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熊野三山の烏牛王符だけが「牛王(牛玉)宝印」じゃない!~各地の牛玉札のバリエーション&蒐集の記録と探訪記~(随時更新)

近年の大河ドラマ「真田丸」「おんな城主 直虎」の起請文のシーンで使用された「熊野牛王符」として有名な烏文字を象った「牛王(牛玉)宝印」ですが、実は日本各地の神社仏閣から様々な種類の物が頒布されていました。
牛王宝印 御札 牛玉宝印 起請文 人文 仏教 日本史 修験道 護符 神社仏閣 神道
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
そういえば、数日前に熊野牛王符のツイートで超伸びてるのがありましたが、牛王宝印(牛玉宝印)は熊野の烏牛王だけじゃないんだー!!!…という事の周知を更に徹底していきたいと思います(重複分につきましては御容赦下さい) #牛王宝印 #牛玉宝印 pic.twitter.com/tV0nQWige2
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【牛王(牛玉)宝印・由来と概略】

現代に於いては、紙に摺られた護符といった意味合いで捉えられがちな「牛王(牛玉)宝印」ですが、本来は主として寺社に於いて奉祀される神仏を象徴する記号(例:如意宝珠や諸仏の種字)を彫った印章(宝印)を指し、当初はこの宝印を捺した護符であるために「牛王(牛玉)宝印札」「牛王(牛玉)札」と呼ばれましたが、時代が下るにつれ、いつしか護符そのものを指して、牛王(牛玉)宝印と呼び習わす形へと変化しました。

そして、これらの宝印は新年を迎えるに当たりそれまでの一年の罪や穢れを祓い、新たな一年の幸せを願う「悔過:けか」の法会に於いて祈祷されたものを、出仕した僧侶や法会の執行を援助する身分の者の額に押し当てましたが、距離的な問題によりそれらの法会に出ることが出来ない荘園の領主などのために宝印を捺した紙を送った形式が現在の牛王(牛玉)宝印の原型であると考えられており、その際に送付元の寺社が何処からであるかを示す事と併せ「○○寺宝印」「○○寺牛王(牛玉)宝印」などと記したとみられています。

そのようにして届けられた牛王(牛玉)札は、護符として身に付ける以外にも戸口に貼る、或いは祀り易いように小枝や棒に挟む形を取る形式となりましたが、元来は柳の木の杖であったらしく、これを一般に「牛王(牛玉)杖:ごおうづえ」と呼び、現在でも修正会や修二会に於いてはこれを用いて法会を行い、また、一般への授与でも使用する寺社があります。

続いて、名称に冠された「牛王(牛玉)」の由来については諸説あるものの最も有力である説として、漢方薬にも使用される牛の胆石である「牛黄」が挙げられ、牛黄はその多くが球形をしていることから「牛玉」とも記され、元々採取量が少ないため希少な霊薬として珍重され、これを水で溶いて朱肉に混ぜ、宝印で押捺することで薬効、ひいては神仏の加護を得ることが出来、転じて牛玉札自体がそのような効力を持つといった信仰へ発展していきました。

※なお、他の由来としては仏典の「五大牛玉雨宝陀羅尼儀軌」や、京都・感神院祇園社(現・八坂神社)に於いて素盞鳴尊と習合した牛頭天王の略称が「牛王」であることに拠る…などの説があります。

更に時代が下り、中世に入ると牛王(牛玉)札は神仏に対して誓約を行う起請文の料紙としても使用されるようになりましたが、料紙としての使用の増加に伴い、従前は手書きであった牛玉札を、他所との差別化を図るために意匠を凝らした字体による版木を使用して多量に摺札を行う体制を整える寺社も現れるようになり、加えてそれまでの受容層であった貴族や武士以外といった庶民階級へも、寺社に属する宗教者である「御師:おし」などによる配札を経て一般化していきました。

一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
「真俗仏事編」より牛王宝印の解説(著:大坂 生玉 沙門 子登/江戸中期頃か) pic.twitter.com/p2fqJpSo7W
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起請文で有名な熊野三山の烏牛王符ですが、実は当初の形式は烏文字(烏点宝珠)では無く、現在の形式に移行したのは室町時代に入ってからです。

