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三島由紀夫の死生観と、ハイデガーの転回

三島由紀夫はインド旅行以来、ヒンドゥー的に阿頼耶識=仮我を自我と錯誤し、輪廻転生の物語を構想するも、結局はリアリズム小説でそれを書くことができず、絶筆としての自決を遂げたのだが、三島をインドに向かわせたものは何か。 しばしばハイデガーに挫折する登場人物を描き続けた三島だが、自決の数ヶ月前の肉声で語られた死生観も、ハイデガーを先駆的決意性としてしか読めていない、という吐露に聞こえてくるのだ。 ハイデガーは世界観(イデオロギー)を世界にするために、死の病(先駆的決意性)を語り、そこで析出された世界の中に存在することに依って、この先駆的決意性を免れる、転回を果たすのだが、三島がなぜこれに挫折し、仮我を自我だと思い詰めたのか。 続きを読む
人文 豊饒の海 三島由紀夫 阿頼耶識 転回 ファンタジー小説 リアリズム 先駆的決意性 ハイデガー
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
三島由紀夫の未発表テープ見つかる、命を絶つ9か月前の肉声 News i - TBS news.tbs.co.jp/newseye/tbs_ne… 「衝動的に劇的な小説になる、大きな物語が書けない。死が肉体の外から中に入ってきたという死生観など、三島文学の新たな見方を提供するとみられる」
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
「死の位置がね、肉体の外から中にはいってきた気がする」。やっとハイデガーの基礎存在論までは読解が咀嚼できた、といいたいんだろうな。もちろん、ハイデガーはそうした先駆的決意性から一気に転回するのだが、転回できなかったんだろうな三島は。 pic.twitter.com/aZmYMXt5tS
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ハイデガーが読解できないというエピソードは、小説に数回登場するほどなのだが、なにもハイデガーを読解できないからって、死にたい衝動に駆られなくてもいいのにね。あんなものは読めなくて当然なのだから。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ところで、きのは別の衝動の話に遭遇したのだが、三島のハイデガーの基礎存在論で煩悶して(転回できず)死にたくなった、という衝動はマゾだわね。気持ちは痛いほど分かるけどね。逆に、こちらの衝動はサドっぽい。twitter.com/sunamajiri/sta…
隠者(阿羅漢 周利槃特) @inja650rr
@sunamajiri 僕も三島と対話したくなってきました。(ノ´∀`*) 三島は本当にハイデガーを読めていなかったのか?という事について、訊いてみたいと思えます。 僕が敢えて中立の立場を貫くならば、学会の大勢による解釈の方が「生悟り」であった可能性も疑いの余地はあると思いました。
隠者(阿羅漢 周利槃特) @inja650rr
@sunamajiri 親鸞の教えも三島に近しい部分があるのかもしれません。 名門比叡山に入山した学友達がポンポンと悟りを開く中 誰よりクソ真面目に修行をした親鸞が一向に悟れず絶望したと彼は語ります。 …でも当時比叡山という権威自体が俗化し腐敗し、山全体が「生悟り」に陥っていた可能性も疑い様があります。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
さすが鋭いね。当時の読書界は生悟り。全集刊行前で憶測だらけで、ハイデガーと言ったら意地悪の代名詞。今そう言えるのは、全集刊行後だから、ハイデガーといったら親切オジサンの代名詞だ。しかし、未だに旧式の読解の副産物が、煩悩のようにあちこち漂っているよ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
たとえば、チョムスキーに踊らされた言語アカデミズムというレビュー twitter.com/sunamajiri/sta… で苦笑したが、こういうものが一蹴されていたにも係わらず、当時の読書界には拘りがありすぎたのだ。君の言葉で言うと生悟りがあったんだろうね。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
この三島の肉声のニュースに、「三島は村上春樹より現実に直面していた」というコメントがついていて抱腹絶倒したのだが、その現実というのも、こういう読解の現実のことね。さもなくば、現実逃避としての村上春樹という文脈からは、三島のほうがよほど現実逃避だからだ。@inja650rr pic.twitter.com/KRFia9DCiT
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
先月指摘した twitter.com/sunamajiri/sta… が、今あるのは直観とは経験だという、カント以後というだけだ。ハイデガーが底意地が悪く見えるのは、そんなはじめから分かっていることを、わざわざ懇切丁寧に説明=超越論しまくるからだ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
