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Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa お時間のあるときにお答えいただければ幸いなのですが、寺沢先生の仰るトリレンマにおける「社会統計的実態」つまり「英語のニーズ」は、現時点における顕在的なニーズを指すのでしょうか。将来における潜在的なニーズを含めてもトリレンマは成り立つとお考えでしょうか?
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 「潜在的」の定義次第だと思いますが、一応、想定可能なものを前提にすればトリレンマは成り立つと思います。トリレンマが成り立ちにくい社会は、記事にも書きましたが、たとえばシンガポールです。それはさておき、「潜在的」はどういう意味合いで使っていますか?
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 言葉にするのが難しいので具体例で説明いたします。例えば、ある小規模な商店街には、顕在的には英語のニーズは存在しないかもしれません。とはいえ、英語を使うことができれば世界中に向けて情報を発信し集客をすることが可能なわけです。そのようなニーズを想定しています。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 なるほど。ありがとうございます。同様の議論を実は昨年しています。twitter.com/tera_sawa/stat…
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 簡単にいえばニーズは測定不可能な代物です。それでも潜在的ニーズの代理指標に使えるものとして「限定的接触」を考えています。つまり、ごく限定的なレベルでの接触すらないと回答したのなら、潜在的なニーズもないと判断してよいだろうという理屈です。
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 臆見では「限定的接触」はあくまで顕在的なニーズかと思います…例えば先の商店街の人は「限定的な接触さえない」と回答することが想像できます。英語は潜在的なニーズが大きい教科であり、教育目的の設定に際してその部分の考慮が根本的に重要だと思いますがいかがでしょうか。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 人間は”ある程度”合理的だと仮定すると(これは妥当な仮定だと思いますが)、限定的な接触さえない人は自分の環境や英語使用による利益、英語学習に関わるコストを合理的に計算した結果として、英語接触の皆無の環境で仕事をしているわけです。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 その意味で、現時点でアクセス可能なデータ(JGSS-2006/2010)を前提にするなら、英語科が潜在的ニーズが大きい教科だとはとくに思いません。「潜在的ニーズ」に関する別のデータが出てくれば考えを改めるかもしれませんが。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 なお「ニーズがどれだけあるか」はあくまで事実認識であって、「ニーズを考慮するかどうか」という規範的な議論とは次元が違います。したがって、「潜在的ニーズは低いが、それが存在すること自体を重視する」という立論は可能でしょう。個人的には筋が良いとは思いませんがw
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 「限定的な接触さえない人は利益とコストを合理的に計算した結果として英語接触の皆無の環境で仕事をしている」の部分の理解に困難を感じます。「英語接触の皆無の環境」という言葉を言い換えていただいても良いでしょうか。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 「英語に接触しない環境」という以上の意味は込めていませんが、どこが不明確ですか。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 あああ、両極端を設定するとわかりやすいと思いますよ。「人間が完全に非合理的であれば一切接触しないのはニーズをまったく把握できなかったから」 vs. 「人間が完全に合理的ならば、一切接触しないのは、潜在的ニーズがないことを理解したから」。現実はこの中庸です。
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 理解しました。そうすると「人間が環境を選ぶ(もしくはその環境に置かれる)要因は多種多様であり英語はその一つの要因にすぎない」という反論が可能ではないでしょうか。自分の理解不足かもしれませんが…
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 ええ、ですから、合理的な人間ならば、様々な要因の相互作用のなかで潜在的ニーズを「嗅ぎとる」わけですから、当然、英語を使用するような環境に自分の身を置くわけでしょう?
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 「潜在的なニーズを嗅ぎとれば、英語を使用するような環境に身を置く」というのは「潜在的なニーズに気づけば、そのニーズは顕在化する」ということでしょうか。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 概ねそういう意味です。「ニーズの顕在化」という言葉はそもそも「潜在的」の定義がちょっとあいまいなのであまり使いたくはありませんが、「潜在的なニーズに気づけば、使用は起こる」ならば、私の意図どおりです。
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 「費用対効果が高いことに気づけば、英語を勉強して使い始めるはずだ=英語を使用する環境に身を置くはずだ」という論理なら人間の合理性を根拠にある程度納得できますが、潜在的なニーズ=潜在的な「効果」に気づいたとしても、「費用」が大きすぎるために顕在化が生じないとい
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa うことは考えられます。そしてその「費用」を低減させるのが学校教育なのではないでしょうか
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 やっぱり顕在化という言葉が曖昧ですね。「『費用』が(利益より)大きすぎるために習得が生じない」ならばその可能性は十分ありますから同意ですが、もともとの議論は「接触が生じない」では?これはもう価値観の世界ですが接触くらいなら生じると思うんですよね。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 なお新著では「英語が全く読めない/話せない」と回答している人のうち、たしか数%未満ですが、それでも「仕事で英語に接触した」と答えています。もちろんたいした英語運用はできていないでしょうが、接触があったという事実を考慮して「ニーズあり」に分類しています。
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 接触とは具体的には何ですか?
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 私の本か論文か、あるいはJGSSのワーディングって見ました?「過去1年に少しでも聴いたり話したり読んだり書いたりしたかどうか」です。
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa ありがとうございます、理解しました。費用対効果の計算の結果、英語への接触(=潜在的効果の指標)の有無が分岐(=費用対効果が高ければ接触する、低ければ接触しない)するのですよね?その場合、学校か学校外か等による費用の変動が大きく影響すると思うのですが
Yujiro.K @sentier529
@tera_sawa 少し混乱したのですが、「自分の環境や英語使用による利益、英語学習に関わるコストを合理的に計算した結果として」接触が生じるのか、「潜在的なニーズ(=利益や効果?費用の観念含まない)に気づいて」接触が生じるのかどちらなのでしょう。
Terasawa, Takunori @tera_sawa
@sentier529 「学校か学校外か等による費用の変動が大きく影響すると思うのです」→当然その通りです。
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コメント

Yujiro.K @sentier529 2015年3月1日
まとめを更新しました。
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