日本とアメリカの一般科学書の違い

日本とアメリカの一般科学書の差から始まったサイエンスライティングについての議論をkikumacoさん、gnsi_ismrさん、orcajumpさんの会話を中心にまとめました。 初めて他の人のツイートをまとめたので、漏れもあるかもしれないです。
科学 学問
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rmsi_isng @rmsi_isng
アメリカの一般向け科学書はの多くはよくできていて読みやすく、楽しいのだが、その部分に重点が置かれすぎていて、かなり冗長なものが多いような気がする。同じことを言うのに箇条書きなら数行で言えることを、一つの項目関する具体的なエピソードを角度を変えてあれこれ並べて説得力を増す感じ。
rmsi_isng @rmsi_isng
だから読んでいる間は面白いのだけれども、読み終えると意外に「体系的で応用可能な知識」として残らない。「文脈依存的な豆知識群」「会話で使えるちょっと高尚なネタ」が増えたに過ぎないという読後感がある。
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr 僕は日米の一般向け科学書の違いとして、アメリカではとにかく人間のエピソードから書き始めるというのがあると考えています
rmsi_isng @rmsi_isng
@kikumaco テレビや映画のドキュメンタリーのような構成ですよね。それはそれで「ストーリーテリング」としては効果的だと思うし、そのような「科学もわかり物語も語れる」書き手の層の厚さを感じるのですが、一方で物語を読んだ、というその場の充実感だけに終わってしまう危惧も感じます。
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr ハリウッド的でわかりやすいものが多いですが、やりすぎを感じるものもあります。逆に日本では学者が片手間に書く無味乾燥なものも多く見かけます。いつも言うのですが、福岡伸一の本がなぜ読まれるかは考えてもいいテーマ
rmsi_isng @rmsi_isng
@kikumaco 私はストーリーテリングの強すぎるものは冗長で嫌いなのですが、それ以上に「そこから一般化して応用可能なメタ知識を獲得するのに適していない」という点が最大の問題と感じます。一方、そのようなメタ知識にフォーカスした文章であっても十分「魅力的に」書けると信じています。
rmsi_isng @rmsi_isng
ストーリーテリングに頼りすぎると、科学を「意匠」としてのみ使ってしまう危険性がある。
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr 一般向け科学書の目的が違うような気がしますね。「プロジェクトX」は何を目指したか、みたいなことか
rmsi_isng @rmsi_isng
@kikumaco 日本の学者に関しては、大御所的な人がライティングのトレーニングを改めて受けて一般書を書くというのがよいような気がします。白川英樹先生はジャーナリスト塾の「生徒」として学んでおられましたよね。
rmsi_isng @rmsi_isng
若手研究者はキャリアのプレッシャーも大きく研究で手一杯なので魅力ある一般向け科学書を書くというのは難しいかもしれない。また、その時点でカバーしている分野も比較的ピンポイント。それより、将来キャリアが安定して分野全体を俯瞰できるようなったタイミングで書くといいと思う。
orcajump @orcajump
日本の本は、編集者が大きくリライトすることも多く、構成から組み直すこともある。米国の本は、後ろにいくほど、各章が短く細切れになっていることもあり、著者が書き下ろしたものを、あまり手を入れないで出しているのではないか。RT @gnsi_ismr: アメリカの一般向け科学書は
rmsi_isng @rmsi_isng
ただしいきなり書けるようにはならないので支援が必要。これらの手法が適切かどうかはともかく、方向性としては、若手研究者に全く専門外の美術館・博物館企画展、ライブ、コンサート、映画、テーマパークの招待券を配付したり、専門分野以外の購入に限定した図書カードを配付したりするような形で。
rmsi_isng @rmsi_isng
@kikumaco そうですね。「問題だと感じている」のは全く私の個人的な不満なので(笑)。
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@orcajump 僕はむしろアメリカの本のほうが編集者の力ず強くて、日本はほったらかしに近いと思っていたのですが、逆かなあ。想定している本が違いますかね
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
一般向け科学書の網羅的な研究は、一度誰かがやればいいと思うんだけど、対象が膨大だからなあ
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr 若い人にも書いてほしいんですが、どうしても難しくなりますかねえ
MINAKA Nobuhiro『ビールの自然誌』近刊 @leeswijzer
考えただけでたいへんそう…….科学メディア&コミュニケーションのおもしろい研究テーマではあるかも. QT @kikumaco: 一般向け科学書の網羅的な研究は、一度誰かがやればいいと思うんだけど、対象が膨大だからなあ
rmsi_isng @rmsi_isng
そのためにはこういう支援があるとよいとか、こういうハードルが取り除かれると良いとかということが何かあるでしょうか?RT @kikumaco 若い人にも書いてほしいんですが、どうしても難しくなりますかねえ
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr 一般向けの本を書くことが評価につながらない(場合によってはネガティブにはたらく)現状が問題なのでしょうが、それ言い出すと「そもそも」論になっちゃうからなあ。科学コミュニケーションの重要性が謳われるようになったから、チャンスのはずなんですが。まずは周囲の理解?
rmsi_isng @rmsi_isng
一般書を大御所が書くべきと言うのは若手は黙っているべきという意味ではなく、大御所の方が書ける条件が諸々整っているから(単に年齢の問題ではなく、実質的なキャリアの蓄積の問題)。学部一年生向けの「入門」の授業こそその分野でもっとも優れた大御所的研究者があたるべき、という話と同じ。
rmsi_isng @rmsi_isng
@kikumaco ですね。ただ、個々の研究者の「書ける能力」が高まってくると、少々の障害があっても書きたくなってくる、という面もあると思います。
rmsi_isng @rmsi_isng
あとは編集者と若手研究者の出会いの場をつくることも大事かもしれない。下條信輔先生とタナカノリユキさんがディレクションをしているアート&サイエンスイベント「ルネッサンスジェネレーション」では、面白い研究者はいないかと、毎回編集者が多数訪れるそうだ。
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr 書く技術に関しては大学でも講座を持っているところがあるし、技術なので便給すればなんとでもなるので、出版社との繋がりをどうやって作るかというのはひとつの現実的問題ですかね。作品例を用意して、見てもらう必要があります。
kikumaco(12/14伊丹16難波) @kikumaco
@gnsi_ismr 支援としては、編集者と会う場を用意すること。それに、書きたい側は作品集(習作集)をいつでも見せられるようにすること、でしょうか。ブログに書いたエッセイ1本でもあるとないとでは違いそうです
鈴木クニエ @kuniesuzuki
前に情報学環でありましたが、そういう場はありがたいです。 RT @kikumaco @gnsi_ismr 支援としては、編集者と会う場を用意すること。それに、書きたい側は作品集(習作集)をいつでも見せられるようにすること、でしょうか。…
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コメント

柴田秋 @aki7ito 2011年6月15日
オライリーの注釈欄とかね。
Seiichi Kasama @say1k 2011年6月16日
構成を見ると米国出版界での編集の強さを逆に感じますが。私の一般科学書の評価基準は、本文よりも、注、文献、索引の3点です。米国だと一般書であってもしっかり整備されていますが、日本だと軽視されがちで残念。翻訳で割愛されたりとか。
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