ASD(アスペルガー、自閉症)の人のコミュニケーション困難についての考察~アナログゲームやヴィゴツキーの知見を交えて~
- gameryouiku
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ここまででわかったのは「暗黙のルール」というのは「言わなくても当然わかってるよね」という前提ベースのルールではない。むしろ、状況の変化に応じて形を変えて現れるがゆえに、事前に定義不可能なルールのことなのではないか。
2015-12-10 18:31:05ゆえに、「ASDの人に暗黙のルールは理解されにくいからきちんと明示してあげるべき」というのは、事の本質を捉えていないことになる。もしわかってるから言わないのだったら、わからない人には言えば済む。しかし、問題は、言えないからわからない、ということにあるのだ。
2015-12-10 18:35:59@gameryouiku 大変わかりやすい解説、ありがとうございます。特にマナーに関して、これは未診断を含む発達障害の当事者のみならず、健常者やそれ以外の障害の方までを対象にして感じている「マナー論」……「決まりは多ければ多いほど効力が薄い」という実体験とも符合すると思います。
2015-12-10 22:53:35@gameryouiku それは「決まりが多いとその表面に拘泥し、本質へのアプローチが希薄になる」ことではないかと思ったのですが。 お話を元に、再度まとめたものがございますので、また長くなりますが少々ツイートいたしますね。
2015-12-10 22:56:15これまでのお話では、『本質を理解していないという本質』つまり「ASDの人は暗黙の了解を理解していないわけではなく、マナーやルールでは言及できない本質を理解していないのだ」という点が浮かび上がってきたように思われます。 1 twitter.com/gameryouiku/st…
2015-12-10 23:00:09では、我々が理解していない本質とは何でしょうか。困難であることは承知の上で、それを定義する試みをしてみたいと思います。 それは『社会における勝利条件』ではないでしょうか。 2
2015-12-10 23:01:13たとえばカードゲームで「最初に手札をなくせば勝利」というものがあったとします。その場合、第一には「札を出せばいい」ということになるでしょう。しかし時には「後の手番で役を作ってまとめて出すために、敢えて札を残す」という行為が有効であることがあります。 3
2015-12-10 23:03:21同様に人狼などでは「対立する陣営よりも多くの人数を残す」ことが勝利条件で、そのためには「敵陣営を減らし、味方を減らさない」ということが求められますが、先を見越して「場合によっては味方を切り捨てる」という行為が必要になることがあります(いわゆるライン切り)。 4
2015-12-10 23:04:50これを実生活に当てはめます。ツイッターでよくやりとりされるやりとりに「絵を描いてもらいたい」というものがあります。これを目的としたとき、「頼んで描いてもらう」というのが最初に必要な行為です。しかしそのためには「相手に気分よく描いてもらう」プロセスが必要なのではないでしょうか。 5
2015-12-10 23:08:01この「相手の機嫌をよくする」ことを怠ったゆえの「ただ頼む」止まり、つまり友人でもないのに馴れ馴れしくする、描き手にメリットもないのに描いて当然という態度を取る、商業の場合であれば適正な報酬を提示しない、などのケースがツイッター上ではよく共有されていることと思います。 6
2015-12-10 23:10:16このように、自分の目的を達成する(最終的な『勝利条件』)ためには「何をすればそれを達成できるか」という『第二、第三の前提条件』があります。絵に限らず、自分の要求を通すには関係する他の人の機嫌をよく保つことが必要となってくるのですが、実はこれが我々の『教条的道徳』と対立します。 7
2015-12-10 23:15:02それは、小学校までには誰もが習う「おべっかはいけない」という『道徳』です。おべっかがいけないのは、自分の利益だけを考えた行動ではかえって気を害するからであって、相手に気持ちよく仕事をしてもらうための賞賛は非難されるものではありません。しかしこれが『理解しがたい本質』なのです。 8
2015-12-10 23:18:02この点については昨日のこのツイートでも触れましたが、私自身「人の気持ちを操ること」についての抵抗がかなり強く存在しました。これらが『教条的道徳』に反するからなのか、「自分が操れない飛び道具だから」であるのかは判じかねますが。 9 twitter.com/as_wwwit/statu…
