「ブレイク・ザ・ケージ・オブ・ゴッドスピード」

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

吹雪は夕張を追う。夕張はブルーシートで覆われた大きな物の前で止まった。「実はね、貴方に試して欲しいものがあって」「艤装ですか？」「ううん、違うかな」夕張は頭を振り、カバーに手を掛けた。「正確には支援装備。艦娘を戦場に素早く届けるための装備をオーダーされたんだけど」「けど？」 25

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「どうも出力とかが安定しなくてね…それで、データが欲しいのよ」「データ、ですか？」「そう、どれ程の力量の艦娘なら安定して乗れるのかっていうね」夕張はそう言い、カバーを取り払った。「これは」吹雪はそれを見て目を見開いた。現れ出でたのは異形の白い水上バギーであった。 26

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バギーの随所にブースターが装備されており、特に後部には複雑なパイプ建造物めいて複数のブースター群が絡まり合っていた。「試作艦娘輸送型超小型艇。コードネーム『焔矢』」夕張は吹雪を見た。「この子に、ちょっと乗ってみて」 27

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「これに…ですか」吹雪はゴクリと唾を飲んだ。違法建築と形容できるほどに渾沌としたブースター群に寄生されたかに見えるそのバギー『焔矢』、鹿屋基地における最高峰の練度を誇る駆逐艦娘である自分が必要なレベル。果たしてどれ程怪物的な馬力を有しているのか。 28

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断るという手もある。実際受ける理由もない。だが「分かりました、乗ります」吹雪は快諾した。「本当！ありがとう！」夕張は満面の笑みを浮かべ、吹雪に『焔矢』に内蔵されていたヘルメットを手渡した。「これに内蔵された装置であなたの状況をモニターするわ」「はい」吹雪がヘルメットを被る。 29

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「では」吹雪は『焔矢』に跨った。「エンジンキーは…」嘗て新人訓練中に受けた水上バイクの操作方法を思い出しながら、徐に機器を操作する。ドゥルルルル！低いエンジン音が響く。「よし、これでアクセルを」吹雪はアクセルレバーを捻った。KABOOOM！「グワーッ！」爆発めいた音が轟く！ 30

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『焔矢』は一瞬の内に洋上へと飛び出した！「グワーッ！？」吹雪は突然の衝撃に備えきれず、『焔矢』のハンドルをどうにか掴み、振りほどかれないように縋るばかり！「これ…程…とは！？」吹雪は腕に力を籠め、どうにか『焔矢』の座席へと収まらんとするが、『焔矢』の速度がそれを許さない！ 31

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((このままでは！))吹雪の脳裏には己が『焔矢』から振り解かれ、ブザマに海面に叩き付けられる様が思い浮かぶ。((否、それだけは避けなければ…！))吹雪は諦めず思案を続ける。((考えろ…授かったインストラクションから…今までの経験から…この状況を打破する術を！)) 32

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吹雪の脳裏に様々な言葉や光景が過る。意識的に起したソーマト・リコール現象だ。やがて吹雪は打開に繋がる言葉を掴み取る！「イヤーッ！」吹雪は指を伸ばした……ブレーキへと！ガクンと『焔矢』の速度が落ちる！加速を維持したままの吹雪は『焔矢』の前方へと投げ出される！ 33

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ナムサン！このままでは海面に浮く性質を持つ艦娘は『焔矢』に轢殺されてしまう！((力に力で対抗してはならない…))吹雪は一瞬目を閉じ、掴んだインストラクションを復唱する。((己自身を知り…己の領分で、戦うべし！))目を開く。海面に着水…そして！「イヤーッ！」 34

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吹雪は全身のバネを利用して回転跳躍！アーチを描き突進する『焔矢』を掻い潜る！そして見事『焔矢』の運転席に収まった！タツジン！何たる曲芸師めいた軽業か！「スゥーッ…ハァーッ…」吹雪は調息し、アクセルレバーを捻る。KABOOOM！再びの加速。吹雪は絶妙な体捌きで馬力を受け流す！ 35

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「イヤーッ！」KABOOOM！加速！「イヤーッ！」KABOOOM！左へのターン！「イヤーッ！」KABOOOM！右へのターン！「イヤーッ！」KABOOOM！側面ブースターを連続点火しての平行移動！「イヤーッ！」KABOOOM！再加速！ 36

