日曜形而上学 D.ルイスのquidditism~トマスにおけるquidditas
以上を簡単に振り返ると、トマスの功績として重要なのは、認識論の原型のようなものを構築したというのは、大きいのです。アリストテレスの『霊魂論』を読んでいただければわかりますが、あれは人間の「マインド」を扱った書物ではなく、人間に内在する諸々の運動の原理を扱った書物です。
2011-02-14 06:38:40そこには、栄養摂取なども含まれます。トマスは、アラビアの哲学者から影響を受ける形で、「事物」「感覚」「知性」という三段階の構造を、人間が認識する際に重要なものとして整理した、ということです。
2011-02-14 06:40:24「ファンタスム」とは何か、「可知的形象」とは何か、というのはほとんど解決不能な愚問です。なぜなら、それは人間の認識の三段構造が、構造的に生み出すものにつけられた名前であって、それらが何かというのは、あまり重要ではない(というより、それ以上の答えはない)。
2011-02-14 06:42:20@adamtakahashi 私(ローマンカソリック)にとってトマスアキナスが偉かったのは、Man's utmost knowledge is to know that we do not know him.と人知の限界を教えてくれたことです。
2011-02-14 06:42:38整理の二点目のとして、普通「普遍論争」というと、ロジカルな面から入って、わけわからないことになってしまう方が多いのですが、そちらから入って良いことは、あまりないのです。基本はアリストテレスの不変的なシステム(=主知主義)にたいして、神の意志をどうすえるのか(=主意主義)という問題
2011-02-14 06:44:26だったのですから。最後に、オッカムが重要で、スコラ学の批判者だと形容するような人がたまにいますが、思想史的には、ほとんど妄言です。その後オッカムがどう読まれたのか、どう受容されたのか、デカルトやロックなどの近代哲学が起こる際に寄与したのか、というのは実際のところ判らないのです。
2011-02-14 06:46:27@adamtakahashi 非常に難しいに違いない主題を、素人にもわかるように、とてもわかりやすく説明してくださって、このしんじけ大変感動しております。ありがとうございました&お疲れさまでした。
2011-02-14 06:59:03@adamtakahashi 大変勉強になる解説までしていただいて何とも恐縮です。ありがとうございます。現代の文脈で「本質主義」というと「事物に本質があると認める立場」になってしまい、D.ルイスのquidditismとは違う意味になってしまうのです。
2011-02-14 07:08:27@adamtakahashi ルイスの用法では、(ものではなく)「性質の貫世界同一性を認める立場」です。世界によってそれを例化する事物は変わっても同じ性質だという話です。一度「本性主義」という訳語も考えてみたのですがquidditasの語感が分からず自信がありませんでした。
2011-02-14 07:08:59@adamtakahashi 抽象的なものを認めたがらないルイスの立場は、トマスが抱えていた問題意識は随分違いそうですが、「事物の「本質」も、同じく不変」というアリストテレスの世界像と似たところはあるかもしれません。改めて、時間をとっていただき、ありがとうございます。
2011-02-14 07:10:09@r_saijo 大変、失礼しました。ルイスの問題意識と全然違うものだったかもしれません。。。中世哲学では、こうだろう、という非常に大まかな(サルでもわかる)話でした。
2011-02-14 07:19:41@adamtakahashi いえ、本当に分かりやすく解説していただき、とても勉強になりました。ありがとうございます。温故知新という言葉を実感しています。
2011-02-14 07:27:14haecceitas/quidditasについては、 トマスとスコトゥスとのあいだで、重要な変更があったという記事を読んだ気がしました。本質主義も、厳密に考えると区別される、ということでしょうか。いい加減なことを言うと、ルイスの区別は、スコトゥスの方に近いのではないでしょうか。
2011-02-14 07:27:41以上の中世の問題については、Leen Spruit 大先生が、Species Intelligibilis という大部な二巻組の著作において古代から十七世紀までの議論を整理しています。ご関心のある方は、参照していただければ幸いです。
2011-02-14 07:34:50@adamtakahashi 先日、即購入いたしました。ありがとうございました。“すっからかーん” でございますけれども、背に腹は代えられませぬ。
2011-02-14 07:37:41現代の形而上学的問題の先行研究を本格的にサーベイしようと思ったら、古代ギリシャまで遡るはず。もちろん一人で全てをカバーできるはずがないので、後はどこまで/どの辺りのサーベイを重視するかによるんだろう。
2011-02-14 07:41:26そういう点で、現代の議論だけではなくアリストテレス研究者でもあるMichael Louxや現象学周辺の研究もするPeter Simons、Kevin Mulligan、Frederic Nefみたいなスタイルは一つの理想的なかたちだと思う。
2011-02-14 07:42:40