ざっくり学ぶ日本史 第02回 旧石器時代と縄文文化

マンモス、喰ってみてぇ。
歴史 旧石器時代 縄文時代
13
うえだしたお @YT1093
ざっくり学ぶ日本史 第02回 旧石器時代と縄文時代 pic.twitter.com/IlUiohQ1YT
拡大
うえだしたお @YT1093
人類の祖先はアフリカで生まれて、やがて6万年ほど前に世界各地へと広がってゆきました。日本人のルーツをいずこに求めるのかについては様々な想像がくり広げられていますが、定かなことはわかっていません。mtDNA分布によると、おおむねサハリン経由、朝鮮経由、台湾経由で移動してきたようですね。 pic.twitter.com/yn3cDoSIB4
拡大
うえだしたお @YT1093
少しだけ、人類の大いなる旅について思いをはせてみましょう。かつて、地球が氷河期を迎えた頃にはホモ・サピエンスだけでなく、ネアンデルタール人やその他の人類が共存していました。ときには異種交配を行って、環境に適合して生き延びてきたのです。
うえだしたお @YT1093
異種交配の歴史については多くが謎に包まれています。ロシアのシベリア地方で発見されたネアンデルタール人のゲノムには、近親交配が行われていた痕跡が残されていました。また、現代人のゲノムと比較したところ、旧人と新人のあいだに遺伝子流動(交配)が起きていたことがわかっています。
うえだしたお @YT1093
なかでも、ロシアのアルタイ山脈付近、デニソワ洞窟で発見された女性の人骨は過去にはない遺伝子を有していました。のちに、「デニソワ人」と呼ばれるこの人種は、今から64万年前に、ネアンデルタール人から分岐した、旧人の亜種だと考えられています。 pic.twitter.com/IELZVwG1o6
拡大
うえだしたお @YT1093
ネアンデルタール人と旧人のゲノム、現生人類のゲノム、デニソワ人のゲノムを比較したところ、それぞれ遺伝子流動の痕跡がありました。過去に絶滅した他の亜種から受け継がれた遺伝子も残されており、更新性後期には、さまざまな種のあいだで交配が行われていたと想像できますね。 pic.twitter.com/jXVb6VBxkC
拡大
うえだしたお @YT1093
ところで、更新世(およそ250万年前~1万年前)は極めて寒冷な気候が続いた過酷な時代で、これを氷河時代と呼ぶこともあります。世界各地へ広がる人類の祖先たちは、寒さと戦いながら、なんとか生き延びてきたわけですね。 pic.twitter.com/jWRttIYgML
拡大
うえだしたお @YT1093
この時代のごちそうは、なんと言ってもマンモスでした。大移動時代の人類には渡渉能力(船を作って大陸をわたる技術)が十分ではなかったため、狩猟や採集をくり返しながら集落を形成、次第に移り住んでいったと考えられています。 pic.twitter.com/XCshwm4fbP
拡大
うえだしたお @YT1093
氷河時代の地球には、マンモスに代表される大型動物が多く生息していました。どうして現代より大きな動物が多く見られたのか、これは「ベルクマンの法則」と「植生の変化」を用いることで説明することができます。
うえだしたお @YT1093
カール・ベルクマン(1814~1865)は恒温動物の観察を通して、同種であれば緯度が高いほど体が大きくなり、大きな個体ほど緯度の高い場所に生息していることに気づきます。そして疑問を持ちました。なぜ、動物は寒い場所ほど大きくなるのか?どうして大きな動物ほど寒いところに住んでいるのか?と。 pic.twitter.com/ufg4WwgFhu
拡大
うえだしたお @YT1093
ベルクマンは観察の結果、次のような法則を残しました。 ・恒温動物において、同種でも寒い地域に生息するものほど体重が大きく ・近縁種では、大型な種ほど寒冷な地域に生息している
うえだしたお @YT1093
なかなかピンとこないと思うので、うえだマンが補足しておくと、恒温動物とはみずから体温を一定に保つ動物のことですね。そして恒温動物は体温を維持するために、その体重(質量=mass)あたりの体表面積(表面積=surface area)がとても重要になるのです。もうすこし丁寧に説明しましょう。
