剣と魔法の世界にある学園都市でロリが大冒険するやつ2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

少女は身をこわばらせた。恩師の名前を知らないことに初めて思い至ったのだ。 ウィスティエにとっては、寺院の先生はいつも寺院の先生だった。 「まあ名乗らなかったのね…だったら…知ってる気がします。イシュマーではないかしら。昔この古典の府に学生として籍を置いていたのではなくて?」

2020-04-23 21:09:26
帽子男 @alkali_acid

「は、はい!」 「きっと…あなたがもってきたのは本でしょう?古い…上妖精語で書かれた…と言って解るかしら?」 「はえ…」 「風の司ロンドーの狭の大地大典ね…ウィスティエさん。失礼ですけど、よろしければ耳当てをとってくださらないかしら」 「えっ…」

2020-04-23 21:11:35
帽子男 @alkali_acid

ウィスティエはしばらくもじもじしたあと耳当てを外し、尖り耳をまたあらわにした。リンディーレはしばらくじっと独特なかたちを眺めてから頷いた。 「ありがとう。勝手なお願いを聞いてくれて」 「いえ…」 少女がまた耳を隠すと、中年の女は微笑んだ。 「あなたはイシュマーの教え子ですね」

2020-04-23 21:13:46
帽子男 @alkali_acid

「えっ…はい」 「あの人も、そうやって決して女性をまっすぐ見なかった。あらゆる因習を憎んでいたくせに、自分の中にある慎みは捨てられなかった…あなたは女性のようだけど」 「いえ、あの…」

2020-04-23 21:15:17
帽子男 @alkali_acid

「そう…イシュマーは渡瀬の街に…あの人らしい…あなたは妖精の書を託されたのですね」 「はい…あの…ざ、財団という…あの…人たちが…欲しがって…るんですけど…」 「ええ。今朝も騒ぎを起こしたようですね。ついさっき博物館からの急報が、うちにも届きました」

2020-04-23 21:19:16
帽子男 @alkali_acid

「えっ…」 「おそらく考古の府の学者に、餌となるような呪具…あの人達の言う"遺物"を捕ませて、騒動が起きたところに"収容"、だったかしら、大義名分を作って乗り込むつもりなのでしょう」

2020-04-23 21:21:14
帽子男 @alkali_acid

「はえ…」 「学問の都は要塞ではないけれど、財団だとか、遺物だとかに、まったく太刀打ちできない訳ではないの。イシュマーは、あなたと妖精の書を、ここで庇護するよう求めていたのでしょう?」 「え、あの…はい…本を…」 「本とあなたは対。本はまさにあなたのような人のために書かれた」

2020-04-23 21:26:07
帽子男 @alkali_acid

「いえ…あの…渡します」 ウィスティエが鞄を探って妖精の書を恐る恐る取り出し、差し出すと、リンディーレはそっと受け取って頁をめくり、指で文字をなぞって、美しい男の声に耳を澄ませ、挿絵に触れてざわめく色彩と輪郭を観察した。 「間違いなく深き谷の領主ロンドーと海の女王アルニッカの作」

2020-04-23 21:29:07
帽子男 @alkali_acid

「はい…」 「この本は東西の戦争の末に三日月の帝国の手に渡ったのだけれど、皇帝は異教のものと知りつつ、焼くのをよしとせず、秘儀に精通する"毛衣"の教団に密かに授け、その僧兵が守って来たのです。のちには別の組織が引き継いだ」

2020-04-23 21:33:54
帽子男 @alkali_acid

「イシュマーも現代の守り役の一人です…よほどのことがなければ誰かに委ねたりはしない…でも…そう。解ります。ウィスティエさん。あなたこそ妖精の書を持つのにふさわしい。エルフの血を引く…いえエルフそのものですから」 「え、ちが…違うと…思いま…」

2020-04-23 21:36:22
帽子男 @alkali_acid

とまどう偽学生に、教授は微笑んで立ち上がると、戸棚から水差しと茶碗を出し、花の香りのする冷たいお茶を注いで出した。小さな焼き菓子も添えてある。 「よければおあがりなさい」 「…いただき…いただきます」

2020-04-23 21:38:25
帽子男 @alkali_acid

慎ましやかに焼き菓子を齧る少女の横で、中年の婦人は手でつまんでひょいひょいと口に放り込むと、手巾で指を拭い、碗からぐいぐいと花茶を飲む。 「西方の伝承にある妖精は、たいてい尖った耳と…明るい肌をしています。膚の色が暗かったり、赤みがかっていたり黄色かったり緑だったりするのは…」

2020-04-23 21:40:55
帽子男 @alkali_acid

リンディーレはまた机の端に腰を下ろしながら語る。 「東や南に住む…悪しき闇の民の血筋を引くとされてきました」 「闇の民…」 「でも、最後の妖精王、碧玉のアルウェーヌは赤みがかった肌をしていたといいます。半分人間の血が入っていたからだとか」

