【温故知新】第二話

ゲロ甘すいーとぜんざい(大盛り)
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葛葵中将 @katsuragi_rivea

鹿屋主力艦隊第三群機動部隊として奮闘し、内閣から顕著な功績を立てた者に贈られる記章を受け取っている記録までもが残されていることにますます平は困惑した。 (…人は見かけによらないということかな。それより…) 平の思考に、ある疑問が生まれたのはその時からである。

2016-09-03 22:10:02
葛葵中将 @katsuragi_rivea

さらに数日後の夜。その日は珍しく葛葵が夜の繁華街のほうに飲みに行こう、などと平を鎮守府の外へと連れ出した。 「野郎二人のサシ飲みも悪くない…だろう?」 平自身も数日間記録室に缶詰めとなっていたため、気晴らしも必要だと判断しそれを了承した。

2016-09-03 22:11:23
葛葵中将 @katsuragi_rivea

流れついた先はどこか懐かしさを感じさせるいわゆる昭和の雰囲気を残す場末の居酒屋 初老の夫婦が営む小さな店は、既に数人ほどの常連客らしい姿で賑わいを見せていた。 第二次深海大戦が始まり、経済が傾いた頃はこうした店の多くはその戸を固く閉ざし、閑古鳥が鳴く状態であったという

2016-09-03 22:12:34
葛葵中将 @katsuragi_rivea

日本国の艦娘技術発達と共に持ち直してきた海上交通網と近隣国との国交復活に伴い、 物品の流通も正常化し始めた。 外出の際は義務づけられている軍服着用のせいで見るからに海軍関係者である二人を快く歓迎した居酒屋の女将は嬉しそうな顔を向け、感謝の意と共にそう話した。

2016-09-03 22:13:46
葛葵中将 @katsuragi_rivea

葛葵は「貴方がたが納められた税金による賜物です。」と空気の読めない発言をし、平を凍りつかせたが…それでも女将は嫌な顔一つせず二人を店の奥の座敷へと案内した。 葛葵が言うことももっともである…世間一般から嫌味を言われることはあっても感謝されることなど一つとして無かった。

2016-09-03 22:15:07
葛葵中将 @katsuragi_rivea

感謝されること自体は悪い気はしないものであったが、事実として多くの制海権は敵側に奪われたままであり自分達の目的を完全に達成したわけではない。 慢心してはならないという戒めは常に持っておかねばなるまいと改めて思い知ることとなった。

2016-09-03 22:16:41
葛葵中将 @katsuragi_rivea

席についた二人は気疲れからの反動か、互いのグラスを打ち付けてから…喉を通るアルコールの量は相当な量に達していた。 仕事に対する愚痴、他愛もない会話、下賤な猥談。 酒の勢いも手助けしてか忙しさにかまけてこれまであまり機会を得られなかった二人の会話は驚くほどに弾んだ。

2016-09-03 22:17:29
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「意外といけるクチじゃないか平君!」 そう言う葛葵はどうやら下戸。そこまで酒に強いタイプでは無いらしい。 顔を真っ赤にしながら上機嫌に何度も同じ会話を繰り返していた。 「…………葛葵さん、一つお聞きしてもいいですか?」

2016-09-03 22:18:15
葛葵中将 @katsuragi_rivea

神妙な顔つきに表情を直した平は、意を決して完全に酔いが回っている臨時室長の男に対して問いかけた。 胸の内に引っかかっていたことを今なら彼から聞き出せるのではないか、と意を決して口を開いたのだった。 「いいですとも!何でも聞いてくれ」

2016-09-03 22:18:55
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「葛葵さんは…どうして記録室へ?本来、貴方は前線を張る艦隊司令官ですよね?こんな地味な仕事、何故請け負う気になったのですか?」 その言葉を聞いた葛葵は一瞬だけ眉を動かすと少しばかり逡巡を含んだ苦笑いを作り出した。 「………あー、そっか。…うちの記録、見たんだね」

2016-09-03 22:19:32
葛葵中将 @katsuragi_rivea

手にしていたグラスに注がれた琥珀色の液体を一気に飲み干すと彼はそれをテーブルの端に置き、顔色とは正反対に真摯な瞳を平に向けた。 「…すいません。失礼なことを伺ってしまい…」 咄嗟に頭を下げる平であったが、葛葵は気に留めてはいないことを簡略的に告げると言葉を紡いだ。