一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
熊野三山(4枚目は本宮系だけど授与元不詳)の烏モチーフの牛王宝印(牛玉宝印)。なお、このタイプの烏牛王が成立したのは「那智瀧宝印」の場合は永正10年(1513)頃で、初見とされる文永3年(1266)時のものは「烏点宝珠」形ではなかった。#来年は酉年だから神話伝説上の鳥を挙げてく pic.twitter.com/usC8hzVJK3
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
紀州・熊野三山の内、熊野本宮の牛王符が現在の烏点宝珠の形式になる以前の物(画像3枚目)と同じタイプの牛王/玉宝印を入手。なお、当資料は岩手県から出た物で、北上市の立花毘沙門堂に同じ形式の版木が現存しているが(画像4枚目)、拓影とは印面が異なるため当該の版木で摺られたものでは無い。 pic.twitter.com/ND6PE7P7nP
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
150年ぶり 神印復刻/弘前・熊野奥照神社(陸奥新報) mutusinpou.co.jp/news/2017/07/4… …うむ、細部含めて完全に一致してる…。先日自分が入手したものは、やはりこちらの牛王宝印(牛玉宝印)で間違いない模様。 pic.twitter.com/NgT0vbjXDe
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
@Link_dqx 本来は紀州・熊野三山の牛王符も烏文字(烏点宝珠)ではなかったんですが、概ね室町時代の中期頃から現行の形に移行しまして、それ以前の形式に基づくタイプが地方の熊野社にも伝存しているような感じですね。 pic.twitter.com/sHyYbI9y77
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
各地の熊野系神社の牛王(牛玉)宝印には、いわゆる熊野牛王符として知られる「烏点宝珠」形式とは別に、こういったスタイルの「熊野山宝印」も存在しています。なお、横浜市の師岡熊野神社の場合、これにプラスして「千羽烏札」という名称で、烏点宝珠形式の那智瀧宝印が併せて摺札されています。 pic.twitter.com/aNWOtS92bY
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起請文の料紙として使用されたのは熊野三山の牛王符だけではありません。加賀・白山、豊前・英彦山といった霊山や霊峰を擁する、或いは地方の大小の寺社で頒布された牛王(牛玉)札を使用した物なども多く遺されています。

一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
相田二郎 著作集「日本古文書学の諸問題」収録の牛王宝印(牛玉宝印)関係の箇所を読み返してるけど、豊前・英彦山、筑前・宝満宮竈門神社、肥前・黒髪神社、日向・鵜戸神宮、大隅・正八幡宮(鹿児島神宮)といった九州の錚々たる古社寺の牛王宝印の実物の図版が掲載されていて嘆息する事しきり也。 pic.twitter.com/KrQYhQSTV5
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
そして、牛王宝印(牛玉宝印)が、実際に起請文の裏書きとして使用された例を、自分の所蔵品の中から再掲しておきます。/上野忠兵衛 起請文:安政2年(1855)/使用されている牛王宝印は、断定は出来ないが、恐らく山口県 下関市の神上寺のものか? pic.twitter.com/TWQ4brsp0t
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
【豆知識】現在に於いて【神社】から授与されている牛王/牛玉宝印で印面の表記が「○○山宝印」といった具合に所謂「山号」になっていれば、十中八九はその神社が神仏分離以前に寺院であった、或いは別当寺や宮寺による管理が行われていたと見て間違いない形式(特に「印」の下に蓮華座があると覿面) pic.twitter.com/HKfwo088TC
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各地の牛王(牛玉)宝印いろいろ

