異世界小話~異世界に召喚された普通の兄妹その他がチート無双する話・前篇~

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帽子男 @alkali_acid

全体としては、龍に似たひらひらとしたヒレを持つくらげじみた巨躯。 「尼龍」 かつて冒険者がそう呼んだ魔物は、汚れた水のもたらす不快に耐えかね、周囲にやつあたりを繰り返したあげく、あっさり海賊の遡上船を転覆させた。 「黒曜さん!黒曜さん!」 踊りの巧みな娼婦も、楽の見事な男娼も。

2018-01-28 13:23:48
帽子男 @alkali_acid

一瞬にして藻屑となる。迷宮の禍は人間にはあまりに大きすぎた。 「そんな…そんな…こんな…こんなこと…!」 鎌と鎚を握る指を白くさせながら、青痣は船着き場で立ちすくむ。 「うそだ…黒曜さん…だって…さっきまで…うう…ううあああ!!」

2018-01-28 13:25:21
帽子男 @alkali_acid

ふたたび尼龍が水面から跳躍し、激しくしぶきをまき散らす。 その首らしき部分に、別の魔物が二匹とりついていた。黒い肌にきらめく鱗、水かきのある手、とげとげしい背びれ。もつれた髪は水草のよう。 「黒曜さん!?それに黒肩さんも…」 牙の生えた顎が、龍に似たくらげの幹に食い込む。

2018-01-28 13:28:11
帽子男 @alkali_acid

尼龍は川の上で踊り狂う。 「二人とも!離れて!!」 声が聞こえたか、聞こえなかったのか。水妖と化した夫婦は攻撃を止めて、巨躯の魔物から身をもぎはなし、また波間に飛び込む。 青痣が狙いすました鎚の一振りを放つと、尼龍の全身から芝麦が生じる。だがなおも龍もどきはもがきくねる。

2018-01-28 13:30:11
帽子男 @alkali_acid

「うおおおおお!!!!!!」 農協事務が鎚を何度も振るうと、とうとうみっしりと芝麦の実りが魔物を包み隠す。川の上に巨大な収穫の山が浮かぶ。とどめとばかり鎌を横なぎにすると、すべての熟した穂が落ちて、尼龍の死骸は運河に没した。 「やっ…たっ…」

2018-01-28 13:32:30
帽子男 @alkali_acid

「青痣さん!」 雀斑が駆け寄ってきて、いきなり巨漢の背中に飛びつく。よじのぼって、肩車の恰好で川面ののぞきこむ。 「やりましたね!うっかり団長なんて言って申し訳ありません」 「ちょっちょっ、雀斑さん重い。重いから…」 「失礼ですよ」 「ごめん。そうだ船員の皆は」

2018-01-28 13:34:16
帽子男 @alkali_acid

二匹の水妖はなんども深みに潜っては、海賊達を引っ張り出してくる。自力で岸辺に泳ぎ着いたものもいるようだ。司令所として街の住民を乗せていなかったのが幸いしたようだ。 「自分達も手伝いましょう」 「はい!」

2018-01-28 13:36:20
帽子男 @alkali_acid

やがて助けられる全員を助けたころに、空から色町の空飛ぶ財宝が舞い寄ってくる。びしょぬれになった海賊の船長は兜をかぶって、何か話しているようだ。 音曲と光彩があたりにあふれる。 「ご町内の皆様。突然のできごとに驚ろかれたことと思われますが、無事魔物は退治されました」

2018-01-28 13:40:07
帽子男 @alkali_acid

「今後は色町が誇る、麗しくも勇ましい人魚一対が、皆さまを安全かつ艶やかに南へ御連れいたします。剛零飲み放題に加え、人魚と一緒に泳げる暖かい南海の休暇もご用意しております。奮ってご乗船下さい」

2018-01-28 13:41:57
帽子男 @alkali_acid

黒曜と黒肩が水面から跳ねて、とんぼ返りを切ってみせる。 音と光にまどう人々は拍手と歓呼を発した。 「都会の人間て、頭がおかしいですね…」 雀斑が感想を述べると、青痣は顎を指でつついてから返事した。 「そうかもしれない。でも、自分には、なんだか少し気持ちが分かります」

2018-01-28 13:44:14
帽子男 @alkali_acid

運河をいろどる黒い人魚が、一瞬、北方人の青年にむかって微笑みかけた。 さようなら。 今度こそ本当に。さようならと。 農協事務はぎこちなく微笑み返し、武器を確かめると、踵を返す。 「さて、農協は物資と北方人の保護を急ぎましょう」 「はい!団長!」 「団長じゃないですよ」

2018-01-28 13:46:20
帽子男 @alkali_acid

(おひるごはん休憩です。再開は夜な)

2018-01-28 13:46:41
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ やかましい"車輪の唄"とともに、瓦礫を跳ね飛ばし、少女屍体溶接物は地下から地上へ躍り出た。 「思ったよりかかりやしたね…こいつの馬力も完調時の四、五割ってところか…」 「終わったらさっさと解体するんだな。ろくでもない機械の魔物なぞ」 生きた人間が後に続く。

