異世界小話~異世界に召喚された普通の兄妹その他がチート無双する話・前篇~

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帽子男 @alkali_acid

「じゃあ毒消し!毒消しを…ねえ!」 「商姫様…商姫一座は…豪華に派手に…皆が楽しくなるような…景気のいい…誰もが金持ちの気分を味わえる…」 「するから!なんで!さっき話したでしょ!後追いはだめって!赤胴おばさんにお前は渡さない!」 「もちろん…私は…もう商姫様のものです…」

2018-01-28 12:24:12
帽子男 @alkali_acid

緑踵は死んだ。ほかの傭兵や、龍の狂信者や、地震に遭った街で建物に押しつぶされた人々と同じように。ありふれた死に方をした。 贔屓の男娼が、すっかり異形となりはてたすえの屍を、商姫は見下ろし、ゆっくり深呼吸した。 「し、死んじゃったものはしょうがない…たいまいはたいて損した」

2018-01-28 12:26:15
帽子男 @alkali_acid

「小姐…俺達の手落ちだ…まさか帝国の連中がこんな…」 「うん。報酬は減らす…と言いたいところだけど、あんた達の仲間がいっぱい死んだからその見舞金を相場の二十倍支払う。だから守りを強化して。それと、読み書きと計算のできる人の徴募は続けて。体が鉄でできてないのをね」

2018-01-28 12:28:17
帽子男 @alkali_acid

商姫は立ち上がる。服が失禁で汚れているから着替えなくては。 「…まったくくだらない。くだらないったら…見てなさい緑踵…私はこの街で一番の商売人なの。帝国だろうと、龍だろうと、魔物だろうと、誰にもなめられたりしない…赤胴おばさんも、いい?見てて!私は負けない!」

2018-01-28 12:30:11
帽子男 @alkali_acid

叫んでから、いまいちど男娼の屍を一瞥する。 「負けないよ…緑踵」

2018-01-28 12:31:41
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 街をおおう魔法の勢力図は急速に書き換わっていた。 迷宮からあらわれた妖精の女王が、命なき兵(つわもの)、あるいは生きた鎧と呼ぶ軍勢を率い、さらには羽衣天女、管弦童子という空飛ぶ人型の財宝を操って、支配域を広げていた。

2018-01-28 12:34:43
帽子男 @alkali_acid

街のそこかしこには、呼び出しの大釜という迷宮つながる通路の役割を果たす財宝が埋まっていたが、それらは地震とともに地上にあらわになり、不吉な共鳴を始めていた。 しかし釜は、妖精の女王の配下が次々と眠らせ、また目覚めさせるとおとなしくなった。釜を守る惑わしの術がかけ直される。

2018-01-28 12:37:21
帽子男 @alkali_acid

釜を使って禍を引き起こそうとした魔物にとってゆゆしき事態だった。 人間が痩せた男と呼ぶ種族は長いあいだ、迷宮の主(ヌシ)である龍の怒りを除けば、ほとんどいかなる障害も受けず着々と計画を進めてきたが、あと一歩というところで突然、強敵に対面したのだ。

2018-01-28 12:40:50
帽子男 @alkali_acid

妖精の女王、人間が賢者と呼ぶ娘、異世界から来た女子大生、山田花子を、最優先で殺害する。 痩せた男は、予定を早め、まだ動かせる大釜を介して迷宮から強力な魔物を呼び出した。龍と戦うために作り上げた巨大な人型、氷巨人。あるいは水中に潜み、普段は穏やかだが昂ると危険な化生などを。

2018-01-28 12:44:19
帽子男 @alkali_acid

大きさだけなら龍にも匹敵するそれは、のんびりと迷宮中層の淡水海を泳いでいたところ、いきなり貯水湖の底に眠る釜から外界の汚れた水の中に転移させられ、もがき苦しみながら、帰り道を求めて暴れ出した。 氷結した閘門を飛翔にも似た跳躍で乗り越え、滝をくだって運河に飛び込むと、街へ向かう。

2018-01-28 12:47:32
帽子男 @alkali_acid

ゆくてには、南方への疎開のために避難民が集まる船着き場があった。

2018-01-28 12:48:40
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「氾濫のせいで一時はどうなると思ったがな。なんとかなりそうだ」 海賊、否、船舶組合に所属する船長は指であごをつつきながらうそぶく。 「しかしねえ。なんだって赤胴はこんな小汚い連中を逃がそうとするんだ。それも南にでっかい宿営地まで用意して…まあ儲けるんだろうなまた」

2018-01-28 12:51:07
帽子男 @alkali_acid

「小汚い連中ばかりじゃありませんぜ」 船員がすけべそうな笑みであごをしゃくる。 黒い肌もあらわな女、子供ほどの背丈だが一目見たら振り返らざるを得ないような娼婦が、舳先近くの甲板で踊っている。腕や足につけた黄金の環が鈴の音をさせ、傍らでは同じ膚のすらりとした男が胡弓を奏でる。

