出港
「一航戦”瑞鶴”、出撃よ!」 叫んで、瑞鶴は艦娘ブンカーからの出撃を宣言した。 舫い索を放して、機関の出力を一気に上げる。速やかに前進の行き足を入れた瑞鶴は、まさしく飛び出さんばかりの勢いでブンカーから発進した。
2016-03-24 22:29:54分厚い鉄筋コンクリートの隔壁が視界の後方に流れて、目の前に青い空が広がる。 まぶしい太陽の光に目を細めながら、素早く港内に視線を走らせる。見張り妖精が警戒をしているが、だからと言って自分で確認しなくていいわけではない。
2016-03-24 22:33:14港内は予定通り、瑞鶴以外の出港船はもういない。 瑞鶴は今回出撃する任務部隊の旗艦娘だ。当然序列は最上位になるから、出港順序は一番楽な最期になる。 入港船が居る気配もない。港湾管制によれば、最新の出入港艦船のスケジュールは事前に達せられたものと変わっていない。
2016-03-25 17:47:00見張り妖精があげてくる発見報告も、レーダースコープにプロットされるシンボルも、既に港外にいる僚艦ばかり。 つまりは異常なし。出入港艦船なし。 だがそうしてあげられてくる発見報告の中に一隻だけ、港内にいる目標がいた。いや、厳密に言えば陸上か。
2016-03-25 18:00:18場所はいつも通り港の出入り口となっている岬の上。 見れば、車椅子に乗った和服の女性が一人。 艤装は着けていない。だが、見間違えるはずがない。
2016-03-25 18:08:14「航空母艦”加賀”に敬礼する。右、気を付け」 瑞鶴が敬礼を令すると、外にいる妖精たちは作業を中断して整列し、らっぱを鳴らした。
2016-03-25 18:20:56ぷぅぁ、ぷぅぁ、ぱっぱっぱっぱぱぱぁ~ らっぱに合わせて、瑞鶴と妖精たちは敬礼する。一拍置いて、加賀からも答礼のらっぱの音が響く。 「かかれ」 ぱっぱぱ~ 加賀が答礼を解いたのを確認してから、瑞鶴も敬礼を解いた。 互いに非の打ちどころのない敬礼の交換だ。
2016-03-25 18:34:29だが自身はともかく加賀がそれを実施しえるという事実に、恒例行事となった今でも、瑞鶴は驚きを禁じ得なかった。 どれほどの練度に達すれば、その境地に辿り着くのだろう。彼女は、艤装がなくとも妖精を使えるのだ。当人は何ともないという顔をしているが、瑞鶴には何度見ても信じがたい奇跡の技だ。
2016-03-25 18:37:36『加賀より発光信号』 あまつさえ、発光信号まで送ってくる始末だ。もしかして艤装がなくとも海に出られるのではないかとすら思える。 ≪武運ヲ祈ル≫ だが送られてくる文は、彼女らしい不器用なものだ。 発光信号を送ってくるほどに気にかけているのに、定型文しか送れない不器用さ。
2016-03-25 18:58:36恐るべき奇跡の技を振るおうとも、中身は不器用な女の子なのだ。そう思うと微笑ましい。 が、同時にひどく痛々しい。 特にあれほどの力を持つのに、こんなところで遊ばされている経緯を思うと、胸が張り裂けそうになる。MI作戦勝利の対価、何しろ今は自分が”一航戦”で、”五航戦”は空席なのだ。
2016-03-25 19:14:07≪乞ウゴ期待≫ だからちょっと、調子に乗った文面で返す。 苦笑いでいい。全く五航戦の子は調子に乗ってと、少しでも笑ってくれるなら。それなら少しは、幸いだ。
2016-03-25 19:27:55*
お似合いの二人だと思っていた。 照れ屋な海軍士官と、不器用な艦娘。似た者同士。 ほとんど言葉を交わさないくせに、いつだって息はぴったりだった。
2016-07-27 12:56:17少しは嫉妬もした。 彼は引き出したのだ。同期の赤城先輩にも、かわいい後輩の翔鶴ねえや私にも、見せたことのない笑顔を。 不器用で、無表情な先輩は、嬉しそうにすることはあっても、あんな笑顔を見せることはなかった。
2016-07-27 12:57:40「瑞鶴、落ち着いて聞いてくれ」 人払いをされた執務室で、妙に抑えられた提督さんの声は、どこか遠くの世界から響いてくるように思われた。 「”しらね”が、一航戦の艦娘母艦が、撃沈された」
2016-07-27 12:58:31