2020-04-23 21:42:48
帽子男 @alkali_acid

「ほあ…」 「なんだかちぐはぐですね。ただ私もイシュマーに会うまでは、膚の色が違う人々には敵意を抱いていました。歴史を振り返れば東西は戦争が絶えませんでしたから、武器を向け合っていた相手には悪い印象を持つものです」

2020-04-23 21:45:44
帽子男 @alkali_acid

「むぅ…」 「ですが…人は時たま、敵とさえ恋に落ち、心を通わせるものです。もう忘れ去られた物語の幾つかには、争い合う二つの種族の女同士が強い絆で結ばれたり、男同士が終生の友となる話があらわれます…男女の間にもまた」

2020-04-23 21:48:20
帽子男 @alkali_acid

じっと聞き入る少女を前に、婦人はどこか遠くに思いをはせるような口調で台詞をつなげてゆく。 「私はそうした物語を蘇らせてきました…何百、何千、何万もの人に伝わってだんだんと元の姿から変わってしまった出来事を、一つ一つ遡って。そうして最後に辿り着いたのが…」

2020-04-23 21:52:08
帽子男 @alkali_acid

リンディーレはウィスティエを煌めく瞳で眺めやった。 「影の国の伝承です」 「影の国…」 小柄な娘はぎくっとして、思わずほっそりした女をまともに見返し、すぐあわてて視線を逸らす。 「影の国は…西方人が恐れる闇の地の中心地でした。西方諸国の隣にありながら、東方と南方すべての盟主」

2020-04-23 21:54:54
帽子男 @alkali_acid

「明るい肌を持つ自由の民、光の民を名乗る西方人以外の、すべてが崇め讃える強大な国でした。この国を統べる太守は、西方から虚言の主とか、奴隷の王とか呼ばれましたが、最もよく知られるのは黒の乗り手、という名です」 「くろの…のりて…」

2020-04-23 21:57:34
帽子男 @alkali_acid

「黒の乗り手は…エルフだったと言われています」 「?」 リンディーレの言葉に、ウィスティエは目を点にする。 教授はかぶりを振って、机の端から立ち上がると、水差しから花茶を椀に注ぎ、今度はゆっくりとすすって、幼い学生におかわりを勧めてから、話を再開する。

2020-04-23 21:59:16
帽子男 @alkali_acid

「普通の妖精ではありません。暗い膚をした妖精。闇の妖精とでもいうべき一族でした」 「やみのようせい…」 「闇の妖精である黒の乗り手は、光の妖精に劣らず魔法を得意とし、その術によって国を守り、栄えさせたと」 「…こわ…」 「恐ろしくもあります。疑わしくもある」

2020-04-23 22:01:43
帽子男 @alkali_acid

中年の婦人は少女に、本棚に飾ってある木彫りの像をひとつとって見せた。楽器を抱いた剽軽な表情の人物があまり上手な細工ではないが生き生きとかたどられている。肌は浅黒く塗ってある。 「何だかご存じ?」 「歌の神様…」 「ええ。さすらいの民の愛する偶像」 横向きにすると耳が尖っている。

2020-04-23 22:05:20
帽子男 @alkali_acid

「…あ…」 「さすらいの民の間には、今でも失われた国についての物語が残っています。さすらいの民はかつて、その失われた国を故郷とし、各地に広がり、何年かに一度また戻っては歌と踊りの盛大な祭りを開いた…ラヴェイン祭りを…」 「ラヴェインまつり…」

2020-04-23 22:06:55
帽子男 @alkali_acid

「ラヴェインもまた黒の乗り手だったと私は考えています。実在の影の国の太守であり、東方や南方では呪歌の匠と讃えられ、西方では災いを呼ぶ吟遊詩人、狂える歌神と恐れられた…類稀な音楽の才は…エルフの血を引く故と」

2020-04-23 22:08:40
帽子男 @alkali_acid

「歌の神様が…エルフ…」 「闇のエルフ。暗い膚と尖った耳を持ち、西方だけではなく東方や南方のためにも歌ったエルフです」 「…こわ…」 おののくウィスティエに、リンディーレはえくぼを深くする。 「はじめこの説は、想像力豊かな中等部の学生の野放図な思い付きでしかありませんでした」

2020-04-23 22:12:07
帽子男 @alkali_acid

懐かしむように教授は記憶をたどる。 「そもそも誰も妖精の実在すら信じていませんし。古典語の作文添削をしてくれた高等部の学生が…ひとりだけまじめに聞いてくれましたが」 「あ、先生?…ですか?」 「そう。イシュマーです。あの人だけは妖精の話を馬鹿にしなかった」

2020-04-23 22:14:10
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