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逆名 @sakana6634
RT> という話題が先日あったのですが、自分でも以前中国服飾史関連の記事をブログに書いていました。一応twitterにも画像などは載せていたのですが、今は亡きtwipicだったりリプライツリー機能も無い頃だったりなので、再掲してモーメントにまとめようと思います。連投ご容赦 twitter.com/sakana6634/sta…
逆名 @sakana6634
ただ、もともと長い歴史をぎゅううううううっと圧縮して(しかも襟にテーマをおいて)書いたもので、更にtwitter用に略すのはなかなか困難かと思われ、こちらではかいつまんでしか説明致しませんので、詳細はよろしければブログ記事の方へお運び頂ければと存じます。
逆名 @sakana6634
方領と盤領の装束いろいろ【領(えり)のはなし~中国篇】 詳細は元記事:depth333trench.blog.shinobi.jp/Entry/182/ pic.twitter.com/Oh7dswifD7
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(1)深衣 春秋戦国時代からあるという古い古い漢服。男女ともに着用した。腰から下を長く広く仕立てて、巻き付けて着た。まだ袴など足を別々に入れる穿きものがなかった時代に足を見せないようにする工夫だった。 pic.twitter.com/Y1AIVbI0Ve
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(2)袍 『体を包む長い衣』という意味の長衣の汎称。袴を穿くようになってから、男性の服装は深衣から袍へうつった。 この図の袍は兵馬俑から。ズボンや裾丈を短くすることや脚絆など、胡服の影響は軍装から pic.twitter.com/AnI0FC8fbN
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(3) 『上衣下裳』の礼服 上に丈の短い衣、下に裙裳を巻き、大帯を締め、蔽膝(膝掛けのような前掛けのような布)を垂らし、紳帯を締める。この形式が漢人の礼服とされた。 pic.twitter.com/5qM30NF7O6
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(4)魏晋以降くらいの士庶男性。 ここでは、交領衫(大袖の長衣)に直領半臂(半袖のチョッキ)を着る。(下には裙のはず)帯は革帯。短領は、衿が短く途中で紐で結び留めるもの。内衣や明代の袍衫に見られる。 pic.twitter.com/VX3OwlFgjP
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(5)褲褶(こしゅう) 丈の短い上衣(褶)にズボン(袴・褲)の庶民服。 これも実は胡服の影響。元来の漢服はとにかくずるずる動きにくかった。兵士も筒袖の長袍に裙を着てたというから…。 pic.twitter.com/oACaWM3Cz2
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(6)唐代の女官 唐代の女性の服装は凄まじく多彩だが、ひとつの典型として、裳を胸まで引き上げ、薄物の衫を羽織り、絹の帯で結び、披帛を肩や首から懸けたスタイル。衫の衿を広く開けて着る。ちなみに右の子は美豆良ではなく、このような少女の髪型があったようです pic.twitter.com/1Vs9qvhuDM
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(7)唐代の官服 胡服である盤領袍が官服になったのは南北朝時代の北魏(鮮卑族が建国)からだが、隋唐以降の王朝もこの制を踏襲した。 pic.twitter.com/xyk7hOlnj7
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(8) 唐代の胡人(吐蕃=チベット人) 細身の盤領の長衣にズボン、ブーツ、革ベルトが胡服の特徴。 胡人の装束には連珠文がよく用いられて結構派手だったもよう。連珠文の袍や、着用した胡人の図像は正倉院にも遺る。 pic.twitter.com/CNlCk9GDwg
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(8+) なおこのイラストは閻立本の「歩輦図」を参考にしているが、袍の連珠文の鳥さんがとてもかわいいので、ぜひご覧頂きたい。 pic.twitter.com/dpp56a5qDO