一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
三井淳生「日本の仏教版画」より、岩手県・中尊寺の牛王宝印/牛玉宝印各種。なお、同寺には全部で11種類の版木があることが確認されていますが、現在でも摺札されているのは大釈迦堂と金色堂の2種類のみ、尚且つ、修正会に出仕した役僧だけが授与されるもので、一般への頒布は一切行っていません。 pic.twitter.com/pC5TRRxJHU
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出羽三山の牛王(玉)宝印といえば、現在では三山神社と羽黒山ぐらいしかない模様だけど、かつては出羽神社(文政6年に羽黒大権現に正一位出羽神社の社号を宣下⇒明治3年に権現号を廃して出羽神社に改組)や荒澤寺、湯殿山、大日寺などのものが存在してました。 #羽黒山 #湯殿山 #出羽三山 pic.twitter.com/ah76eKKTch
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
上州一之宮・貫前神社さんの牛王宝印とされる「一宮牛王霊印」、同社に資料現存などの問い合わせをしたところ「この地域は神仏分離が非常に激しく行われた為、当社に仏教関連のものは一切残されておらず、また社家断絶により旧来の資料も少ないため、仮に当社の物としても江戸時代の物としか…」との由 pic.twitter.com/hLsZaQzHmh
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上州・榛名山の牛王宝印(牛玉宝印)。頒布されていた時期や授与元の坊(複数あり)によって縦判か横判かの違いはありますが、字体と表現の基本形は全部一緒です。(1枚目は古版、2枚目は榛名神社で現在授与されているもの) pic.twitter.com/IYCJmnfJFA
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群馬県 邑楽郡 板倉町・雷電神社の牛王宝印(牛玉宝印)。恐らく現在は既に廃絶していると思われる。なお、中央は「印」の字を蓮華座の上の倶利伽羅龍として逆版シルエットで表現。 pic.twitter.com/LhORax7eDP
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以前にヤフオクに出てた「白雲山」の牛王宝印/牛玉宝印、その時は授与元が特定できなかった事もあって入札スルーしたけど、今になって思い返すと、もしかしたら群馬県の妙義神社が神仏習合の時期に別当だった白雲山 高顕院 石塔寺(廃寺)で頒布されたものである可能性があったんだよなぁ…(痛恨) pic.twitter.com/baBertLXap
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埼玉県・飯能市:高山不動尊(長覚寺/高貴山・常楽院)の江戸期の牛王宝印/牛玉宝印。基本となるのは この3パターンで、倶利伽羅不動明王の版は下部の文言が異なる版が複数存在しており、現在でも正月などの開堂時に限り頒布される「火盗難魔除札」の内符として使用されています(画像4枚目参照) pic.twitter.com/pu7yZMTUqC
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【おまけ】東国における代表的な金峯山の牛王宝印/牛玉宝印。なお、両社とも往時は蔵王権現社でしたが、神仏分離によって信仰形態が変容したことに伴い現在は廃絶しています。 1・2枚目:武蔵御岳山/現・武蔵御嶽神社(東京都・青梅市) 3・4枚目:甲斐金峯山/現・金櫻神社(山梨県・甲府市) pic.twitter.com/SPIPugLlzU
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
どうにも既視感のあった鎌倉・鶴岡八幡宮の牛王(玉)宝印、これ熊野本宮大社の牛王符(熊野山宝印)の「熊野」の部分を取った残りの部分(山宝印)とほぼ同一(但し構成している鳥は鳩)ですが、だとすると本来右側にあった印字が排除された理由が気になるけど、やはり神仏分離で廃寺の八幡宮寺絡み? pic.twitter.com/VbWtXRzxtR
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一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
なお、同社が神仏分離以前に神宮寺であった時期は、山号が「鶴岡山」、寺号が「八幡宮寺」であったので、仮にこれが当初からの牛王(玉)宝印だったとして、尚且つ印面の文字を「鶴岡山宝印」とした場合でも、「山」の字が含まれている状態で「鶴岡」だけを削り「山宝印」としたのは非常に不可解。
一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai
現在は廃絶の神奈川県・相模原市の石老山・顕鏡寺の牛王宝印(牛玉宝印)に書かれている梵字(種字)、相当崩してあるので断言は出来ないけど「イ(伊舎那天)」「ビ(増長天・広目天)」「バー(薬王菩薩)」「宝印」になるんだろうか…(なお、ご本尊は福一満虚空蔵菩薩なので直接は無関係っぽい) pic.twitter.com/Tgfw0Y9v3f
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コメント

一魁斎 正敏@浮世絵スキー&狼の護符マニア @ikkaisai 2018-04-19 22:38:48
蒐集した牛玉札の末尾に日光山・輪王寺を追加。並びに拙著広告を最新版に差し替えました。
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