埼玉県『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』の研究(1):表現ガイドの現在位置
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一介の地方自治体が策定した資料でありながら、SNS上における議論でしばしば引用されるようになってきているひとつのガイドラインがある。
いつも言っているが、萌え絵でもなんでも使えばいいのだが、一方で既にこういうガイドラインがあるので(各自治体にあってほぼ同じ)、公共でやる場合にはこういう点に気を付けてやるのは配慮じゃなくて義務だと思う。 pref.saitama.lg.jp/a0309/document…
2018-10-04 01:02:38献血のポスターでどこがダメかという点について、この埼玉県の男女共同参画の視点から考える表現ガイドがわかりやすいよ! pref.saitama.lg.jp/a0309/hyougenn… pic.twitter.com/mZ6vDcb9OU
2019-10-20 10:05:19『表現ガイド』総論 ~埼玉県政における位置づけ
当然ながら『表現ガイド』は、何もSNS上での議論のために提供・公開されているわけではない。発行元である埼玉県の担当部署が、男女共同参画関連施策の一環として作成したものであり、SNS上の議論とは異なる文脈の中で位置づけられている。
したがって、SNS上での議論に先立ち、埼玉県がどのような考えに基づき『表現ガイド』を作成・公開しているのかを踏まえる必要がある。
本節では、まず『表現ガイド』の冒頭2-3頁に記載された「表現ガイドのねらい」「表現ガイドの必要性」を順に見ることで、『表現ガイド』が何を目的として作成された資料なのかを確認する。
次に『表現ガイド』に関連する埼玉県の施策を簡単に振り返り、埼玉県政における『表現ガイド』の本来的な位置づけを確認する。
「表現ガイドのねらい」(2頁)
- この表現ガイドは、日本国憲法第21条の「表現の自由」を規制しようとするものではなく、男女共同参画の視点から考えて、どのような表現がなぜ問題なのか、そしてより適切に表現するにはどうしたらよいかを考える手がかりを提供することを目的としています。
- 県の機関による広報を対象としていますが、県民、事業者、メディアの方々にもご活用いただきたいと考えます。
- 広報媒体としては、次の媒体があります。
- 広報紙(誌)
- ポスター
- パンフレット、リーフレット
- 新聞、雑誌等への掲載広報
- インターネット上のホームページ、メールマガジン、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、動画サイト
- 白書その他の刊行物
- 記者発表資料
- 表現の種類としては、文字、イラストがあります。写真、動画についてもできる限り参考にすることが望まれます。
◎「ねらい」から読み取れることとして、
- 表現の善し悪しの判定基準として設定されたのではなく、適切な表現とは何かを考えていく材料の提供を目的としている点
- 埼玉県庁の所属機関による広報を対象としたガイドラインである点
を指摘しておきたい。
「表現ガイドの必要性」(3頁)
- (1) 偏りのない広報
県の広報は、伝えるべき人々すべてに、正確で効果的に誤解なく伝えることが必要です。例えば、ポスターで若い女性ばかりを起用していたり、イラストの中で、常に説明するのは男性で説明を受けるのは女性であったりします。しかしながら、それは多様な現実を反映しておらず、偏ったイメージを提供してしまうおそれがあります。また、偏ったイメージにより効果的な広報が妨げられ、内容が正確に伝達されない可能性もあります。- (2) 表現の与える影響
言葉や視覚・聴覚に訴える表現は、人々の意識に大きな影響を与える力を持っています。
例えば、現実には働く女性が多くいるのに、広報で家事・育児をする女性ばかりを表現していると、女性が働くことが一般的になっているという現実への認識を遅らせることになります。
特に、画像・映像は言葉が理解できなくても受け入れられてしまうため、子供の頃から繰り返し目にすることでイメージが形成されるおそれがあります。- (3) 男女共同参画社会の実現
