それまで才が長けすぎ、周りの大人たちの殆どに「なぜ、こんなことがわからないのか」と疑問を覚えていた三成にとって、秀吉は、初めて、 すごい。 と思わせてくれた人間だったに違いない。 #浮き城
2015-12-04 20:08:09これまでに様々なことがあった。権謀術数を操る秀吉に若者らしい正義の反発を覚えることもあった。だが、結局事が終わってみれば、いつも秀吉は正しかった。少なくとも三成にはそう結論づけられた。 だから、三成には、秀吉だけが絶対で、あらゆるものの基準になった。 #浮き城
2015-12-04 20:09:13故に、事前に、 「忍城は水攻めにしようと存じます。殿下の力を天下に示すためにも一番の方法かと」 と提言して、 「それはよいところに気づいた。ぜひ、そのようにするがよい」 という答えをもらう。 三成にとっては何の不思議もない当然の話なのである。 #浮き城
2015-12-04 20:10:13が、今回に限っては、それが仇になった。 三成軍は一昨日、ここに着陣した。 三成が陣を張った丸墓山を訪れて、山上に並んで忍城を見た吉継は、唖然となった。 #浮き城
2015-12-04 20:11:22高松城とは規模が違った。築かねばならぬ堤の長さだけでも四倍を優に超える。それに、本丸のあるところは、周りより少しだけれど、高い位置にある。 沈まない。 吉継は直感した。 当然、三成もそう思ったはずであった。 吉継は横に立つ三成を見た。 #浮き城
2015-12-04 20:12:29三成は無言だった。無言で忍城を見下ろしている。 「無理だな」 吉継は独り言のように言った。 三成の答えはない。 二人黙ったまま時が流れた。 半刻ほどたっただろうか、やっと三成が口を開いた。 「殿下に文を書く」 #浮き城
2015-12-04 20:13:13そして今日 吉継は再び三成の陣を訪れ、一昨日と同じように山上で三成と並んで立っている。 「やることにした」 三成が短く言った。 「え」 吉継が訊き返すと、 「やることにした」 三成は同じ言葉を繰り返した。 #浮き城
2015-12-04 20:15:36水攻めをやると言っているのか。 言葉の意味を考えるに、そうとしかとれなかった。が、吉継は信じられない。 この城は沈まないぞ。 そう言おうと思ったが、やめた。それぐらいのことが、三成にわからないはずはない。充分わかっているはずだ。 #浮き城
2015-12-04 20:16:36なぜだ 目で問う吉継に、三成は懐から一通の文を出して渡した 受け取った吉継は、それを開いた それは、秀吉から三成にあてた文だった 読むぞ 吉継が目で言い 読んでくれ 三成が首肯した 吉継は読んだ。読み進むうちに、吉継の表情が曇り、読み終わって うーん と、唸った #浮き城
2015-12-04 20:19:44秀吉の文に書かれているのは、水攻めについて細々とした教えであった。その書きようは、まさに師匠が愛弟子に教える口調そのものだ。そして、文の最後には、 準備が整ったら教えよ。見学に行くから。 とまで、書いてある。 「殿下は期待しておられる。殿下の思いに背くわけにはいかぬ」 #浮き城
2015-12-04 20:21:12三成が前を見たまま言う。涼やかな切れ長の目が、いつもより少しばかり鋭さを増していた。 一陣の風が吹いた。この季節には珍しく、さわやかな風だ。 吉継とて、三成の気持ちはわかる。ここまで、師であり主である秀吉に言われたら、後には引けまい。 #浮き城
2015-12-04 20:22:03しかし、待てよ。 吉継は、あることに気がついた。 三成は一昨日秀吉に文を書くと言った。おそらく、この男のことだ、忍城が水攻めには向かないことを、理路整然と綴ったに違いない。今読んだ秀吉の文は、その返事か。いや違う。 #浮き城
