哲学院生のアライさんによる権利・社会契約・法の哲学話

哲学院生のアライさんによる哲学話 - Togetter https://togetter.com/li/1416702 からの抜粋なのだ!
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哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑭【課題】 そうした患者の権利はある程度みんな望むものだろうけど、その「適応範囲」や「自己決定の自由の上限」には議論があるのだ。出生前診断・エンハンスメント・未承認薬使用・死ぬ権利・安楽死などの医療倫理の問題は自己決定権や患者の権利の主張だけではなかなか片づけられないのだ。

2020-03-15 11:05:00
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⑮【課題2】 また、「医療における子どもの権利」も問題で、特に入院した子どもに対する「教育を受ける権利」なども重要なのだ。さらに患者の権利の誤用から起こる患者の「モンスター・ペイシェント」化も問題なのだ。職員に対する院内暴力、救急車のタクシー的利用、不必要な医薬品処方要求… pic.twitter.com/mJyEbQxy1O

2020-03-15 11:05:01
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⑯【課題3】 患者の権利を患者側が悪用するあまり医療費を踏み倒そうとしたりする例もあって、医療現場が疲弊してしまうのだ。そのため、こうした問題を踏まえた患者の権利の再構築、そして患者の権利の捉えられ方の再考が必要なのだ。

2020-03-15 11:05:02
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⑰【患者の責務】 また最近では、「患者の権利」だけでなく、「患者の責任・責務」といった責任面での議論も行われているのだ。患者も倫理的主体として、「正直に意思疎通する」、「同意した治療行為に従う責任がある」といった責務があることを掲げる医師会や医療機関が増えてきているのだ。

2020-03-15 11:05:02
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⑱【パートナーシップ】 患者の権利は歴史が浅く、最近も患者の責任・責務といった議論があるほど変化も激しいのだ。でもこれからも医療の進化に伴って患者の権利は随時更新される可能性をもっているのだ。また、権利と責務に伴い「医療者―患者間の協働的パートナーシップの構築」も重要なのだ。

2020-03-15 11:05:03
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⑲【パートナーシップ2】 最近では患者・医療者の「共同的意思決定」(互いの役割を確認し、共に意思決定すること)が注目されているのだ。特に「認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML」は医療者と協働できる患者の教育や、病院改善のための支援を行い、「協働」の実現に向けて努力してるのだ。 pic.twitter.com/YjluvUEtTl

2020-03-15 11:05:03
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⑳【まとめ】 患者の権利は古代にはなかったけど、20世紀前後の判例と戦時中の人体実験の反省、50年代以降の運動を経て市民権を得るに至ったのだ。最近では知る権利・知らされない権利、インフォームド・コンセントの確保と共に、患者の責任や患者と医療者の協働が重要視されているのだ。

2020-03-15 11:05:04
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

哲学話㉞ 【「患者の権利」って何?】 を追加したのだ! 訂正:哲学話㉝⇒哲学話㉞ 哲学院生のアライさんによる哲学話 - Togetter togetter.com/li/1416702 @togetter_jpさんから

2020-03-15 12:28:45
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOMLのホームページが以下なのだ。 coml.gr.jp ここの理事長が書いた本に岩波新書『賢い患者』があるのだ。 賢い患者 (岩波新書) 山口 育子 amazon.co.jp/dp/4004317258/… @amazonJPさんから

2020-03-15 12:28:45
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

哲学話㉝ ①【感染した人の行動を制限していいの?】 今回は感染症対策における制限と人権や権利との対立を扱った生命倫理・医療倫理に関する論文を紹介するのだ!この論文は2009年の新型インフルエンザ流行を念頭に置いているけど、#新型コロナウイルス にも共通する議論がいろいろ出てくるのだ! pic.twitter.com/YskyadMg2J

2020-03-03 10:14:39
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②【文献・目次】 大北全俊「感染症の拡大を防止することと個人の権利を制限すること : インフルエンザ対策などにみられる倫理的な問題について」、『生命倫理』20巻1号、2010年、94-101頁 jstage.jst.go.jp/article/jabedi… ※無料 ③―④全体と個人の対立 ⑤―⑨一致 ⑩―⑫均衡 ⑬―⑰公的な正当化

2020-03-03 10:14:39
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③【NPI】 この論文では、新型の感染症などが生じた場合に人々が直面する様々な倫理的な問題の中でも、特に初期段階の「非医療的な介入(nonpharmaceutical interventions(NPI))」について扱っているのだ。具体例なNPIは調査・通告・追跡・隔離・検疫・学校閉鎖・集会の禁止・交通制限などなのだ。

2020-03-03 10:14:40
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④【全体と個人の対立】 感染拡大を防ぐ様々なNPIにおいては、 「common/public good」と「個人の権利・利益」の緊張関係 が問題になるけれど、これに対しては ・両者の一致を求める ・両者の均衡を求める ・透明性を求める といった様々な立場があるのだ。

