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◆◆◆◆ 「ギヒ、ギヒヒヒ、あるじゃねえかあるじゃねえか…魔法の指輪が山ほど…人化けに、巨人ヨナのに…ギヒ…だけど罠はと…」 矮躯の盗賊は宝物蔵を嗅ぎまわっていた。 種族存亡の闘争などもちろん知ったことではない。 「ギヒ…罠もなしか…まったくドラゴニアってのは間抜けな」
2019-04-24 23:07:50鞘鳴りがする。 振り返ると、白い肌と褐色の肌のおとめが、それぞれ直剣と曲刀を構えて立っていた。形のよい胸や尻、臍の下の刻印を強調するようなほとんど肌を隠さぬ淫らな鎧をまとっている。 「ギ?」
2019-04-24 23:09:28振り返ると黄みがかった肌のエルフと紫がかった肌のドワーフがやはり艶美ないでたちで鉄扇と戦鎚をたずさえていた。 「ひさしぶりアル、ゴブリン」 「ひさしぶり」 暁の妖精と半魔の小人がそれぞれ挨拶する。 「ギ、ギヒ…」
2019-04-24 23:11:32「あなたが私達を助けにくる望みははかぎりなく少ないと思っていましたけど、やっぱりですのね」 三日月の使い手が後を引き取ると、白竜の騎士がまっすぐに見つめる。 「覚悟はできているのか」
2019-04-24 23:13:00ボルボは四人の女を順に眺めやり、いきなり這いつくばった。 「参った!参りました!降参だ!あんたらの王様の命を狙うやつがいるんだ。助けてくれればおいらが全部話すぜギヒヒヒヒ」 「王様はすべてお見通しだよ」 「古き闇の力アル」 無情な回答。
2019-04-24 23:15:21「ギ、ギヒヒ…それじゃあ…ええと…そうだ!王様の家来を捕まえてあるんだ!そいつを助けてやるよ…手足はもげちまってるがなかなかいい男だぜ…竿だるまって言ってひでえ趣味だ。ゴブリンをガキ一匹残さず殺すだけ殺して最後があれじゃしまらねえよな…でもほら…なんとか」
2019-04-24 23:17:16急におとめらがよろめく。 ボルボはすかさず逃げようとしたが、ルーナがふらつきながらも刀を閃かせて遮る。 「古き闇の…力が…とぎれた…アル…?」 「お姉さん…あたい…頭が…軽い…」 道士のツィーツィーが倒れそうになるのを、魔鍛冶のフィーノが抱き支える。
2019-04-24 23:19:19「ギヒ、ギザギの姐さんがおっぱじめたんだな…封魔の指輪ってやつさ…近づけば古き闇の力だろうが遮っちまう…あの女がくたばる前にずらがろうぜ!宝は山分けに…」 そこでゴブリンは思い出した。 そもそも女達は、かつて闇の国で古き闇の力によって無理矢理ゴブリンに従わされていただけ。
2019-04-24 23:21:29正気に戻ったところで、竜騎士や剣豪や霊幻道士や魔鍛冶が、下劣で醜悪な小鬼を見逃すいわれなどないことに。 「ギ…ギヒ…こいつぁ…やべえ…」
2019-04-24 23:22:38◆◆◆◆ 「面白いな…小鬼が…ここまで我が斬撃に耐えるとは」 ゴブリン殺しの英雄と、女ゴブリンは縁台に飛び出して、打ち合っていた。 どちらも息一つ乱していない。 「封魔の指輪はすべての魔法を封じるはず…ボルボとやら…貴様が闇の国の魔法で持ち帰った宝はすべて知れた…どんな詐術を」
2019-04-24 23:25:07ギザギはもちろん一言も返さず、糞毒を塗りたくった短剣で肌を傷つけようとする。細腕からは想像もつかない剛力が発揮されている。 ガイゼスはすばやい剣さばきですべての刺突と斬撃をはじき、打ち払いで体幹を揺らそうとしたが、なぜか敵のちびた体格は剛毅さをたたえたじろがない。
2019-04-24 23:27:04竜の君はとまどいつつ、聖なる三日月刀をねじふせて得た知識を漁る。 闇の国は異世へ通じる門があり、かつて古き闇はそこで、おぞましき取引をなし、奇怪な品々を手に入れた。ゴブリンもまたしかり。 潜入に役立つ妖精の粉、女を狂わす獣鬼の血、よく増え糧になる豆、どんな衣でも織れる糸と布。
2019-04-24 23:29:35どれも神域に達した英雄の対ゴブリン剣術を打ち破る役には立たないはずだ。 まだ何かあっただろうか。 あった。古き光にも正体のつかめぬ、革袋に入った飲み物。 新人の乳酒という、飲んだゴブリンを悶絶させただけの。
2019-04-24 23:31:07「あの乳酒か…!」 「ギャハハハハハッ!!!!!」 遠い異世で、小山のごとき大型獣さえ槍の一撃で屠る膂力を持つ新人。 だが乳酒を飲んで、同じ体質になれるのは雌、女だけだと。 魔法とも運命の骰子とも異なる、奇妙な生命変異の理など、古き光も古き闇も知るよしもなかった。
2019-04-24 23:33:22毒の刃が肌をかすめそうになり、ガイゼスは歯噛みして後退する。 「ゴブリンは駆逐する!!」 「やってみな!!」 「死ね!!害獣!!」 「ギャハハハッ!!」
2019-04-24 23:34:53女は嗤った。おかしくておかしくてたまらないというように。 復讐にすべてを捧げてきた男の執念が、最高の冗談であるかのように。 「あの時みたいに、髭をそられながら俺の中で果ててみたいか?」 「なっ…」 「さんざん可愛がってやったのに、忘れるこたあないだろ」
2019-04-24 23:36:30ドラゴニア王の全身におののきが走る。 忌まわしい記憶が脳裏によみがえる。名誉なき敗戦。墜落した竜の鞍にしがみついてあえぎ、気づけば周囲を囲んでいたおぞましい害獣の群。 殴られ、蹴られ、侮辱され、ゴブリンタウンへ連れ帰られ。
2019-04-24 23:38:23犯された。 ゴブリンの女に。嘲られながら。 雄々しきますらおが、醜い小鬼の雌に搾り取られ、泣きながら許しをこうた。 「ギャハハ!高貴の胤がゴブリンタウンに根付くねえ」 「お前の子孫でこの町はいっぱいになるよ」 だから。焼き尽くさねばならなかった。
2019-04-24 23:40:15人間としての尊厳を、おぞましい害獣から取り返さねば。 そのためにすべてを捧げてきた。 「うおおおおおおおお!!!!!」 逆境において人間だけが発揮する不屈の闘志が、ゴブリン殺しの英雄を奮起させた。だが頭は冷え切って、素早く動き回る敵をしとめるための剣技を正確に繰り出していく。
2019-04-24 23:42:55生まれつきの強姦魔で強盗で殺人鬼あるゴブリン女は、とうとう体幹を崩され、つんのめったあと、 目配せをして、含み針を吹いた。 「ぐああ!」 「ギャハハ!!」 卑劣で最低で醜悪な小鬼は、すべてを奪われた被害者になお襲い掛かる。 「ギャハハハハ!!!」
2019-04-24 23:45:27◆◆◆◆ 「ボルボ…」 かつて凌辱を受けたおとめは、その仇に刃を突きつけながら名前を呼んだ。 「ギヒ…シルヴィ…アさん…どうかご勘弁を」 「今の貴様は、闇の力も光の力もない、誰にも操られていないゴブリンだ」 「ギヒ…おっしゃるとおりで」 「私も、誰にも操られていない人間」
2019-04-24 23:47:51「ギヒ…ギ…ギヒ?」 「何か言い残すことはあるか」 「ギヒ…命だけは」 「命乞い以外でだ」 「ギヒ、なんでそう難しいこと言うんで…」 「…」 「ギ、ギヒ…」
2019-04-24 23:50:19ゴブリンはじっと切先を見つめてから、とうとう観念したように肩を落とした。 「今度こそおしまいみてえだな。人間みたいにあきらめるのは癪だが…ギヒ、シルヴィよ。おいらぁあんたを気に入ってたぜ。略(さら)い奪いの用心棒としちゃ見所あった」
2019-04-24 23:53:08銀髪の娘は眉をひそめ、唇を噛む。 「もう少しないのか」 「ギ、ギヒ、じゃあやっぱり命だけは」 「ええいもう!!貴様は」 そのまま剣を返して、ほかの三人の女に向けると宣言する。 「私はこちらにつく」
2019-04-24 23:54:45「あら謀反ですの?」 ルーナがすっとんきょうに尋ねてから意地悪く笑う。 「ガイゼス様にあれだけ寵愛を受けながら、そうやって次々男を乗り換えるのですね。あなたという人は」 「そうだ。私は生来、尻軽なたちらしくてな。しょせんゴブリンの妻だ」 シルヴィアは平然と答える。
2019-04-24 23:56:25