2015-12-04 20:23:28たぶん、三成からの文を目にする前に書いたものだろう。だとすれば、 おぬしの文で、殿下にもおわかりいただけるのではないか。 そういう思いを込めて、 「もう一日、待ってみたらどうだ」 吉継は言ってみた。が、 「いや」 三成はきっぱり否定した。 #浮き城
2015-12-04 20:24:47「殿下は水攻めをお望みじゃ」 殿下が望まれることなら、どんな困難なことでもやり遂げねばならぬ。我らにはわからぬが、殿下がやろうとお思いなさることに間違いはない。それが最善の方法なのだ。 そんな思いを三成は短い言葉で表現した。 「堤造りを開始する」 #浮き城
2015-12-04 20:25:44吉継はしばらく黙った。三成を思いとどまらせる方法を探した。無駄だった。だが、無駄だと知りつつ、どうしても念を押さずにはいられなかった。 「本当にやるのか」 「ああ」 短すぎる三成の答えに、吉継は、言葉を重ねた。 #浮き城
2015-12-04 20:26:33「この軍の総大将はお前だ。全てお前に任されているんだぞ」 だから、たとえ殿下のご意向でも、お前が無理だと思えば、やめられる。他の戦法に変えられるんだぞ。 そこまであからさまには言わなかったが、吉継の気持ちは三成にも伝わったはずだ。 #浮き城
2015-12-04 20:27:25というより、吉継の主張は、その当時、武士たちの常識だった。 だが、三成の答えは、 「だから、やる」 だった。 吉継は、 律義すぎる。 と、ため息をつくしかなかった。 #浮き城
2015-12-04 20:28:47しかし、そんな三成を嫌いではない。いやむしろその不器用さが大好きだ。 吉継は、自分の表情が緩んでいるのに気がついた。そして、 つきあうぜ。 そう言って三成の肩をたたこうとしている自分にも、 呆れたやつだ、 と、ため息をつくのだった。 #浮き城
2015-12-04 20:30:20「石田三成の青春」 第7話 「浮き城 忍城水攻め」第2回 これにて終了です。 今宵もお付き合いくださり、どうも有難うございました。 明日も、どうぞお楽しみに! #浮き城
2015-12-04 20:32:36お待たせいたしました。 「石田三成の青春」第7話 「浮き城 忍城水攻め」第3回 ぼちぼち始めさせていただきます。 #浮き城 pic.twitter.com/i2mpKxPQvG
2015-12-05 20:03:05(二) しまったな。 小田原城から南西に一里あまり、城を見下ろす笠懸山の陣地で三成からの文を読んだ秀吉は、心の中でそう呟き、苦笑した。 #浮き城
2015-12-05 20:04:02三成は、忍城を目の当たりにして、水攻めの困難さに気づき、それを事細かに書いてきていた。それを読むに、秀吉も、 こりゃあ、難しいぞ。 と思った。 「やめろ」と言ってほしいのだろうな。 三成の気持ちが手に取るようにわかる。 #浮き城
2015-12-05 20:04:48三成は、事前に「水攻め」を提言し、秀吉の賛同を得た。三成にとっては、それはもう、秀吉に命令されたに等しい。とても「やめたい」とは言えないのだ。だから、水攻めの困難を縷々述べた文を寄こした。秀吉に「やめろ」の一言をもらうために。 #浮き城
2015-12-05 20:05:46しかし秀吉は、この文を見る前に、水攻めをするものとして、細々とした指示の文を送ってしまっていた。 わしとしたことが、はやまったな。 後悔とは縁の薄いこの男が、少しだけ後悔した。 かわいそうなことをした。あの文で、やめられなくしてしまった。 #浮き城
2015-12-05 20:06:43秀吉からの文を見た三成は、すぐに水攻めのための堤造りに取りかかるだろう。 そういう奴だ。 と、秀吉はため息をつく。 #浮き城
2015-12-05 20:07:45