ぱすイカ二次創作⑫

ぱすかる❄ @pascal_syan

その修行の成果は、フェスのあの試合で見事に発揮された。ご存知の通り、彼らは負けてしまったが……シグルイに立ち向かっていくだけの実力を身につけていたのだ。 もしかしたら、いけるかもしれない。予選突破だって夢じゃないかも……と、シローは確信しはじめていた。

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これはチームにとって、嬉しい傾向だ。でも……まだ、シローには迷いがあった。もし、予選を突破できたとして。もし、決勝へ進むことができたとして。 やっぱり、大好きなシグルイと戦うのは、嫌だ。 いや、戦いたい。憧れのあの人と戦えるなんて、幸せなことはないけど、彼には……負けてほしくない。

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でも、ねーちゃんにも負けてほしくない。 口が悪くて、行儀も悪くて、ただただうるさい姉だけど……それでも、姉なのだ。チームを引っ張る頼もしい存在だし、なにより……あのシグルイにも怯まずに立ち向かう度胸がある。あのときのねーちゃんも、すごくかっこよかった。

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どっちもかっこよくて、どっちにも負けてほしくなくて……ジレンマが、シローの中で渦巻いていた。決して表には出さないけど、苦悩していたのだ。 時期は、フェス終了後へ。 あのときの試合の映像が、ちょくちょくテレビやネットで出回り始めていた。

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注目の若手、カマトット。結構話題になっていた。嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な気持ちだ。 父さんや母さんは、とても喜んでいた。そりゃあそうだろう。我が子の活躍を喜ばない親なんていないし。 それでも、まだまだ、うちの店は冴えないカステラ屋のまんまだ。

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夕方。家族それぞれにちょっとした用事があって、外出しなければならなくなった。一番暇なシローが店番をすることに。 この時間帯は、いつも客が来ない。電話も来ないし、退屈だ。 シローはポータブルDVDプレイヤーを持ってきて、暇潰しに映像を再生しはじめた。

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コアなシグルイファンの間では幻と呼ばれている、彼がまだシグルイと名乗る前……本名『セキレイ』の試合映像だ。どうやって手に入れたかはヒミツ。財布が死滅したことは確かだ。 昔のシグルイは、今と比べて体格が細い。ここから徐々に、あの怪力ボディへと変貌していったのだ。

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確か、今見ているのは……彼が15歳くらいのときのもの。今から17年ほど前の、古い映像だ。 水色と白の縞のYシャツの上に、青いパーカーを着て、お洒落な眼鏡をかけている。今は眼鏡を外しているが、その眼鏡は、実はオクトーが受け継いでいるのだ。 「失礼します」 ああ、そう、ほら、こんな感じに。

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……こんな感じに……？ 「う、う、うおおおあああ！？」 噂をすればなんとやら。シグルイの右腕にして、眼鏡の後継者・オクトーが、なんで、うちの、店に！？ 「こちらに店舗があったとは。たまたま見かけましたので、立ち寄ってみました」 「あ、い、い、いらっしゃいませぇぇぇぇっ……！」

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突然の出来事に、声がひっくり返ってしまった。恥ずかしい……！ 「この間は、ありがとうございました。カステラ、美味しく頂きました」 「いえいえいえ、こ、こちらこそ、わざわざ来てもらって……！」 オクトーの目線が、シローから外れる。その先は…… 「その、映像は……？」

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あっ、やばい！映像、再生したままだった……！！ 「あ、ああ、あの、これは……す、すいませんかけっぱなしで……！」 「いえ、構いませんよ。……失礼ですが、よく見せてもらっても？」 「ど、どうぞどうぞ、……立ちっぱもあれなので、そっちの席で……」 「恐縮です」 こっちが恐縮だよ！

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店内には、小さなイートインスペースがある。そこに再生機を置いて、ついでにカステラとお茶もご馳走した。深々とした綺麗な会釈。かぁーっ、オクトーさん、マジでかっこいい…… しばらく、二人で映像を見た。

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オクトーは、食い入るように映像を見ていた。まるで初めて見るかのようだ。もしかして、昔のシグルイさんのこと、知らなかったりするんだろうか？ 「……今と、顔立ちが全然変わらない……」 小さく呟くのが聞こえた。 「そうなんすよね、全然衰えないっすよね……これ、15歳なんですよ」