2015-12-10 23:21:20これは我々が失敗をしたとき特に顕著で、目の前の炎上に注意を奪われてリカバリが難しくなります。トラブルの相手だけでなく、傍観している周囲にも嫌な気持ちを与えていることが把握できません。周囲の感情に訴えかけて同情を集めることもできません(その行為に反感すら抱いています)。 3
2015-12-09 21:44:57同様に、ASの「相手に悪印象を与えてはいけない」という本質を理解しないゆえのふるまいが、健常者から見た時、(そういう人がいたとして)理解をした上で悪意をもって行動している者と同一視されていることは大いに考えられます。 10
2015-12-10 23:23:58以上のことから、我々のコミュニケーション上の問題には、『社会的勝利条件の本質』つまり「目的を達成するためには何が有効であるか」「自分の言動と相手の気分、および結果の因果関係」「そこから導き出されるプライオリティ」などがわかっていないことが関与しているのではないでしょうか。 11
2015-12-10 23:29:07またこの『因果関係への見通しの鈍さ』は発端である『自己理解』の困難さ、のみならず『体力』にも関係しているように思われます。「私はこのぐらいの作業なら疲れずにこなせる」「今日は頑張ったから早めに休もう」という予測が難しいのです。 12 twitter.com/gameryouiku/st…
2015-12-10 23:35:10さて、最後に「健常者は記述不可能な暗黙のルールをどうやって学んだのか」という疑問についてですが、これを逆から見た「発達障害者が記述不可能な暗黙のルールを(体得的に)学べていない」という状況に関する二つの例がここにあります。 13 twitter.com/gameryouiku/st…
2015-12-10 23:45:29これらは両方とも私自身について母が書き留めた育児日誌からの引用になります。 ・1歳4ヶ月 絵本を破いたので強く叱って「ごめんなさいしなさい」と言うと、泣いて私(母親)の髪を引っ張って頭を下げさせた。 ・3歳2ヶ月 叱られて泣いた後「なぜ怒られたのか教えてちょうだい」と言う。 14
2015-12-10 23:47:481歳の時点では二語文を話し、大人の命令文(「本を持ってきて」など)を理解していたとあります。また、3歳の時点では「シュウシュウが集めるでシャが車なら、ゴミ収集車はごみをあつめるくるま」という理解をしていた旨があります。 前者はともかく、後者には多少の違和感を覚えます。 15
2015-12-10 23:55:08それは、言葉の辞書的な意味の理解に比べて、辞書に載っていない世の中の理屈のようなものの理解が遅かったのではないか、という疑念です。 そして通常言葉が発達している子供に対し、他人の行動(必ずしも表情ではない)の意味がわからないという前提にはあまり立たないのではないでしょうか。 16
2015-12-10 23:59:53ここに掛け違えが発生し、私にとっては「自分が操れない飛び道具」への抵抗感が増しました。 それをどのように克服したのかはここでは割愛しますが、実は今でも他人の意図の解釈にはワンテンポ要します。それを健常者がどのように獲得するのか、とても興味があるところです。 17/終
2015-12-11 00:04:29ありがとうございます。私が昼のツイートで示した「言語的に示せない暗黙ルール」という考えと、@as_wwwitさんの「社会的勝利条件」というお話には共通した前提があるとおもいます。
2015-12-11 00:23:53それは、ASDの人がある場面でコミュニケーションのトラブルを起こすのは、その場面を超えた、一次元上、メタなレベルでのルールなり目的が了解されていないためだ、という考えです。@as_wwwit
2015-12-11 00:25:16同時に前提とされているのが、そのルールなり目的なりというものが明示的であるにせよ、非明示的であるにせよ他律的に与えられているものだということです。しかし、本当にそうなのか、違うのではないか、というのが今々の私の考えです。以下続きます。@as_wwwit
2015-12-11 00:29:46今回、ASDのある人のコミュニケーションの困難と高次精神機能の関係について考え始めたきっかけがある。2日前のことであるが、あるASD当事者の方が私にリプライを送ってきたのだが、そこからコミュニケーションが上手く行かず、相手が怒って私をブロックするという出来事が起きてしまったのだ。
2015-12-11 00:33:33