ケンペイ天狗「ブルー・ブラリー・アイズ・イン・ナイト」

アナ・イゴール @KNPITNG

「アバッ、大丈夫だ……」艦娘軌道による吐き気を胃に押し戻しながら、男は懐からアイス・タブレットを取り出し、噛み砕いた。強烈な非合法多幸成分が疲労と三半規管の変調を押し流していく。「遥かにイイ！……大丈夫だ、鈴谷」「うん」鈴谷は男……タカヤギを不安気に見つめる。25 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「これでさっきアイスを売った場所から10キロは離れた。しばらくこのあたりに潜伏しよう」タカヤギはフラフラと屋上の縁を掴むと、雨でぼやけたネオヨコスカの夜景を見下ろした。赤く血走った目に濁ったネオンが反射する。「このメガシティ、紛れれば見つけられる訳が無い…」26 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「うん、そうだね」鈴谷はタカヤギの手を握ると、自分も電飾の極彩色パレードめいたネオヨコスカの夜景を見下ろす。「まだ、きっと間に合う。一緒に幸せに暮らせる……」「うん、そうだね」「ああ、そうだ……まだ間に合うんだ……」タカヤギは振り向き、鈴谷を見つめる。27 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「間に合う、幸せになるんだ……何を捨てても……」「うん、そうだね……提督……」タカヤギを見つめる鈴谷の左目には、青い炎がまるで人魂めいて纏わりついていた。28 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

（【ブルー・ブラリー・アイズ・イン・ナイト＃１】おわり。＃２につづく） #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

【ブルー・ブラリー・アイズ・イン・ナイト＃２】 #ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

艦娘。旧世界の大戦で滅びた艦の欠片にして、現世で肉と心を得た少女たち。無機質なクロガネの躰は今や無く、鏡に映るは人の似姿。無数に砕けた艦霊の破片に過ぎぬ心には、戦い続けば汚れが溜まり殺し続けば呪いが溜まる。それら穢れが身を食い破れば、カードの表裏は裏返る。1　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

◆　　　◆　　　◆　　2　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

深夜、シンバシ高架沿い。未だ降りやまぬ重金属酸性雨が屋台街の屋根に張られた色とりどりのPVCシートを叩く。草木も眠るウシミツアワーと云えどここは眠らぬ街。重金属耐性コートに首を埋めた人々が夜食を探し、立ち並ぶ屋台を物色している。ヌードルの屋台は今夜も行列だ。3　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「あーもう超お腹減ったし……」濡れた人混みの間を縫うように、鈴谷は細道の中央を歩く。『アルヨイイオンナ』と描かれた猥雑ネオンがピンクに明滅し、碧色の髪にトルコ石めいた色合いの波を作った。その華やかな姿は雨と湯気でぼやけたストリートの中で一人だけ浮き上がるようだ。4　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「お嬢サン、トビッコスシ！250クレジット！」「モージョー、今ならサービス、スゴイネー」「三本？三本？」左右から飛ぶ声や酩酊サラリマンをかわし、時折りからかいながら鈴谷は歩く。彼女の笑顔はボンズも惑うほどに華やかだが、その眼は各所にある監視カメラを射抜いている。5　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

鈴谷は屋台を物色する軽薄女子学生を装いつつ、監視カメラへの露出を最低限に歩く。彼女は海軍からの逃亡者であり、憔悴したタカヤギをカンオケ・ホテルに寝かせ食料調達をする僅かな時間ですら一瞬の油断も許されはしない。そんな状況がもう丸一日、笑顔の仮面の裏には疲労が滲む。6　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

ザワリ。その時、鈴谷の左眼から青い炎が這い出した。「！」鈴谷は蚊を叩き潰すような勢いで手で覆うと、目を丸くした屋台の店主に愛想笑いを作った。「サイバネアイの調子おかしくてさ？」「あ、サイバネ？カラダにキヲツケテネ」店主も面倒事はゴメンとばかりに曖昧な笑顔を作る。7　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

発作の周期が短くなってきている。鈴谷は手の平を舐める冷たい熱に表情を歪めた。鈴谷が艦娘としてこの世に顕現しておよそ３年。タカヤギ提督最初の建造で産まれた艦娘として、彼女は数えきれぬ戦いに身を投じてきた。その結果がこれだ。だが後悔は殆ど無い。鈴谷は自嘲めいて笑う。8　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