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(9)胡服で男装した女性 唐代の女性には胡服を着ることも流行。盤領の衿を返して(翻領)ズボンにブーツで颯爽と馬を走らせた…そうだが、中には旦那さんの官服を借りて着ていた奥様もいたらしい。→ pic.twitter.com/P3Wlx0aTq3
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逆名 @sakana6634
→ただこのように胡風が盛んに取り入れられて五十年も続いていると嘆いた元稹の詩もあり、後には「流行」という認識や、女性の盤領袍と袴と六合靴のスタイルが「男装」だという認識も、薄くなっていった可能性もあるのではないかと思う。
逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(10)明代の団領袍衫 唐代より衿が広くなってまるで円盤であり、大円領とも云われる。胸には刺繍を入れた布(補子)をつけ、この図案と袍の色で官位を示した。(イラストは補子が雑ですみません) pic.twitter.com/HDQ9fmpo60
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(11) 左衽と右衽 漢人は右衽、胡人は左衽とされ、漢人はこれを蛮夷の風として忌んだ。盤領袍ももとは左衽だが、漢人が着るときは右衽に直されたようだ。図は遼代の左衽盤領。 pic.twitter.com/G0QW5bnrgY
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逆名 @sakana6634
【領のはなしの装束ご紹介】(12・終)清代の盤領袍 満州族(八旗)が着た旗袍。清代の袍は立領が特徴だが、ここでは立領の内衣に盤領の上衣を合わせている。 チャイナドレスは中華民国に入ってから旗袍をもとに改良されたもの。 pic.twitter.com/ScNPZiaswj
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逆名 @sakana6634
参考文献: 「中国服装史ー五千年の歴史を検証する」(華梅/白帝社)2003 「中国歴代服飾」(上海市戯曲学校中国服装史研究組/学林出版社)1984 「古代西域服飾擷萃」(新疆維吾爾自治区博物館編/文物出版社)2009 「大唐王朝の華-都・長安の女性たち」図録(兵庫県立博物館/朝日新聞社)1996
逆名 @sakana6634
再掲は以上ですフー。pixivにもUPしています。 【装束図解】 領(えり)のはなし~中国篇 まとめ | 逆名 #pixiv pixiv.net/member_illust.… また再アナウンスになりますが、詳細はブログ記事にて。 depth333trench.blog.shinobi.jp/Entry/182/ pic.twitter.com/AN6ztSVZ24
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逆名 @sakana6634
⚡️ "領(えり)のはなし~中国篇" モーメントにまとめました。 twitter.com/i/moments/1101…
逆名 @sakana6634
ただモーメントはPCから見ると小さい画像が引き伸ばされて却って見にくくなる事があるんですよね…(2013年の作画環境での解像度の違いもあり)すみません…
逆名 @sakana6634
折角なので、余録もすこし。 この記事は、もともと日本の盤領装束の源流を求めて、中国へ遡るために書いたものでした。(だから領のはなし、になっています)その過程でこっちも面白そう、となって書いたのがこちらの幞頭の変遷でした↓ twitter.com/i/moments/1027… twitter.com/sakana6634/sta…
逆名 @sakana6634
2013年当時、中文の資料をネット検索してあちらのフォーラムなども覗かせて頂いていた時に感じたのが、漢服復興運動の高まりでした。これから学ぼうという意気に溢れていて、当時は現代に制作される作品等について『古装』と呼ぶ例を、あまり見かけなかったような気もします。
逆名 @sakana6634
ブログ記事をご覧になったあちらの方から中文に訳してUPしたいとご連絡を頂いたこともありましたが、思えば、まだ皆さん学び始めたところで、イラストつきの概説というようなものを描く人が少なかったのでしょう。今検索すると、漢服に関する中文の情報が飛躍的に増えていて、羨ましい限りです。
逆名 @sakana6634
盤領装束だけ見ても、もとは胡服で中国で官服となり日本でも宮中装束となったという経緯をもち、そんな豊かな文化の結晶だからこそ一層、装束ってすごいなあと感じます。日本が文化的に天涯孤独であったなら生まれなかったものだと思います。服飾史のそんな所にも注目して頂けたら幸いです。
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