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((よし、どうにか動かせる…))吹雪は内心冷汗をかきながら『焔矢』を操り続ける。((私が操縦して正解だった…他の艦娘なら…特にカラテを持たぬ艦娘では絶対に振り解かれてたはず…しかし、こんなモンスターマシーン…量産したところで持て余すだけ))「ねぇねぇ」「！？」 37

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吹雪は驚愕の目で横を見た。そこには島風が居た。色付きの風めいた速度で足を動かし、『焔矢』と並走する島風の姿が！吹雪は咄嗟に『焔矢』の速度計を改めた。現在速度約324ノット。時速換算にして時速約600キロメートルである！その速度の中、島風は涼しい表情だ。余裕すら窺える。 38

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((何たる速さ…))吹雪は驚嘆の眼差しで島風を見つめた。((流石は最速の艦娘…))「ねぇってばぁ！」島風が駄々をこねるように吹雪に声をかける。「はい、何でしょうか？」「その子、とってもハヤイね」「ええ、そうですね」そのせいで落ちかけましたが、と吹雪は笑った。 39

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「ふーん」島風は吹雪をよく観察する。総身から陽炎の如く漏れ出るカラテから、眼前の少女の持つ恐るべき力量を持つ艦娘であると窺える。((この子が私の知る吹雪が言ってた鹿屋の吹雪))島風は極めて優秀な艤装と能力を持った艦娘だ。何より彼女の直属の司令官は宿毛湾の英雄である 40

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彼の元には優秀な艦娘が多数揃っている。島風はその中でも頭一つ抜けた力を有していると自負している。だが((勝てるかな、この人に))島風は瞬時に彼我の力量差を読み取る。今、島風が吹雪にアンブッシュを仕掛けても、容易く往なされるだろう。((戦いでは勝て無さそうかなぁ…)) 41

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((でも))島風は不敵な笑みを浮かべ、吹雪を指差した。「ねぇ！かけっこしよ！」「かけっこですか？」吹雪は首を捻り、『焔矢』から降りるためにブレーキへと指を伸ばす。「ああ、違う違う！」「うン？」「普通にやったら私が勝つに決まってるじゃん」「ですね」「だから、ハンデあげる！」 42

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「ハンデ、ですか」「そう！アナタはその子に乗ったままでいいよ！」そこまで聞き、吹雪は島風の意図を察する。これは、挑戦状である。((面白い))吹雪の闘争心に火が付く。久しい感覚だ。夏の終わりごろ、かの流星の友と戦って以来か。「いいでしょう」吹雪は笑って応じた。 43

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二人は速度を緩め、鹿屋基地へ向けUターンして停止する。既に鹿屋は遠くに見えるばかりだ。「勝敗は」ドゥルル！ドゥルル！エンジンを吹かし、吹雪が問う。「んー…そうだね」島風は少しばかり思案し、言った。「出撃ドック前のブイ、あそこがゴールにしようか！」「分かりました」 44

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「じゃあ、いっくよー」島風はクラウチングスタート体勢で構える。「ええ、いつでも」吹雪もアクセルレバーに手を掛ける。合図は同時に始まった。「「３…」」「「２…」」「「１！」」KABOOOM！「「イヤーッ！」」 45

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双方爆発的な加速で以て海を駆ける！全く同時に駆け出した二人であるが、先を走るのは島風だ！((何たる速さ！))吹雪は島風の後塵を拝し、内心舌を巻いた。現在の『焔矢』の速度は約540ノット。換算すれば時速約1000キロメートルとなる速さだ！ 46

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この速度は『焔矢』の最高速度。だが島風を見よ。彼女の足は色付きの風めいて高速で動き回るが、その表情は余裕そのものだ。彼女はまだ全力を出してはいないのだろう。((流石は海技研の最高傑作「最速の艦娘」ですか…))吹雪の脳裏に浮かぶは、海技研の広告資料の一文。 47

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曰く、全身複雑骨折。両脚筋繊維断絶。そして心臓が過負荷により破裂寸前と言う状況からバイオ筋肉移植と機械の第二心臓を埋め込むことにより奇跡の生還と速力の安定化を果たした、バイオ生体工学や人間工学の結晶たる海技研の最初の最高傑作。海技研の名は島風が高めたと言っても過言ではない。 48

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吹雪は島風を見る。彼女は走るだけでロケットブースターの怪物たるこの『焔矢』よりも速い。現存する艦娘の中でも最速を謳われるだけはあると言う事だろう。ふと吹雪は島風を思った。此処まで肉体を改造した彼女が元の人間生活に戻ることは叶わないだろう。彼女は、どう思っているのだろうか？ 49