2018-01-28 12:54:18
帽子男 @alkali_acid

「たまらねえな…しかしありゃ…俺のじいさんの代まで南方のさらに南の島からさらってきた奴隷だな」 「今じゃ色町の娼婦に男娼ですぜ。女は二つ星、男は三つ星ぐれえだっていうが、もっとずっと上に見えるねえ。抱きてえ」 「やめとけ。ありゃあ赤胴のお抱えだ」 「ひえ…」

2018-01-28 12:56:49
帽子男 @alkali_acid

船員は首を縮める。 「赤胴のやつぁ…どんどんでかくなりやがる。そのうちこの国を丸ごと買いますぜ」 「そうだな…もったいねえ…俺が女房にしときゃ」 「顔がまずいってんでやめたんでしょ?そこは目をつぶっときゃあのたっぷりした体も抱き心地が」 「ばーか。そうじゃねえよ…あの女はな」

2018-01-28 12:58:27
帽子男 @alkali_acid

船長はぼんやり言葉を探した。 「やっぱ女房にしねえほうがいい気がしてな…そうすりゃ俺達…海賊を…なんだか別のもんにしてくれそうな…」 「へへ。確かに。いまじゃ船舶組合の旦那ですからね」 「そういうんじゃねえが…そういうことかな…」 一方、桟橋では北方人が名残を惜しんでいた。

2018-01-28 13:00:47
帽子男 @alkali_acid

「ああ、黒曜さんきれいだなあ…黒肩さんとお似合いだ…ほんとに…南でも元気で…ぐすっ…」 「青痣さん。そろそろ行きましょう」 農協の事務仲間が呼びかける。最近、街の工房が作った眼鏡なるものをかけた、小柄な娘だ。顔は雀斑(そばかす)がひどいのでそう呼ぶ。 「うん。いやもう少し…」

2018-01-28 13:03:32
帽子男 @alkali_acid

「そんなんだから、のろま団長って呼ばれるんですよ」 「ひどいな。自分はもう青年団の団長じゃないし、せめて」 「じゃあ、ただののろま」 「ひどいな。それはひどいよ。雀斑さんそうだ食糧の手配はどうなってたっけ」 「どうもこうもありませんよ。農協の出店は潰れちゃったし」

2018-01-28 13:05:09
帽子男 @alkali_acid

「在庫の芋だの芝麦だのはあるだけほら、赤胴さんのお知り合いの商姫さんに売り渡しをしましたけど、どうやって持ってくのか。馬車も足りないし」 「そうかあ…困ったね」 「困ったじゃありませんよ。でもあの兜。あれはすごいですね。離れたところと郵便馬車より鳥文より早く連絡がとれるなんて」

2018-01-28 13:07:08
帽子男 @alkali_acid

「うんそうだね…なんでも地獄の猟犬団という冒険者が迷宮から沢山…あ、見て、黒曜さんとんぼ返りを打ったよ!すごい!皆止まってみてる。はっは船員さん怒ってるね…」 「もぉ…ほんとぼんやり団長」 雀斑があきれるのに、青痣は気づかぬ態だ。 「船はもう何隻出たんだっけ…」 「五隻」

2018-01-28 13:08:56
帽子男 @alkali_acid

「まだそれだけ」 「増水で荒れてましたし、多すぎると運河が詰まって動けなくなっちゃうんです。でも赤胴って人がちゃんと間隔を計算して…どんどん来てどんどん出るようになってますから…あのちび女の船も速く出ればいいのに」 「黒曜さんと黒肩さんは皆を元気づけて不安を除くためにああしてる」

2018-01-28 13:12:04
帽子男 @alkali_acid

「へえ…意味あるんですか」 「あるよ。この街では、色町の娼婦や男娼の意味は、北方での僧院より重い…組合より重いかもしれない…本当はまっさきに故郷に帰りたいだろうに…偉い…あれ?」

2018-01-28 13:13:35
帽子男 @alkali_acid

黒肩が演奏をやめ、運河の上流を手で示して何か叫ぶ。 逃げろ、降りろ、だろうか。黒曜はそばに寄り添って緊迫した面持ちだ。 「何か来る…」 「何かって?」 青痣のつぶやきに雀斑が訊き返すが、どちらも答えを知るはずもない。 海賊の一人がすばやく重弩にとりつき、狙いを白波立つ水面に向ける。

2018-01-28 13:16:24
帽子男 @alkali_acid

「敵だ!迷宮の魔物だ!」 さわぎが広がる。街では最近、迷宮から抜け出した魔物が暴れ、多くの被害が生じている。そもそも住民の疎開も、魔物を恐れての計画だった。 「青痣さん。行きましょう。ここは危ないです」 「だめだ。自分は戦う…君達は退避しなさい」 鎌と鎚を抜いて岸辺に駆け寄る。

2018-01-28 13:18:32
帽子男 @alkali_acid

「大地の恵みあるところ、我等の団結あり!農協のものだ!魔物め!襲うなら自分が相手になるぞ!」 運河を突き進むなにものかに、陸からの挑戦が聞こえたかどうか、しばらく水面の波立ちが静まり、あたりに凪が訪れる。 せつな、黒曜や黒肩の乗る船の真下から水柱が立ち上がった。

2018-01-28 13:21:14
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