戻ることもない。

【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

頭を振る。食事を進め、終わると同時に食器を片づけて、鳥へと向き直る。 笑う。いっそ傲慢に。 「さて、これからの話とやらをしようか。私に得られるものがあるなら、是非ともお聞かせ願いたいね」