1929年の話が出てくるのは、生まれてこなければ死なない、人間より動物より石=サイバーな時代になれば、生まれてくることができる。twitter.com/sunamajiri/sta… そういう転回の端緒があったからだが、三島はその手前で読解を挫折しただけだ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ハイデガーを読解できないという心情を、小説で語らせようと実験しまくる三島に批判的だったのは安部公房だったと思うが、三島が煩悶したのも、基礎存在論=現存在=先駆的決意性からの転回、という部分なのだろう。ハイデガーの転回は、ギリシャ以来の問いからの脱却のことだ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
読めないという心情は、まるで自分が無に帰すような不安だが、三島の場合はマゾヒズムで克服したのだ。転回が読めること、というのは解答がわかることなのだ。それが発問のレベルに踏みとどまる生悟り=禅問答では、全てに躓くことになる。死の病とはそういうものだ。@inja650rr
隠者(阿羅漢 周利槃特) @inja650rr
@sunamajiri 大本さんの仰る、イジワルおじさんことハイデガーが 禅宗の公案(禅問答:イジワル問題)の出題者であるように見えてきました💦
隠者(阿羅漢 周利槃特) @inja650rr
@sunamajiri 世間(俗)の偏見に囚われた「生悟り」の状態で、初関を透す(イジワルな公案を解く)ことなんて出来る筈もありません。 なにしろ仏教すらも、哲学史すらも偏見に囚われた空論(イデオロギー)であるのかもしれないのですから。
隠者(阿羅漢 周利槃特) @inja650rr
@sunamajiri 三島由紀夫というと、今まで僕は彼にどうも皇国的な日本の右翼的なイデオロギーを感じ敬遠していたのですが、よくよく考えると彼はただ単に「〇〇とは何か?」という「正論」について問うていたように思えます。 僕は、ふと、三島研究をしたくなってきました。ヾ(*´∀`*)ノ
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
三島の問題は日本の縮図なので、真面目にレスってあげよう。おそらく誰も君に真面目に教えないということが、そもそも諸悪の根源ですらある。しかし、おそらく君にはすべてお見通しのはずだ。以下に解説調をしてあげる。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
三島が問いかけた問題は実は簡単なのだ。いま、阿頼耶識をアートマンとするのはヒンズー教のアートマンの影響で、ヒンズー教が誤解する以前の本来の阿頼耶識は自我ではないことなのだが、三島はインド旅行してから、アートマン、あるいは輪廻転生の物語を構想してしまったのだ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
輪廻といったら、今ではライトノベルかファンタジーだが、遺作の四部作、豊穣の月は、書いてみたら結末で輪廻を打ち消すリアリズムにならざるを得なかったのだ。その脱稿の当日に彼は自決するのだが、今ならこれからファンタジー文学をやります、という宣言で済んだだけのことだ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
このことが深刻なのは、彼が戦前戦後に、自我を模索させられたことだ。三島の絶筆は、自我など幻だった、つまり阿頼耶識はヒンズー教徒の言うアートマンではなかった、というものなのだが、西欧哲学でこれに匹敵することを明確に問題化できたのが、ハイデガーだけだったのだ。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
自我など幻だ。西欧哲学では、このヒンズー教徒によって自我の輪廻と誤解された阿頼耶識に対して、本来の阿頼耶識、自我でないこと、をはじめて明確に論述したのがハイデガーだが、上述のように三島はハイデガーの転回が読めずに、アートマンに拘り、リアリズム小説に抹殺された。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
こうした、三島の「幻でない自我などあるのか」という苦しい問い、そして遺作になった四部作『豊穣の月』を、輪廻する阿頼耶識と構想するも、絶筆ではリアリズムとなった、というのが一昨年のNスペだったので見てみると良い。youtu.be/fkQJyqGj99g?t=… @inja650rr
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
なお、阿頼耶識がヒンドゥー教のいうアートマンではない、という最新の仏教学的知見から三島を読み直すという問題は、ネットでもよく話題にされていて、この知恵袋のベストアンサーの方の解説のとおりだろう。detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_de… @inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
今で言うファンタジー小説、輪廻転生の小説を構想するも、輪廻など幻だという結末になる『豊饒の海』には、阿頼耶識という言葉が頻出する。また、阿頼耶識は『大乗起信論』上ではなく、『解深密経』が発端で、超自我ではない、という話。それが読めるとハイデガーも読めてくる。@inja650rr
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
柄谷や東に至るもなお、ハイデガーのいう超越論を、超自我の問題と捉えてしまうのだが、それは三島が阿頼耶識をアートマンと捉えたことと同じなのだ。ハイデガーは、自我などない時間だけがあると言ったのだが、そのことが彼らには大問題なのだ。@inja650rr
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