19分でわかる、客観的思考あるいは事実/価値のく別ができない人に典型的な話法について。
RT @Bend0to1a: @yutakioka 「Xを知っていても意味ない」というのは「Xを知っていて役に立った事が一度もない」に聞こえる。そこには「その知識の活用方法を全て私は網羅していて引き続き今後も意味が発生する可能性は無い」という前提がある気がします。致命的に「少なくとも私にとっては」が抜けてる。
2011-04-06 14:21:58「Xを知っていても意味がない」の誤謬を例えればこう。素人が将棋の駒の動かし方を知っていたとする。それで例えば誰にも勝てなかったとしよう。その経験から過度の一般化をして私が勝てないのではなくてその知識が無駄なんだと責任をすり替える。だがプロはそれで勝てるのでこの言説は誤謬だとわかる
2011-04-06 14:26:10@yutakioka それが「ヴィトゲンシュタインあるいはカルナップの意味で」とひと括りにできるとは,カルナップは思ってもヴィトゲンシュタインは思わないと思いますw
2011-04-06 14:27:31そもそも。自分と他者の知的水準や運動能力などを同一視することが間違い。人は皆それぞれ能力が違うのだから、同じ知識や同じ道具を使ったからといって同じ結果が出るわけではない。それは遅くとも小学生のうちに気がついておくべきこと。でも社会人になってもわからない人が居たりするから困る。
2011-04-06 14:28:21@yutakioka はい。そのとおりですね。とはいえ僕は「自分がそうだったから他人もそうだろう」という間違った推測をたまに使ってしまう事があるので気をつけたいところですが...w読んでて面白かったです。おやすみの前にかぶってしまい、すいません!おやすみなさい〜。
2011-04-06 14:29:23まさに。(笑)RT @ynabe39 それが「ヴィトゲンシュタインあるいはカルナップの意味で」とひと括りにできるとは,カルナップは思ってもヴィトゲンシュタインは思わないと思いますw
2011-04-06 14:29:56ポパーやヒュームが聞いたら激怒しますね。(笑)RT @Bend0to1a とはいえ僕は「自分がそうだったから他人もそうだろう」という間違った推測をたまに使ってしまう事があるので気をつけたいところですが...w読んでて面白かったです。
2011-04-06 14:31:12みんなちがってみんないい! @yutakioka: 自分と他者の知的水準や運動能力などを同一視することが間違い。人は皆それぞれ能力が違うのだから、同じ知識や同じ道具を使ったからといって同じ結果が出るわけではない。それは遅くとも小学生のうちに気がついておくべきこと
2011-04-06 14:31:51げんこつです(笑)RT @yutakioka ポパーやヒュームが聞いたら激怒しますね。(笑)RT @Bend0to1a とはいえ僕は「自分がそうだったから他人もそうだろう」という間違った推測をたまに使ってしまう事があるので気をつけたいところですが...w読んでて面白かったです。
2011-04-06 14:33:14自分が白い白鳥だからといって他者も白い白鳥である確証はない。仮にそう思うとしたら、それは根拠なき期待に基ずくものである。それでこの期待に基づく推論を演繹にできないか?とカルナップは確率を駆使して帰納論理を確立しようと試みたが失敗に終わり、未だに誰も帰納の形式論理化はできていない。
2011-04-06 14:33:53@yutakioka そもそも知的水準にしたって運動能力にしたって比較する局面てのはごく僅かなケースだけで普通それ自体を取り沙汰す必要すらあまりない。日本の場合は素養教養が一線上に整然と並んでるべきて価値観があるから優位である=相手の考えは既に網羅しているはず、て信仰がある。
2011-04-06 14:35:45まさに、これは合理的でなくて期待に基ずく帰納的思考あるいは類比に基ずく思考の典型ですね。RT @bornekiller 日本の場合は素養教養が一線上に整然と並んでるべきて価値観があるから優位である=相手の考えは既に網羅しているはず、て信仰がある。
2011-04-06 14:38:03@yutakioka 最近の小学校では運動会や体育の授業では順位や勝ち負けをつけず、通信簿も評価をつけないところもあるようで、全力で"みんなおんなじ♪♪♪"って感覚を植えつけようとしいるようですけどね。