2020-03-03 10:14:40
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⑤【一致1】 全体の利益と個人の権利の一致を求める立場にはHIV感染症対策における「例外主義」があるのだ。HIVの場合、通告・追跡をすると感染者が検査を忌避してしまうため、例外的に「プライバシーの保護」を徹底する方がいいという考えなのだ。でも個人の自発性だけでは新型感染症を防げないのだ。

2020-03-03 10:14:40
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑥【一致2-1】 最近よく問題にされているのは、そもそもこれまで医療倫理・生命倫理で尊重されてきた「個人」の自律(autonomy)は、合理的な判断や要請に協力する個人像を前提としているけど、それはこうした「公衆衛生の倫理」の分野にはそぐわないのではないか、という議論なのだ。

2020-03-03 10:14:41
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑦【一致2-2】 Francisらはこの自律を<自分の行為が他者に与える影響を判断しうる個人による合理的な選択>と捉え、他者への影響を配慮しない選択を制限しても自律の侵害にはならないと考えたのだ。でもこれは「個人への干渉の理論的根拠」を示すだけで具体的な対策の正当性の是非を問えてないのだ。

2020-03-03 10:14:41
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑧【一致3】 ほかには、個々人の(自発的な)感染予防の強化で社会全体での予防を実現する、と考える立場があるのだ。日本のいわゆる感染症新法では、早期治療の積み重ねによる予防に重点を置いているのだ。隔離・収容よりも情報公開、国民の理解・協力を求めしっかり説明していくことが大事なのだ。 pic.twitter.com/amQtWEFvOi

2020-03-03 10:14:42
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哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑨【一致の限界】 しかし、いずれにせよ「理解・協力してもらう」といった仕方で目線が施策者側のものなら、個々人がcommon/public goodの保全のための「強制的措置の対象」となっている感じがするし、もし「服従しない人は理解が足りない」、「協力して当然」という考えにつながるならやばいのだ。 pic.twitter.com/UcK1ISS7Ni

2020-03-03 10:14:42
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⑩【均衡】 個人と全体の「均衡」を求めるChildressらは「施策によって影響が生じる諸価値」を特定し、その解決のための5つの「正当化の条件(有効性・均衡性・必要性・最低限の侵害・公的な正当化)」を挙げているのだ。 pic.twitter.com/9YxZml87Dj

2020-03-03 10:14:43
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⑪【均衡2】 しかし、「(施策の)科学的根拠づけには不確実性が伴う」場合がよくあるし、隔離や学校閉鎖がどこまで有効・均衡・必要なのかわからないことも多いのだ。また影響を受ける諸価値を明確にすることも難しいのだ。たとえばプライバシーへの干渉の影響力は本人でないとよくわからないのだ。 pic.twitter.com/iOxkab9qs2

2020-03-03 10:14:43
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⑫【均衡の限界】 そうすると、有効性・均衡性・必要性・最低限の侵害の四つは不確実性や判断の難しさから、これらだけで施策の実施を決めるのは「倫理的な配慮として不十分」と言わざるを得ないのだ。それでは残る「公的な正当化」はどうなのだ?この条件はほかの四つと質的に異なるのだ。

2020-03-03 10:14:44
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⑬【公的な正当化】 「公的な正当化」は正当化の条件ではなく、正当化の検討自体の条件を問うメタな条件なのだ。Childressらは施策によって諸価値を侵害された当事者に対して、当局は「十分な説明・正当化を公的にする責任」があると考えたのだ。つまり施策決定過程の「透明性」が求められるのだ。

2020-03-03 10:14:44
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑭【透明性】 実際、SARSや新型インフルエンザを踏まえた倫理的なガイドラインには施策決定の根拠やプロセスの透明性が重要であると書いてあるのだ。その理由は、市民に対して「敬意」をもって対応する必要があるからなのだ。これは当局の信頼の維持+市民による監視という点でも不可欠なのだ。

2020-03-03 10:14:44
哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑮【当事者を交えた吟味】 また、⑪にあるように個人への侵害がどの程度当事者にとって重要なのかは第三者にはわからないのだから、交通機関やプライバシーなどで影響を受ける「当事者」を交えた形での施策の吟味が不可欠なのだ。 pic.twitter.com/Lf3hISzi3J

2020-03-03 10:14:45
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哲学院生のアライさん(哲ライさん) @tetsugaku_arai

⑯【意見聴取】 また、施策の影響を受けた個々人の状況や考えを把握するために、Gostinらは「公正で独立した第三者機関による意見聴取の必要性」を訴えているのだ。さらに、権利侵害を受けた個人に対する資金的負担の免除など「社会の責任」も重要なのだ。

2020-03-03 10:14:45
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