沈んだ艦娘同様、“限界”を超えて戦い続けた艦娘は深海棲艦になる。海軍の中では公然の秘密だ。そしてその兆候が現れた艦娘は例外無く解体後、殺処分となることも。故に鈴谷の目から漏れでた青い炎を見たタカヤギは、朝の総点検を前に鈴谷を鎮守府から連れだした。9　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

（（（俺のせいだ）））タカヤギの苦悩を思い出し鈴谷は唇を噛む。それは一面事実であった。本来艦娘には深海棲艦化を防ぐリミッターがあるのだから。だが、鈴谷の左手薬指に光るのはその解除装置、タカヤギからの信頼の証。ケッコンに浮かれた二人は、ソレを濫用しすぎたのだ。10　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

鈴谷が完全に深海棲艦化しないうちに海軍の目が届かぬ群馬県に逃げ、平穏な生活を送る。そうタカヤギが描いたプランとは裏腹に鈴谷は急激に深海棲艦化しつつある。まるでタカヤギの愚直さをあざ笑うように。「キャリアも全部捨てて……馬鹿じゃん」鈴谷の呟きは雑踏に溶け消える。11　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

その時、鈴谷は鼻孔をくすぐる香りに顔を上げ振り返った。目的地、鈴谷の好物のサバ・バーガー屋台だ。透明ビニル製のノーレンをくぐり、薄汚れたカウンターにトークンをばら撒く。「チーズバーガー２つ！中のピクルスは４枚ずつでよろしく！」「アイエッ！２枚で十分ですよ！」12　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

ジュウジュウと音を立てながら鉄板の上でアンコとサバが焼け、香ばしい薫りが立ちこめる。深海棲艦化する時に一番最初にヤラれるのは味覚という噂だ。鈴谷はカウンター備え付けのマスタードを手の甲に取り、おそるおそる舐めた。「かっら！」顔をしかめた後、僅かに頬を緩める。13　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「まだ。うん、まだ」……その時。鈴谷の背後でノーレンがめくられ、冷たい風が店に吹き込んだ。新たな客だ。「らっしゃい、注文は？」「ドーモ」店主をまるで無視した男の声は、鈴谷の背中に向けられていた。「お客さん？注文は？」「ドーモ」屋台内の空気が徐々に冷えていく。14　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「お客さ……ヒッ！」苛立った店主は鉄板から顔を上げた途端、男の服装を見て息を飲んだ。純白の二種軍装。海軍軍人。つまりネオヨコスカを支配する特権層！「ドーモ、鈴谷＝サン。マギです」マギと名乗った提督は鈴谷の背に優雅にオジギをした。「答えろ、タカヤギはどこだ？」15　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「ここでやるとさぁ、一般人を巻き込むんじゃないの？」鈴谷は鉄板で焼けるサバから目を離さぬまま言った。「今まで巻き添えになった一般市民、全部鈴谷が殺したことになってるの知ってんだよ？」「どうせ殺処分だ、今更罪が増えてもどうにもなるまい」「なにそれ、腹立つ……」 16　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「ドーモ、鈴谷です」鈴谷はゆっくりと席から立ち上がると油断なく振り向いた。立ち並ぶは提督の他に黒い一つ目ヘルメットのスーツ姿……クローンハ級が６人。そして、栗色の髪をした軽巡洋艦娘。「ドーモ、能代です」「艦娘もクローン兵も全員が新鋭だ、逃げることはできんぞ」17　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

「へー、良い趣味してんじゃん」「「「ザッケンナハキュー！」」」鈴谷の言葉を遮るようにクローンハ級は威圧的な深海スラングを叫ぶ！なんとクローンイ級の３倍のシンクロ度だ！「諦めてタカヤギの居場所を教えろ。そうすれば貴様は殺さず飼ってやる、腕利きと聞いてるからな」18　#ケンペイ天狗

アナ・イゴール @KNPITNG

ナムサン！なんたるマギの狡猾なアブハチトラズ戦略か！「いくら道具風情とはいえ、新鋭部隊相手の無駄死には望むまい？」マギが得意げに能代の肩に手を置く。「我々は貴様らをどこまでも追う」多勢に無勢の状況に、しかし鈴谷はただマギの顔を見つめ続ける。目に薄青い火が灯る。19　#ケンペイ天狗