2011-04-06 14:47:57当然のことながら、集会遅れの議論をやる人が居て困る。周回遅れとは、X氏が理論Aと理論Bを比較した上で理論Aの方が優れていると主張したとする。これに対してY氏は理論Bしか知らなかったとする。それ故にX氏の主張を否定する。話し相手を自分より頭が悪いと思い込んでることから生まれる悲劇。
2011-04-07 09:31:52@yutakioka どこにでも話したがりっていますよね。自分の領域のことしか話さないんですけどそういう人は。X氏も一般相対性理論しらないの~、って得意げにYさんに話しかけてたら皮肉な光景ですけども
2011-04-07 09:37:11もしかしたら場違いということはあり得ますが、それ自体は害はないので、問題はないと思います。むしろ、周回遅れの議論に気がつかないY氏の方が客観的知性の発展に有害です。RT @lunticy X氏も一般相対性理論しらないの~、って得意げにYさんに話しかけてたら皮肉な光景ですけども
2011-04-07 09:42:16具体例を挙げれば、X氏が一般相対性理論の話をしていたとして、Y氏が「ええ、ニュートンの絶対時間・空間も知らないの~?」などという場合が周回遅れ。X氏は苦笑するしかないがY氏はX氏が知らないことを教えてあげたと思い込んでいて幸せな愚か者である。 知らない方が幸せという数少ない場合。
2011-04-07 09:43:52客観的知性とは議論に参加してる方々の特定のものに対する共通の認識、みたいなものですか?それ自体は害はないので、問題はないと思います。RT @yutakioka むしろ、周回遅れの議論に気がつかないY氏の方が客観的知性の発展に有害です
2011-04-07 09:47:01違います。客観的知識とは、より説明内容の大きい理論が、より説明内容の小さい理論を合理的に淘汰して結果的に残るものを言いますRT @lunticy 客観的知性とは議論に参加してる方々の特定のものに対する共通の認識、みたいなものですか?それ自体は害はないので、問題はないと思います。
2011-04-07 09:48:43@lunticy ですから、ニュートンの理論と一般相対性理論があったら、後者の法が説明内容が大きいので、後者の法をより客観的知識とよぶということです、それは対話者同士ではなくて、一般的に決定できるということです、誰であっても。つまりポパーの意味でいう客観的知識。
2011-04-07 09:50:16@yutakioka 解決しなくてはいけないイッシューの為に行われいる議論、の場合はXさんおもいっきり害ですね。自分まだろくな議論したことないせいか、議論って聞くとオープンディスカッションばかり先に頭に浮かんじゃいますヾl・ω・`lノ
2011-04-07 09:51:06もちろん特定の状況の場合はそういうことはあり得ますが私の場合は観点が違って特定の状況にかかわらず客観的知識の発展という観点から考えているので常にY氏が有害というのでRT @lunticy 解決しなくてはいけないイッシューの為に行われいる議論、の場合はXさんおもいっきり害ですね。
2011-04-07 09:55:13多重質問の誤謬を避けるのはそれほど難しくなくて、ある命題Aとある命題Bをのどちらか一方を独立変数と仮定して、他方が従属変数として機能するのかしないのかを確かめればいい。そして当然その逆も確かめるべき。それでそのような関係性が認められれば関係があるが、そうでなければ別の話。
2011-04-07 12:41:03連座制の誤謬も同様。1+1=2であるという命題Aの真偽をしている場合に、「君は社会に出たこともないし、そういう人間が議論しても意味はあるのか?」などという言説をする人がいたとしよう。これが誤謬なのは明らか、なぜなら、社会に出ていようがいまいが、命題Aの真偽は影響をうけないので。
2011-04-07 12:53:54ただ、論理的思考を普段する習慣がない人にとっては、ああいう連座制の誤謬(権威者による発言もそこに含まれる)は誤謬とは理解駅内場合が結構あって、しかもその連座制が感情的共感を得られる可能性が高いような言説であればあるほど、客観的思考ができない人への説得力は増すからやっかい。
2011-04-07 12:59:06