2016-09-03 22:20:22
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「君の経歴も多少見させてもらったよ。志願兵、それも海大まで出ているね?エリートだな」 否定するようなことでもないので頷く平に対して目の前に座る男はズバリと核心に触れる言葉を口にした。 「平君は現状の仕事が不満か?前線を張っていた以前のほうがいい、そう思っているかな?」

2016-09-03 22:21:04
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「…………!」 不意に図星を突かれた平は返す言葉が見当たらず目が泳ぐ。 「そりゃまぁ、そうだわね。若い士官、将官ともあれば花形である前線で指揮を執り名をあげたいに決まっているからね」 葛葵は穏やかな笑みと共に話を続けた。

2016-09-03 22:21:40
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「確かに、断ることも出来た。あの美濃部とか言うオッサンに我儘通しても良かったかもしれないな…」 苦笑する葛葵と対照的に平は絶句する。この男の口から出た名前は鹿屋基地長官…それを呼び捨て。それも我儘を通せるだけの権限を持つと豪語するのだから余計に、

2016-09-03 22:22:29
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「ならば何故、前線ではなくここへ?我々がこうしている間も、敵は攻めてきている。誰かが助けを求めているかもしれない。 優秀な指揮官が先頭を切れば、それを救うことが…艦娘達が流す血を止められるかもしれないのに…!」 思わず熱が入るのを抑えられず平は思いの内を打ち明けた。

2016-09-03 22:23:14
葛葵中将 @katsuragi_rivea

自然とテーブルに手をついて身を乗り出していたらしく、周囲からの視線を感じた平ははっとして再び席につく。 「…すいません。つい…」 「いいじゃないか。嫌いじゃないよ、そういうの」 気まずそうな平と正反対に葛葵は余裕をもった表情であった。

2016-09-03 22:24:02
葛葵中将 @katsuragi_rivea

葛葵は懐から愛用の煙草とジッポライターを取り出し、手慣れた動作で火をつけ口から煙を吐くと淡々とした口調で言った。 「少し話が脱線したが。まぁ、気にしないでくれ」

2016-09-03 22:26:23
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「私としては前線で指揮を執るのも、ここ横須賀で記録とにらめっこするのも、そう大きな違いは無い。」 「…それは違うと思います。前者はあの子達…いや、人類全ての命に直結することじゃないですか」

2016-09-03 22:27:09
葛葵中将 @katsuragi_rivea

平は神経を逆撫でされた気分になり少々声色を強めた。強い誇りと共に海を駆ける艦娘達に指示を与え人類を救うための戦いに身を投じることと、 内地で安全なところでただその記録をつけているのでは大違いだ。そう指摘した。

2016-09-03 22:27:56
葛葵中将 @katsuragi_rivea

直接指揮官としてこれまで大規模な作戦に関わり、艦娘達の命運を握る彼の口から そう告げられることが信じられない。そういった心境で無意識に拳を握る手を、葛葵は見つめていた。 「温故知新、という言葉は知っているね?」 熱が入る平とは対照的に葛葵は毅然とした態度を崩さず続けた。

2016-09-03 22:28:54
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「古きをなぞり、新しきを知る。ということだ。これは私の持論…いや、ほとんど大切な部下からの受け売りだが…点では無く線で捉えることも必要なんだ。」 「線で捉える…ですか?」 問いかけに対し、葛葵は煙草を灰皿の縁へ置くと小さく頷いた。

2016-09-03 22:29:43
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「作戦で得られた情報を主計妖精が記録し、上に提出される。手順を少し省略するが…それを纏めるのが我々が現在進めている仕事だ。」 意図が読めない話を相変わらずするものだと内心、少し平は呆れた。

2016-09-03 22:30:46
葛葵中将 @katsuragi_rivea

「話が長いと周りにいつも言われるから…端的に言おう。記録というのは…知識だ。 作戦、戦術、戦法、理論、これらは先人が生み出した大いなる財産だ。 それらが無ければこの海は瞬く間に深海の連中に支配されていただろう」

2016-09-03 22:31:30
葛葵中将 @katsuragi_rivea

突如として海に現れた異形の者達。それを皮切りとして始まる第一次深海大戦。 海上歩兵と呼ばれる戦力の配備、拡充。進歩した技術で建造された艦娘と呼ばれる存在。拡大していく戦線。 始まる人類側の反攻作戦。確立されていく戦闘技術。

2016-09-03 22:32:25