『ヒーローの承認問題』から見る特撮ヒーローもののシリーズと『まどか☆マギカ』
- crowserpent
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「非承認→承認」を考える時、(ウルトラで)面白い題材になりそうだな、と思うものがある。すなわち、ナイトレイダーとネクサス。まずはナイトレイダー。これは他の”地球防衛軍”(科特隊・GUTSなどなど)と異なり、一般には存在を知られていない。……社会的承認を得られていないわけで。
2011-05-17 20:48:51ネクサスもネクサスで、メタフィールドで戦ってるせいで、その活躍が公共レベルで認知されることはない(終盤除く)。社会からの承認は得られるはずがない。それどころか、メモリーポリスのおかげで、「助けた人からの承認」(他者からの承認)すらけっこうあやうい。(でも孤門くんや水緒がいる)
2011-05-17 20:55:42@Six315 メモリーポリスのしていることは、正直言って余計なお世話。人の記憶いじくる権利ないし、恐怖克服しないと人はダメ
2011-05-17 20:56:43ウルトラマンって巨大で、戦えば大勢の眼に入るのが予想される。物語的には、1度街を守って戦うだけで、”社会からの承認を得る決め手”になり得るんだよね。ザ・ネクスト(ULTRAMAN)考えてみてよ、「1度新宿で戦う」+「テレビのアナウンス」だけで、承認描写に成功してる。
2011-05-17 21:01:07でもまあ、同じ巨大ヒーロー、もとい同一キャラなのに、ネクサスの活躍は認知されない。終盤までは”社会的承認を欠いた巨大ヒーロー”という特異な存在だったわけで。他のウルトラマンたちは、社会的承認なんぞ簡単に済ませていたわけで。(問題にすらならなかった者もいる)
2011-05-17 21:03:43@garosuke_s62 「都合の悪いものから眼を覆っているとロクなことにならない」みたいな意味合いもあるのかしら……
2011-05-17 21:04:36@Six315 現実から目をそむけたくなるのはわかるんだけど、最終的にはそれと闘わないと生きながら死んでるみたいな状態になるからなぁ
2011-05-17 21:05:26@mukkoroouji 「敵か味方か」の部分を序盤、かなり引きずってましたよね。ティガでもちょっと問題になってましたが、基本GUTSの皆は信用していた。ナイトレイダーからも結構な期間、疑われていたネクサス……
2011-05-17 21:06:03@Six315 銀色の巨人、「ウルトラマン」を攻撃するか否か。ナイトレイダーは苦悩してましたね。GUTSの隊員達は何があってもティガを信用していましたが。「ウルトラマン」の存在はやはり少し違ったニュアンスから見ると正義の味方では無いのかもしれません
2011-05-17 21:11:36じゃあネクサスが社会的に承認されたのはいつか、というと、それは間違いなく最終話。人々が次々に記憶を取り戻し、子供が「頑張れ!」と叫んだ瞬間なんだけどさ。
2011-05-17 21:18:08『ネクサス』の前史に当たる『ULTRAMAN』のラストで、”銀色の巨人”は社会的承認は得ていたんだよね。けれど、『ネクサス』における”銀色の巨人”はそれを剥奪されている。さらに、メタフィールドで戦うが故に、取り戻すこともできない。そういう状況が36話も続く。
2011-05-17 21:19:4232話までの”銀色の巨人”は、簡単に言えば「視聴者とナイトレイダーの面々はネクサスの活躍を知っている」という状態だった。(社会的には認知されていない、という点はあんまり強調されてない)
2011-05-17 21:22:1433話で『ULTRAMAN』とのつながりが示された時に、「かつて”銀色の巨人”は社会的承認を得ていた」ということが判る。大塚英志的な言い方をすると、「”銀色の巨人”は社会的承認が欠乏していた」わけだ。メガフラシ戦でそれを取り戻すかに見えたけれど……MPが大活躍!(最悪だ
2011-05-17 21:24:07@Six315 ここでウルトラマン=神話的存在として、他者承認=応援=信仰として神の力が増すという設定のやる夫スレをご紹介させて頂くデス! 【クトゥルフ】暗黒神話∵△∵ウルトラマン【デルタグリーン】 http://bit.ly/gpUxF3
2011-05-17 21:25:44イズマエル戦については、社会的承認の話はスルーされてる。まあ、憐の自己承認(自身がウルトラマンとして戦う理由)がメインだから良いんじゃないか。ともあれ、最後の最後まで”銀色の巨人”は社会的承認を欠いたままなわけで。
2011-05-17 21:25:53けれど最終話で、人々が『ULTRAMAN』の時の活躍・メガフラシ戦の活躍を思い出す(イズマエル戦もかな? MPの描写ないけど)ことで、一気にネクサスは社会的承認を得る(取り戻す)。そしてノアになるわけだ。
2011-05-17 21:30:30映画『ULTRAMAN』の意義を、『ネクサス』から逆算して考えると、”最終話でネクサスが社会的承認を得る”という状況に説得力を持たせるためなんじゃないかな、とか。
2011-05-17 21:31:47「記憶の喪失による社会的承認の喪失→記憶の復活による社会的承認の奪還」というと、古い例としては『うしおととら』があがるか。
2011-05-17 21:32:29終盤で一回、みんながうしおたちの活躍を忘れたことあったじゃん。(うろ覚え)あれと同じ演出だと思うんだよね。ネクサスについては。
2011-05-17 21:33:48ネクサスが社会的承認を取り戻す、そしてその証明のように、ノア(=本来の姿)を取り戻す。その根拠って、要するに『ULTRAMAN』にあるんだよね。ザ・ワンと新宿で(大勢の前で)戦っていなかったら、その結果社会的承認を得てなかったら、ネクサスはネクサスのまま、ザギに敗北していた。
2011-05-17 21:36:00@Six315 あの演出はやっぱり上手いなあと思いますわ。ああやることでいろんなことを浮き彫りにしたり、効果的に見せることができる。のめりこんだ読者であるほど喪失感というショックを受けるので、いろいろ新しく刷り込みやすいし。
2011-05-17 21:36:04『ULTRAMAN』を見て、”かつて銀色の巨人は社会的承認を得ていた”という認識を持ったうえで、『ネクサス』にあたると、最終回の意味合いが、より判りやすくなるんじゃないかな、とか。
2011-05-17 21:37:37