ゴブリン殺しの英雄は倒れるが、その使命は女達に受け継がれる話
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◆◆◆◆ 「これで勝ったつもりか…だが…人間が…人間の尊厳がある限り…ゴブリンには屈せぬ…いつか…我が志を継ぐものが…貴様らを殲滅する…一匹残らず」 「そうかい」 竜の峰の後宮。ギザギは奪った直剣で強引に首をガイゼスの叩き落とすと、豪奢な寝具の一部を切り取って素早く包んだ。
2019-04-25 00:44:46続いて、何の役にも立たなかった古き闇の指輪と、古き光の聖なる三日月刀とを眺めやる。 「ふん」 短剣を振るって指ごと切り取り、首級とまとめると、縁台へ出て、鉤縄をほうる。 「ったく…あののろまは手こずって」
2019-04-25 00:47:03◆◆◆◆ 「本当に来るアル?城中大混乱アルが…」 霊幻道士のツィーツィーが死体の額に札を張り、立ち上がらせて、新たな先兵として送り出しつつ、そう訊ねる。 「お空も山の下も、海の方も、あの金の竜でめちゃめちゃだよ」 「竜の交尾って短いんですのね。でもあの雄背骨が折れてたような」
2019-04-25 00:49:51魔鍛冶のフィーノと剣豪のルーナがゆくてを開く。 しんがりを守るシルヴィアはじっと後方をうかがっていたが、告げる。 「何か来るぞ」 「え?旦那様アル?」 「いや…魔物だ」 上半身が女で下半身が蜘蛛の化生と、のたうつ触手の塊、中心に少年のような輪郭がある。
2019-04-25 00:52:04「あいつは闇の国の地下にいた…」 「なぜここに」 一行が立ち向かう構えを見せると、触手の少年はどさりと毛むくじゃらの荷物を投げ出す。四つの乳房がゆるやかに動いて、まだ生きているのを告げる。 「コボルド?いったい」 「お、べ、ん、と、う」 「この魔物しゃべった?」
2019-04-25 00:53:29人魔の邂逅が混乱に拍車を駆けるなか、武者窓の外に縄が垂れ下がり、格子を蹴り破ってゴブリンの女が転げ込んでくる。 「ゴブリン!?ボルボ以外に?」 じろりと小鬼はほかの面々を見渡す。 「ボルボの家畜どもか。なら話が早い。やつはどこだ」
2019-04-25 00:56:00「貴様!」 シルヴィアが気炎を上げるのをルーナがそっと制する。 「おばさまはボルボさんとはどういうお知合いですの」 「三日月の運び手。ぶざまなものだな。ゴブリンの養い子も人間どものあいだにいればすぐなまくらになる」 「あら」
2019-04-25 00:58:16剣豪がかすかに背を震わせる。めずらしい動揺の示し方だった。 「訳知りですのね」 「ごたくは十分だ。ボルボはどこだ」 応えて羽ばたきの音がする。
2019-04-25 00:59:35「ギヒヒ!シルヴィ!ずらがるぜ!…ああ!だからほかは全員殺しちまえば…げ、姐さん」 黄金竜の背にしがみついた小鬼が目を剥く。 「そのパタパタトカゲの親玉は始末しろと言ったぞ」 「ギヒ…いや…それが…こいつ、つけた魔法の指輪を食いちぎって飲み込んじまって…そう簡単にも」
2019-04-25 01:01:46ギザギは舌打ちする。 「もういい。乗せろ」 「え」 「さっさとしろ」 ボルボは露骨に嫌そうな顔をしたが、ゴルディアの背を叩く。 「ギヒ…あいつらを全部のっけな」 三つ首の黄金竜は轟くような怒りの唸りを発するが、逆らいはしない。
2019-04-25 01:04:00蜘蛛の糸で仮の命綱をこしらえると、おとめらは次々と神獣に乗り移った。 「どういうことだ。なぜ前に会ったときより女が増えている」 騎士が歯噛みしながら問うのへ、盗賊は苦り切った態度だ。 「あんたがちゃんと始末しねえからでしょ」 「何をこの」
2019-04-25 01:06:09山吹の翼は風をはらんで主を失った城塞を離れる。 そこかしこでは嵐のような凌辱劇のせいで痙攣する竜と右往左往する人、むやみに飛び跳ねては手当たり次第に噛みつく殭屍(キョンシー)などが入り乱れ、さらにはよく解らない理由で備蓄していた燃える水が引火してあちこちから煙が上がりだしていた。
2019-04-25 01:08:51ついでに言うと、再び飢えによって目覚めた肉食ゴキブリは蜘蛛の糸の繭を食い破って地下に広がり始めていたが、せいぜい脱ぎづらい全身甲冑で隧道をうろつくような不運なものがもういないことを祈るしかない。
2019-04-25 01:10:28◆◆◆◆ 三つ首の黄金竜が暴れ狂い、ドラゴニアの英君が混乱のさなかに病によって急歿したとの報が伝わると、クレセントの女帝は戦功にはやる将軍をいましめてただちに兵をひかせた。 竜の王国は混乱のさなかにあるとはいえ兵は精強で、竜も海の一統を中心に無傷のものが数多くいたためだ。
2019-04-25 01:15:03帝国は属州の反乱の火種を抱えており、勝利に酔って深入りをする余裕はなかった。 混乱のあとドラゴニアには新王が立ち、敗因は共存不能な害獣ゴブリンが背後から匕首で一刺したためと訴え、再び殲滅を唱えたが、前王の如き徹底した意思に知勇に欠け、劣等種の復活を防げるかは危ういところだった。
2019-04-25 01:17:26ゴブリンタウンの廃墟にはまたちらほらと駆逐したはずの小鬼が姿を見せ始めていた。 人間は多くの害獣を滅ぼしてきたが、うまく片付かないものもある。ネズミやゴキブリやハエやカだ。病原菌を運び、食料を荒らし、深刻な被害をもたらすおぞましい種だというのに、防除は困難を極める。
2019-04-25 01:19:30ゴブリンはニタニタ笑いながら、必ず皆殺しにしてやると力む人間の鼻先をかすめて、相変わらず悪事を続けているようだった。 強盗、強姦、殺戮、詐欺、掏摸、ミルクを酸っぱくさせたり、子供を取り替えたり、とにかく人間が自分以外の誰かにかぶせたい悪徳すべての権化として。
2019-04-25 01:21:14ゴブリンタウンの外れ、下水だまりの中心にある糞毒のつまった井戸のほとりで、運命の操り手は慨嘆した。 ”古き闇の器としては、ガイゼスはあまり優れてはいなかったな” 煌めく光の粒がおりなす影。英雄の亡霊。 ”あるいは、まだ復活の時ではなかったのかもしれぬ”
2019-04-25 01:23:11”そもそも非道な凌辱に遭い、人間としての尊厳を失い、取り戻そうとあがいていたあわれな犠牲…そういった悲しい男が古き闇そのものになれるはずもないか” 高説を拝聴しているのは、ゴブリンタウンの精鋭、腐肉漁りの鴉の兄弟団の見習いボルボだ。 「ギヒヒ、いやまったくで」
2019-04-25 01:26:17「ギヒヒ。考えてみりゃドラゴニアの王様もかわいそうなおひとでさあ。あれじゃいくらゴブリンを殺しても満足できなかったでしょうよ」 ”古き闇の力を使いこなすには…もっと残忍で酷薄な魂が必要やもしれんな…お前はどうだなボルボ” 「ギヒ。どうって?」 ”指輪の力を使うつもりは?”
2019-04-25 01:28:25「ああその話ね。いや実はギザギの姐さんから頼まれましてね…古き光の旦那も、ずいぶん働かれたでしょ」 ”古き闇が永遠に復活をたくらむ限り、私も存在し続ける。幸い我が血を引く英雄の末裔は絶えるようすがない” 「そいつは気の毒だ。そろそろ休んだらいい」 ”休めるたぐいの定めではない”
2019-04-25 01:30:10ボルボは鉤鼻をかいた。 「そんなこたぁねえ。ここには古き闇の力を入れておける指輪もあるし、古き光の、あんたの力を入れておける聖なる三日月刀もある。ついでにどんな魔法も抑え込んじまう封魔の指輪もある」 ”恐るべき力だな。使いこなせれば、逆にゴブリンが人間を滅ぼし、世界の主ともなれる”
2019-04-25 01:32:00亡霊の試すような問いかけに、ゴブリンはにたっと笑った。 「そいつは結局、あんたか古き闇がいつまでもおいら達をどつき回して遊ぶって話でしょ。人間はそういう遊びにノってゴブリンを殺してりゃ幸せかもしれねえが、おいらは付き合ってられねえ。ごたいそうな使命だとかなんとか」
2019-04-25 01:33:34二つの指輪と刀をまとめて、糞毒の詰まった井戸の上にかざす。 亡霊ははげしく明滅した。 ”何を考えている。ゴブリンよ。宝に意地汚いお前にとってこれほどの” 「ギヒヒ。いやあおいら達ゴブリンは、強いやつには逆らわず、弱いやつをいじめるのが性分でね」
2019-04-25 01:36:04