2018-01-28 17:03:17
帽子男 @alkali_acid

衛士隊の隊長、火傷と、元冒険者の盗賊、酒屑はそろって薄日のさす外界の荒れ果てたさまを眺め渡した。 「ひどいありさまだ。日が暮れるまでに出られてよかった。とっととずらがりましょうや」 「むかうのは衛士隊の本拠だ。どこかの隊と連絡を…背中に何をかついでる」 「あ?これ?」

2018-01-28 17:05:34
帽子男 @alkali_acid

酒屑は照れたように笑う。 「せっかく冒険者の酒場の財宝保管庫にいたんですぜ、めぼしい金目のものの一つや二つ」 「一つや二つという量か」 「ほら、旦那にはこいつだ。名剣"隼"。あの烏の女剣客…の相棒が使ってたっていう業物ですぜ」 「由緒があるんだかないんだか分からんな」

2018-01-28 17:07:35
帽子男 @alkali_acid

細身の剣を受け取って、鞘疾らせる。白刃がまばゆい光を放つ。 「…だめだな」 「え?」 「軽すぎる。そして多分斬れすぎる…こいつは手首のしなやかな、達人の武器だ。私のような無骨には向かん。別のをよこせ」 「へ、注文が多いねえ。そんじゃほら弩ならいいでしょ」 投げ渡したのは単発の弩。

2018-01-28 17:10:05
帽子男 @alkali_acid

「ふん…衛士隊の連弩よりだいぶでかいな…矢は?」 「その把手を回して弦を下げるだけで自然に番えますよ。無限にね」 「無限弩か。たわけたしろものだ」 「あてた的の五感をおかしくさせるおまけつきでさ。ただし、使う側の気力を奪ってく」 「ふん」 「ま、旦那には無用な心配ですな」

2018-01-28 17:14:41
帽子男 @alkali_acid

盗賊はもう一度四方をうかがう。 「しかしほかの冒険者はどうしたんだ。ひょっとして瓦礫の下にいるのか…よそへうつったのか…」 「さあな。掘り起こしたければ、この機械の魔物を使ってひとりでやれ。私は衛士隊の本拠に…」 咆哮が響き渡る。

2018-01-28 17:16:57
帽子男 @alkali_acid

二人が注意を向けると、冒険者の酒場からそう遠からぬ寺院の跡地あたりで、因縁深い魔物、合成獣が天を駆け、真紅の巨人に襲い掛かったところだった。 茜のつららが幾本となく生じ迎撃するが、人面獣身は余裕で回避すると、至近距離から火球を吐きつける。

2018-01-28 17:20:50
帽子男 @alkali_acid

顔面に直撃を受けた氷の化身はたたらを踏み、態勢を立て直そうとしたところを、さらに火球が連打する。 「うへえ。また魔物と魔物の仲間割れだ…旦那はもちろん、あんなもんほっと…く気はないんでしょうね。どっちをやります」 「生き残った方だ」

2018-01-28 17:22:31
帽子男 @alkali_acid

勝敗のゆくえはすぐにはっきりしてきた。 氷巨人は先手押し負けたあと一転攻勢に出て、真赤な雪を降らせ、霜であたりの瓦礫や地面を覆い、おそらくは小屋ほどもありそうな雹や霰のばら弾を撃ち出し、腕を氷の大斧に変化させて驚くべき速さで何度も斬りつけた。

2018-01-28 17:25:37
帽子男 @alkali_acid

天変地異を人型に凝縮したような途方もない力だった。 だが合成獣、あるいは魔王には一切通じなかった。 ほとんど退屈しているといっていいそぶりで、獅子の胴と蝙蝠の翼、蛇の尾を持つ異形はあらゆる敵の技を受け止めそらし、弾き、時にはみずからぶつかってゆき、粉砕した。

2018-01-28 17:27:21
帽子男 @alkali_acid

尽きることない火球が巨人の胸にぶつかり続け、とうとう溶かすと、そこに飛び込み、竜巻を起こして内部からひびを走らせ、跡形もなくしてしまう。 核の部分をかみ砕くと、たわむれにつららの矢を作って弧を描かせてから、また折れた鐘楼のひとつに戻り、あくびをする。 「な、なんか…」

2018-01-28 17:29:05
帽子男 @alkali_acid

「前に我々と戦ったときとは桁違いだな」 「合成獣の野郎。迷宮から街に出てきた魔物を狩って食い殺すたびその強みをとりいれてやがったんでしょうねえ…」 「なるほど、やつが魔物を狩るおかげで衛士隊も楽をさせてもらったが、結果は魔王を育ててしまったと」 「あの巨人の力も取り込みましたね」

2018-01-28 17:31:19
帽子男 @alkali_acid

酒屑と火傷は顔を見合わせる。 「どうするおつもりで?いちかばちかこの哲究の山車をあの魔王に」 「やめておく。やつが屍体からくりまで食うか分からんが、絶対確実に勝てるのでなければ、うかつに挑まん方がよさそうだ」 「違ぇねえ…さて、じゃあもとの計画通り衛士隊の本部へ…」

2018-01-28 17:33:27
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