うえだしたお @YT1093
体重あたりの体表面積(surface area / mass)は、体が大きくなるほど、面積が小さくなります。このあたりはなかなかイメージしにくいと思うので、立方体で考えてみましょう。 pic.twitter.com/hA3WgclguM
拡大
うえだしたお @YT1093
体が大きくなり、体重が重くなるほど、体重あたりの表面積が狭くなってどんなメリットがあるのでしょうか?まず、恒温動物は温暖な場所ほど、体の表面から体温を発散させる必要があります。他方で、寒冷な場所では、できるだけ体温を閉じ込めておくことが大切になりますね。
うえだしたお @YT1093
あたたかい場所では表面積が広いほど熱を逃して、さむい場所では表面積が狭いほど熱をとどめておくことができます。したがって、体重あたりの表面積には「寒いほど小さく」「暑いほど大きい」ことが望まれるというわけです。
うえだしたお @YT1093
体の大きな動物は、体重あたりの体表面積が小さくなります。したがって寒冷な場所で生きてゆくのにふさわしいわけです。体の小さな動物では、体重あたりの体表面積が大きくなります。暖かい場所にぴったりだというわけです。
うえだしたお @YT1093
ベルクマンの法則により、氷河期を生きる動物は「体が大きいほど体重あたりの表面積が小さくなり、体温維持が有利になる」ことがわかってきました。では、もうひとつの要因、植生の変化について考えてみましょう。
うえだしたお @YT1093
マンモスはなにを食べていたのか?かつては、イネ科の植物を主食にしていたと考えられていました。事実、シベリアの永久凍土から出土した個体の胃袋からはイネ科の植物が発見されています。ところが、近年の研究によると、マンモスが食べていたのは「ほかの何か」だったのです。 pic.twitter.com/HQD86vr63J
拡大
うえだしたお @YT1093
研究者がシベリア、アラスカ、カナダや北極圏の凍土を回収して氷河期の植生を調べたところ、マンモスの個体数が多かった時期には、むしろイネ科の植物よりヨモギやノコギリソウなどの広葉草本が繁栄していたことがわかったのです。 pic.twitter.com/bOn4iWcI0z
拡大
うえだしたお @YT1093
研究者たちはさらに、永久凍土から出土した「マンモス以外の」大型獣を調べてみました。サイ、トナカイ、シカ、古代馬の胃からは、マンモス同様に広葉草本が多く見つかっています。調査によると、従来マンモスの主食と考えられたイネ科の植物よりも豊富なタンパク質を含んでいた、と考えられています。
うえだしたお @YT1093
従来の研究では、周辺の地層から出土した花粉の量から、氷河期の植生を考えていました。したがって、風により媒介されるイネ科の植物が優勢であるとみなされていたのです。しかしながら、この研究からはむしろ、気候変動の後にイネ科植物が優勢になっていった過程が導かれています。
うえだしたお @YT1093
このことから、マンモスが主食(イネ科植物)の減少にともない絶滅していったという説明は困難になりました。むしろ逆で、主食(広葉草本)が減り、イネ科植物の増加に伴い、広葉草本の残った極北のウランゲリ島へと移動したと考えるほうが自然と言えるのではないでしょうか。 pic.twitter.com/ZhfxjsEA8T
拡大
うえだしたお @YT1093
長い前置きになりました、ようやく日本史がはじまります。先史以前に、我々の祖先は700万年前のアフリカで生まれました。長い時間をかけて少しずつ進化を遂げたのちに、およそ6万年前から世界各地へと広がってゆきます。時には旧人など種を超えた交配を行い、環境に適合しながら移住していったのです。
うえだしたお @YT1093
日本列島がユーラシアプレートから剥がれる形で象られたのは、いまからおよそ2500万年前のことでした。1000万年の時を経て、剥がれたかけらがゆっくりと回転していわゆる日本海が誕生します。さらに700万年を経て各地で海底火山が活動した結果、弧を描くような日本列島の形がようやく整いました。
残りを読む(77)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする