細菌が病原体として認識されるようになった頃

19 世紀半ばから後半にかけての、細菌が病原体として認識されるに至った経緯を @y_tambe さんが解説してくれた。
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Y Tambe @y_tambe

「疫病」と他の病気、そして伝染病や感染症との違い。疫病の定義は曖昧なのだけど、今日的な感覚では「伝染病」と近い……というか、ヨーロッパでは「疫病」を示す単語は「ペスト」を意味するものになってるのだけど。英語のplagueとか、独語のPestとか、仏語のpesteとか…。

2011-01-06 10:44:09
Y Tambe @y_tambe

でもまぁ、曖昧ながらも、「疫病」と「疫病でない病気」の違いは、概ね「重篤度」と「集団発生(≒アウトブレイク)するか/しないか」で、何となく区別される。

2011-01-06 10:46:55
Y Tambe @y_tambe

したがって、ヒト-ヒト間の伝染力が強い伝染病のうち、(少なくとも昔は)命に関わったようなものは「疫病」として扱われる。

2011-01-06 10:47:50
Y Tambe @y_tambe

ただし「命に関わり、しばしば集団発生する」病気であっても、ヒト-ヒト間を伝染しないものがある。例えば、マラリアや炭疽がそう。

2011-01-06 10:49:44
Y Tambe @y_tambe

マラリアの場合、マラリア原虫を保有する蚊が、沼や水辺で大量発生すると、その付近で集団発生した。当時は「蚊が伝染病を媒介する」という考えがなかったので、ミアズマの一種である「沼気」が原因と考えられた。

2011-01-06 10:51:56
Y Tambe @y_tambe

古代ヨーロッパではさまざまな「疫病」が集団発生したが、それには「ヒト-ヒト伝染しうる伝染病」と「伝染はしない感染症」があり(ひょっとしたら、これに火山ガス噴出による中毒など、感染症でないものも混ぜられていたかも)、人々はそれをひっくるめて「疫病」として恐れた。

2011-01-06 10:55:18
Y Tambe @y_tambe

時代が下って、14世紀以降になると、ヨーロッパでは人口密度も急激に増え、また外部との人の行き来(戦争による移動なども含む)が増えたことによって、疫病の中でも「伝染病」が大流行をするようになった。

2011-01-06 10:57:35
Y Tambe @y_tambe

あ、ここでは単に「伝染病」と言う場合、ヒト-ヒト間の伝染をするヒトの病気に限定しています。もちろん、他の動物や植物にも、それぞれ伝染病はある。

2011-01-06 10:59:19
Y Tambe @y_tambe

コッホの少し前の「病原体」の傍証を得る実験がなされていた頃、さまざまな動物や植物、あるいは昆虫で知見が得られたけれど、「ヒトでないもので見つけたところで、どれほどの意味があるのか」という批判にさらされた、当時はまだそういう時代。

2011-01-06 11:01:58
Y Tambe @y_tambe

だから、19世紀前半に、白癬という「ヒトの病気」に、カビが関わっているということが見つけられたことの意味は、結構大きかったのです。ただし、白癬は「(現在言うところの)感染症」ではあっても、「疫病」ではなかった。

2011-01-06 11:04:30
Y Tambe @y_tambe

そして、コッホが最初に証明した「炭疽」は、感染症ではあっても、実は「(ヒト-ヒトの)伝染病」とは言えない……患者の死体(と汚染した土壌)は感染源になりうるのだけど、患者から直接うつることはない。当時、これは「死物から発生するミアズマによる」と考えられがちだった部類のもの。

2011-01-06 11:07:29
Y Tambe @y_tambe

ペッテンコーファーが、コレラ病因説として唱えた「環境論」は、実はこの考え方に近い部分がある。実は、コレラも直接ヒト-ヒト伝染はしない疾患。患者の体内で増え、排泄物に大量に混じったコレラ菌が飲み水を汚染して、感染源となる。

2011-01-06 11:10:07
Y Tambe @y_tambe

ペッテンコーファーの「環境病因説」では、これを「患者の体内には何らかの『微生物』がいるが、これが土壌にまき散らされた後で、そこで何らかの因子と結びつくことで、ミアズマのようなものを発生させ、それが真の『病原体』になる」と解釈した。

2011-01-06 11:14:27
Y Tambe @y_tambe

こう考えていくと、「当時の人々が知っていた情報」を元に組み立てられる仮説としては、実はそれほど「突拍子がない」仮説ではなかったりする。

2011-01-06 11:16:00
Y Tambe @y_tambe

コレラの場合、「コレラ患者が一人、村に紛れ込んだ」だけではコレラは広まらないので。その患者の排泄物が、水(や、そこにつながる土壌)を汚染すると、たちまち大発生する。

2011-01-06 11:18:31
Y Tambe @y_tambe

でもまぁ、ペッテンコーファーは、日本の「細菌学者」、特に北里派から見ると、北里先生の恩師であるコッホを徹底的に攻撃したこともあって、典型的なヒール(悪役)としてばかり書かれるからなぁ(苦笑)。

2011-01-06 11:21:44
Y Tambe @y_tambe

で、日本では、コレラ自飲実験を槍玉に挙げて取り上げるような本しか出てない。でも海外では、彼を紹介する文章では、コレラ自飲実験には触れてさえいないものも多い…要は、日本での取り上げられ方が、かなり偏ってたりする。

2011-01-06 11:24:16
Y Tambe @y_tambe

もう一つ、パスツールが「細菌が病原体である」ということにどう関わったか。「コッホに大きな着想を与えた」という以上に、実はパスツール自身こそが「環境中の微生物が病気の原因になる」という発想でいろいろ考えた人物でもある。

2011-01-06 11:34:21
Y Tambe @y_tambe

ただし、パスツールの考案した液体培養法では、一種類の微生物だけを分離して純培養することが出来なかったことと、ヒトや動物でなく、カイコについての実験しか成功しなかった。このため、論争相手からの批判に耐えられるような結果は得られなかった。

2011-01-06 11:37:02
Y Tambe @y_tambe

あと、パスツールは元々、醸造や腐敗という現象を見いだしていたことと、「腐敗によって生じる毒素が人体に悪影響を与える」ということから、ヒトの病気を説明する上でも「腐敗」に拘った。

2011-01-06 11:38:33
Y Tambe @y_tambe

パスツールは、疫病を「人体を腐敗させる、有害な微生物によるもの」ないし、「微生物が、体内で腐敗現象を起こして、毒素を作りだし、それが疫病の直接の原因になる」という発想だった……今風に言うなら、病原体だけでなく「発病メカニズム」のところまで踏み込んで考えてた。

2011-01-06 11:40:41
Y Tambe @y_tambe

これに対してコッホは、あくまで「病原体が何であるかを証明する」というところに留まり、細かな発病メカニズムについてはあまり考えなかった……後から考えると、ここがコッホにとって良かったことの一つだろう。

2011-01-06 11:43:29
Y Tambe @y_tambe

パスツールの、医学細菌学への貢献の大きさは言うまでもない。けど同時に、このパスツールの「発病のメカニズム」に対する考え方は、現在にまでつながる大きな禍根も残している。察しのいい人ならば気づいただろう…そう、デトックスの考え。

2011-01-06 11:45:45
Y Tambe @y_tambe

パスツールの「体内の腐敗物質」という考え方をさらに発展させたのが、イリヤ・メチニコフ。彼はこれを「腸内細菌による腐敗」と考えた。「腸内の悪玉菌/善玉菌」の発案者であり、「ブルガリア・ヨーグルト」を流行らせた人物。

2011-01-06 11:50:11
Y Tambe @y_tambe

ちなみにメチニコフもノーベル賞学者だが、その業績は「細胞免疫(ミジンコの食細胞)の発見」。晩年になって、腸内細菌にのめり込んでいったという……まぁ、当時の科学知識から考えると妥当かもしれないけど、極めて個人的には「晩年にトンデモに傾倒した研究者のハシリ」っぽい印象を持ってたり^^

2011-01-06 11:53:01