『草魂 ― 最後の300勝投手』 鈴木啓示 小話

まとめました。
雑談 鈴木啓示 日本プロ野球史 近鉄バファローズ
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1965年11月17日 この年、日本プロ野球にて初のドラフト会議が実施され、現在に至る契約交渉権の振り分けが初めて行われました。 最初のドラフトの目玉の一人、兵庫育英高校のエース、鈴木啓示少年は希望に胸を踊らせていました。
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ドラフト実施前の高校2年生時からプロのスカウトを受け、高校中退は避けたいという家族の反対から入団には至っていませんでしたが、ドラフトでは一位候補の筆頭。 その中でも特に熱心だった阪神タイガースからは事前に『一位指名する』という通告を受けていました。
ひだまりスレッジ @HidamariSledge
@Bay_yamashiro  酒を飲みつつ今宵の山城さんベースボールストーリー。
司さん @iwanagi39
ベイ山城さんのスター列伝きたー。
Ace@故障中(CV:池田秀一) @Ace_Bel
ビール楽しみつつベイ山城さんの小話も同時に楽しむ. 贅沢な夜や…
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
『12球団でも屈指の人気を誇るタイガースの一選手として、超満員の甲子園を背にプロ野球選手として勝負ができる』 タイガースは運良く全体2位での指名順が確定。 第1回プロ野球ドラフト会議はタイガースの一位指名とともに、鈴木少年にとって輝かしい歴史になる はずでした。
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ドラフト会議当日、タイガースの一位指名の名に鈴木少年の名前はありませんでした。 そしてその名は 同じ関西球団でも万年最下位、シーズン100敗を記録したこともあり、あまりの弱さと閑古鳥が鳴いていた球場に『地下鉄球団』と揶揄された近鉄バファローズの指名選手にその名はありました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
タイガースからの突然の指名回避。 鈴木少年はその事実に呆然とします。 しかし、この時に味わった屈辱が彼の『草魂』に初めて火をつけ、後に弱小球団の大エースとして日本球界に燦然と輝く大記録を達成なるとはこの時、本人すら想像していなかったことでしょう。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
バファローズにドラフト2位で指名された鈴木投手は周囲の期待に応えるように1年目から先発に定着。 高卒1年目にして10勝をあげます。 投手としてのプライドは非常に高く、寮生活では先輩から夜の遊びに付き合わされ、練習ができなくなるとわかるや否や一人暮らしを始めるほどでした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
その投球の最大の持ち味は左腕から繰り出される球威のあるストレートでした。 元々は右利きで生まれたものの、父親からプロ野球選手になってもらうために、幼少期に事故で右手を骨折した際、左手で投球をするように矯正され、血の滲むような練習を強いられました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
『ランニングが左腕を使わないで済むトレーニングで一番楽だから』 そんな理由で幼いころから走りこみを続けた結果が、強靭な下半身から繰り出されるストレートでした。 『真っ向勝負』と呼ぶにふさわしい力技で18歳で各球団のスラッガーを打ちとり続けました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1年目にしてオールスターゲームへの出場も決定。 夢の舞台への出場、指名回避したタイガースへ自身の力を証明できる舞台として鈴木投手は心を踊らせます。 さらに、それらと同等か、それ以上の楽しみが鈴木投手にはありました。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
それは憧れの大投手金田正一投手と接点を持てるということでした。 日本プロ野球史上唯一の400勝投手にして数々の大記録を打ち立てた最強の投手に、同じ左腕の鈴木投手は憧れと尊敬の念を抱いていました。 pic.twitter.com/D9uIxFqaOr
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
伝家の宝刀でもあるカーブボールを、何としても伝授させてほしい。 その一心で試合当日、尊敬する金田投手の前へ鈴木投手は教えを請いに行きました。 しかし、その返答は鈴木投手が思っていたものとは全く違うものでした。 その返答とは
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
その瞬間、金田投手への憧れや尊敬は一瞬のうちに崩れ落ちていきました。 そして、湧いてきたのは『敵対心』 『金田正一を超えてやる』 本人の座右の銘である『草魂』に更に火がつけられた瞬間でした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
後に金田投手は引退後73年から78年、ロッテオリオンズの監督を務めますが、その時代『ロッテキラー』として立ち塞がったのが鈴木投手でした。 6年間で26勝8敗を挙げ、完膚なきまでに叩きのめしました。 あの日の屈辱を、金田監督の前で投球で晴らすことに成功しています。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
『自身の最大の武器を簡単に教えるというのはプロのとしては失格だと今なら思う。 もしもあの時、金田(呼び捨て)がワシに簡単にカーブを教えていたら、ワシの野球人生は全然違ったものになっていたかもしれない』
鋼@ペペロン @hagane_3
金田(呼び捨て)に顔面草まみれや
氷雨(鴎) @kamome54
この時代だと普通の対応なんですけどね…東尾ですら桑田に同じこと言ってたし、本当に持って来ちゃったので折れて結局教えたのはまた別の話 RT @Bay_yamashiro: 「教えて欲しければ銭もってこい」 pic.twitter.com/w9vNC0DiWV
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
チームが低迷を続ける中、鈴木投手はエースとして快投を続けます。 翌1967年には21勝と最多奪三振を受賞し、初のタイトルに輝きます。 その後、1971年まで5年連続20勝と6年連続最多奪三振を獲得。 パ・リーグの大エースとしてその姿は全国区になります。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
こうなると直前で指名を回避したタイガースが地団駄を踏んでいるのでは、と思われるかもしれませんが実はそうではありません。 鈴木投手指名回避の裏には、鈴木投手の1年学下で無名高で投げていた同じ『左腕投手』の翌年の獲得を優先したため、編成上回避せざるをえない事情がありました。
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コメント

Verdun_843 モンティセロの丘で @Verdun_nkysjan 2015年7月1日
引退の台詞が痛切なんだよね。 「草魂から魂が抜けて、ただの草になってしまった」 魂で投げた伝説のピッチャー。リリーフであろうが試合終了まで絶対にマウンドを降りない、エースの風格。
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