表現の与える影響が大きいことを考えると、広報活動において男女共同参画の視点に立った表現をすることで、男女が共に人権を尊重しあい、それぞれの個性を発揮できる男女共同参画社会を実現することができるといえます。
そのためにも、わかりやすい表現ガイドを作成して、まず行政の広報において率先して男女共同参画の視点に立った表現(ジェンダーにとらわれない表現)をすることが重要です。
◎「表現ガイドの必要性」から読み取れることとして、
- 県の機関による広報は、伝えるべき人すべてに伝わるように、正確で効果的な伝達を心がけるべきだと説いている点
- 「若い女性ばかり」「常に」「繰り返し目にする」と特定の表現を反復的・累積的に受容した場合の悪影響を懸念している点
- 男女共同参画を推進する行政機関の率先垂範を謳った主旨である点
を指摘しておきたい。
埼玉県の『表現ガイド』関連施策
『表現ガイド』に関連する埼玉県の動きについて、『埼玉県男女共同参画基本計画』巻末参考資料をもとに作成。
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表現留意基準(1991年度)
県が行う広報において男女共同参画の視点から、使用を控えるべき表現などを策定。
※2020年2月現在、ネット上で確認できるデータは残っていない様子。詳細をご存知の方はお知らせください。 -
埼玉県男女共同参画推進条例(2000年3月)
前年の男女共同参画社会基本法に続き、全国に先駆ける形で制定。第8条で「公衆に表示する情報に関する留意」について努力義務規定を置く。(公衆に表示する情報に関する留意)
第八条 何人も、公衆に表示する情報において、性別による固定的な役割分担及び女性に対する暴力等を助長し、及び連想させる表現並びに過度の性的な表現を行わないように努めなければならない。 -
埼玉県男女共同参画推進プラン2010(2002年2月)
条例に基づく基本的な計画を初めて策定。
⇒ 2007年2月に中間見直しを実施、計画期間の最終年度を平成23年度とする「埼玉県男女共同参画推進プラン」に変更。 -
『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』(2003年3月)
前述の「表現留意基準」を見直し、具体的な表現の手がかりを提供することを目的として作成。 -
埼玉県男女共同参画基本計画《平成24年度~平成28年度》(2012年7月)
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埼玉県男女共同参画基本計画《平成29年度~平成33年度》(2017年3月)
- 基本目標
:男女の固定的な性別役割分担や偏見をなくす
↓ - 施策の基本的な方向
:男女共同参画の視点に立った表現の推進
↓ - 推進項目
:男女共同参画の視点に立った県の広報活動における『表現ガイド』の活用と周知性別による固定的な役割分担意識にとらわれない、多様な生き方や働き方を社会に浸透させるために、県が「男女共同参画の視点から考える表現ガイド*」を基に率先して取組を行います。また、他の機関や民間のメディアに対し、こうした県の取組について広く周知します。
- 基本目標
-
『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』(2018年3月)
2003年版と同じタイトルを据え置いた改訂。
以上で見てきたように、埼玉県の『表現ガイド』は、男女共同参画関連施策を進める県の行政機関が、男女共同参画について率先して模範を示すべきという文脈の中でその活用・周知が図られていることを押さえる必要がある。
まとめると、埼玉県政における『表現ガイド』の位置づけは次のようになる。
-
目的:男女に関する表現の偏りを見直す機会を作る
偏ったイメージに基づく表現にばかり接した人々は偏ったイメージを形成するおそれがある。そこで、行政広報として提供している表現の内容が偏らないよう、広報担当者に向けて注意を喚起する。 -
背景
- 伝えるべき人すべてに伝える必要がある県の広報という立ち位置
⇒ より正確で効果的な広報を目指す - 一連の男女共同参画関連施策(埼玉県男女共同参画推進条例の制定など)
⇒ 県は率先して模範を示すことが期待される立場
- 伝えるべき人すべてに伝える必要がある県の広報という立ち位置
-
対象:埼玉県庁の機関による広報活動全般