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「えっ」 オクトーが目を丸くした。 「そんなに昔の映像だったのですか？」 どうなってるんだこの人？とか言いそうな顔だった。分かります。超分かります。 「まだ体格が細いですね」 「今じゃ考えられないっすよね……」

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「鍛え出したのは20の頃からと伺っていまして」 「あ、やっぱり？二十歳くらいの時からパブロ使い始めてて、そこからメキメキとあんな感じになってったんすよ。パブロ筋ってやつですかね、はは」 「よくご存知で……」 「試合の映像、ほぼコンプしてるので……」

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「ほぼ、全部ですか？それはそれは……」 オクトーは驚愕していた。自分とあまり歳が変わらない少年が、それほどの熱意をもって主君をおいかけていたとは。 「その眼鏡、やっぱりシグルイさんからもらったものですよね？」 映像の中のシグルイと見比べて、尋ねる。

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「ええ。もう使わなくなったからと、お譲りいただきました。……宝物です」 そりゃあそうだろう。国宝レベルだもん、それ。 「フレームの内側に、ボスの名前が刻まれているんですよ」 わざわざ外して見せてくれた。紫のフレームに、金色で『セキレイ』。 うわーーーーーー、エモい！

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「ボスが、あなたたちのことを気に入ったそうで。ある程度調査させていただいたときに……あなたが、ボスのファンであることを知りまして。しかし、予想よりもコアなファンだったとは、驚きです」 「あ、あははっ……なんか恥ずかしいっす……へへ……」 ど こ で 調 べ た ん だ そ れ 。

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「憧れのシグルイさんと、それと……オクトーさんとも試合ができて、本当に嬉しかったです。ありがとうございます……！」 「いえ、こちらこそ。ボスもあなたのようなファンがいて、お喜びでしたよ」 やべえ、俺、推しに認知されてる。なにこれ？奇跡か？夢か？幻か？まさか現実とか言わないよな？

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「伝言もありますが、聞きますか？」 「へえっっっっっ？？？ででででで、伝言！？」 シローの脳内、いや五臓六腑すべてが、もう、大パニックだ！こんなことってあります？？？ 「『臆病になる必要はない。手加減は無用だ。決勝で会うのを楽しみにしているぞ』……だ、そうです」

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「…………」 「……シローさん？」 「…………」 シローは、自分の口に手を当てた。手探りで箱ティッシュを探り、二、三枚手にとって……オクトーから顔を背けた。 背中が小刻みに震えている。もしかして…… 「泣いて……いらっしゃるのですか……！？」 「ふぁい……」 情けない返事。

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「う……」 振り返ったシローの顔は、もう、決壊したダムのようだった。声はあげないが、マジの号泣だ。 「わ、わがりまじだっ……ぜ、絶対ぃ、決勝、いぎまずっっっっ！！」 「え、ええ、そう伝えておきます、……涙を拭いてください……」 「ずいまぜん……ひっく、すごい……う、うれしくてぇ……」

ぱすかる❄ @pascal_syan

シローの迷いは、あっさりと吹っ切れた。いや、叩き潰された。世界一大好きなスター選手からの、ありがたいお言葉で、ぐしゃっと紙屑のように握りつぶされた。 シグルイの怪力は、物理だけに及ばず。精神にも作用するのだ。シローは今日、新しい豆知識を得た。

ぱすかる❄ @pascal_syan

その後、オクトーはカステラを11箱も購入して帰っていった。シローは特に驚かなかった。コアなシグルイファンの間では、彼の大食いは有名だし。 「……むしろ10箱で足ります？」 「一瞬でしょうね……」 また買いに来る、とのことだった。なんだこれ。幸せすぎて死にそうだ。

ぱすかる❄ @pascal_syan

オクトーが去ってから一時間ほど後に、アカネが帰ってきた。 「ちゃんと店番してたか！？」 これが我が家の「ただいま」だ。 「うん、してた。お客さん、１人来てたよ」 「へえ、珍し……」 言いかけて、アカネは気づいた。 シローの目が、ひどく充血している。それに、若干鼻声だ。