なお、『表現ガイド』は表現の見直しを進める根拠として、必要とする人々に情報が伝わるような広報を担い、かつ男女共同参画に関して率先垂範を期待される県の行政機関という主体を繰り返し強調している。だからこそ、冒頭で「県の機関による広報を対象としています」と明言しているのである。
したがって、しばしば『表現ガイド』を引用して語られる「公共の場における表現のあり方」については、重なる領域はあるとしても基本的に『表現ガイド』の対象外と考えるべきであろう。
2つの『表現ガイド』について、若干の補足
『表現ガイド』関連施策の項目を読んで気づいた方もいるだろうが、埼玉県では2003年3月にも『男女共同参画の視点から考える表現ガイド』という同じタイトルの冊子が作成されていたようである。2017年策定の基本計画で言うところの『表現ガイド』は、この2003年版のものを指していると思われる。
問題の2003年版『表現ガイド』は2020年2月現在、残念ながら埼玉県HPでは閲覧できないようである。ただ、基本計画で列挙された項目と照合する限り、2018年版『表現ガイド』では2003年版『表現ガイド』の記載が基本的に踏襲されているようであり、改訂時に内容がどこまでアップデートされたのか疑問なしとはできない。
【2/15 追記】
その後の調査により、埼玉県ふじみ野市のHP内に、2003年版『表現ガイド』と思われる資料のデータが残っていることが判明した。関心のある方は次のURLで確認してほしい。
詳細は次回記事に譲るが、2018年版『表現ガイド』はやはり2003年版の内容をほとんどアップデートしないまま、基本的にすべて踏襲したものと考えてよさそうである。
『表現ガイド』の現在位置 ~ Twitterでの取り上げられ方
【デザイナー・イラストレーター・広報さんへ】 埼玉県が公開している表現ガイドが、企業さん案件で制作するときに超絶役立ちます! (いつもこれ見ながら自己チェックしてます) みんなに届け〜 PDFこちら→ pref.saitama.lg.jp/a0309/hyougenn… pic.twitter.com/zTgK8FFNAN
2020-02-09 21:54:42業種を絞って書いちゃったけど、企業名を背負ってやるものなら全部同じね。 たとえば企業ブログ、企業ツイッターもそうだし、勉強会やカンファレンスの発表内容もそうだと思う。 「神経質になりすぎ」という意見もあるかもしれないけど、何か起きたとき自分1人で責任負えるかというと別問題だよね。
2020-02-09 22:00:39このように、クリエイター自身が自由意思に基づき、仕事や創作活動において『表現ガイド』を参考にすること自体は特に問題がない。
(なお湊川あい氏について、『表現ガイド』の内容面に関する疑義が解消されていない現状で、プレゼンテーションの中でで『表現ガイド』をもっぱら肯定的に紹介していることに、まとめ主個人としてはやや懸念を抱いている。『表現ガイド』が何ら問題のない公的基準であるかのように誤解され、デファクトスタンダードとして浸透してしまうことを懸念するためであるが、脱線が過ぎるのでこれ以上は立ち入らない。)
本日のスライドです! 来てくださった皆様、運営の皆様、ありがとうございましたー! docs.google.com/presentation/d… #devsumi #devsumiD
2020-02-14 20:40:08しかし、残念なことに現在のTwitterでは、『表現ガイド』をこのように建設的な形で取り上げる事例は稀である。
2018年3月に公開された埼玉県の『表現ガイド』は、遅くとも同年10月には、公共の場における表現をめぐる議論で引用されていた。たとえば、バーチャルYouTuber「キズナアイ」の出演動画が槍玉に挙げられた次の論争から一部を抜粋する。
いつも言っているが、萌え絵でもなんでも使えばいいのだが、一方で既にこういうガイドラインがあるので(各自治体にあってほぼ同じ)、公共でやる場合にはこういう点に気を付けてやるのは配慮じゃなくて義務だと思う。 pref.saitama.lg.jp/a0309/document…
2018-10-04 01:02:38これは公共の掲示物に関するガイドラインだが、この基準を今回のキズナアイに援用すると(3)(4)(5)に引っかかるだろう。そして、これはキズナアイを使いながら十分修正することもできた点なので、作り手の怠慢。
2018-10-04 01:05:36