JSF事件の虚像と実像 - 深田萌絵氏の発言に対する疑念

深田萌絵氏がブログやSNSなどで語っているJSF事件のうち、台湾で発生したとされるいくつかの事象について、これまでに挙がっている疑念を整理しました。
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以上の点からプレスリリース表題の「パートナーシップ契約を締結した」という部分に関しては信憑性を疑わざるを得ない。

ただし、5G+VRフォーラムのSub forumに参加したことは確かな事実のようである。深田氏のブログにSub forum当日の様子が書かれている。「Revatron株式会社から技術を盗んで会社を潰した」と深田氏が長年糾弾し続けているファーウェイも参加していたようだが、和やかな雰囲気の中でイベントが行われたようである。
 

短大卒業後、町工場OLを経て早稲田大学政治経済学部で株式アナリストとなった筆者。リーマン・ショックを機に外資系金融機関から企業再生・民事再生業務に転じた後、米戦闘機F35のチップソリューションを開発した米国人エンジニアとともに起業した。
が、そこで開発した技術を「ファーウェイに盗まれ、会社を潰された」として、その複雑怪奇な経緯をネット上で6年間告発し続けている。
PRESIDENT: 告発から6年"中国のスパイ企業"の全手口(2019年4月15日)


11. 天才エンジニアだったか?

ある大企業の社長に「どうして、こんなスペックの設計ができるんですか?」と聞かれて、「それは貴方のエンジニアが頭悪くて、俺が天才だからだ」と答えた。
もちろん、商談は白紙。
深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月12日)

 
深田萌絵氏が后健慈氏を「天才エンジニア」と称することの大きな根拠の1つが「后健慈氏が台湾で軍事技術の設計を奪われた」という物語であるように思われると本稿の最初に述べた。しかし、ここまでいくつか疑念を挙げてきたように、その物語の信憑性は極めて疑わしいと言わざるを得ない。

筆者は決してエンジニアの世界に通じているわけではないが、后健慈氏や同氏がCTOを務めるRevatron株式会社の業績を伝えるのが同社のプレスリリースや深田氏の著書、あるいは深田氏がメディアに寄稿した記事などにほぼ限られていることに違和感をおぼえる。

果たして后健慈氏は深田氏の言うような業績を有する「天才エンジニア」なのだろうか。本節では后健慈氏のいくつかの業績に対するZF氏の技術・権利面からの考察を概説する。


11-1. 何を発明したか?

J-PlatPatで「后健慈」をワード検索すると、これまでに日本で出願された「后健慈」を発明者とする特許・実用新案が確認できる。以下はその情報を元にZF氏が作成した一覧表である。(2020年5月現在も同じ15件の検索結果が表示されるのを確認している)

 
1999年から2001年までの間に15件出願した結果、特許1件、実用新案2件取得、残りは拒絶査定11件、取り下げ1件になっていることが分かる。唯一取得した「キーボード装置およびそれを用いたパスワード認証」の特許も収益化が上手くいかなかったらしく2004年に放棄されており日本で現在保有している特許は1つも無い(2020年5月現在)ことになる。これは深田氏の発言から想像される「天才エンジニア」の実績とは大きくかけ離れているように思われる。

なお、15件のうち8件は出願者・権利者が英国領ヴァージン諸島に所在する「ジェネティックウェア・コーポレーション・リミテッド」( Geneticware Co Ltd)になっている。后健慈氏が代表を務めており、また同社の保有する特許の発明者がいずれも后健慈氏であることから、おそらく后健慈氏が自身の知的財産を管理するために設立したペーパーカンパニーではないかと思われる。

GooglePatentsでは米国での18件をはじめ、中国、台湾、さらに欧州のいくつかの国でも后健慈氏が特許を取得していたことが確認できる。いずれも1995年から2003年までの間に出願されたもので、それ以降は新たな特許を取得していない。亞圖が虹晶に対してチップの生産を発注した2003年にそういった転機を迎えていることが興味深い。

后健慈氏が日本以外の国で取得した特許にはどのようなものがあるのだろうか。それらの技術はエンジニアの視点からどのように捉えられるのだろうか。ZF氏は后健慈氏の特許を全て調べた上で次のような見解を示している。
 

基本特許(そこを抑えられたら他社は逃げられない)は、無いと思います。
后健慈氏の出願は、当時のエンジニアが考えそうな小ネタが多いです。あえて分類すれば、防衛出願になります。防衛出願とは、自社製品で採用した技術が、他社で先に権利化されて訴えられることを阻止するための出願です。防衛出願は比較的容易に他社が回避(=同じ機能を有する別の実現方法で設計)できます。
エンジニアの技量は特許出願だけで査定できませんが、発明者としては凡庸であり、天才の片鱗は見られません。
(この抄録に投稿されたコメントから抜書き)


11-2. 立体音響の特許を取得したか?

后健慈氏が発明したとされるいくつかの技術の実在について、引き続きZF氏の考察を元に見ていくことにする。
 

台湾生まれ。知能指数200で5歳の頃にアメリカの研究所に送られそうになったことから彼の奇妙な人生は始まる。
6歳でアメリカ人のエンジニアに設計を教えて欲しいと聞かれ、10歳で論文を書く。
(中略)
学生時代に立体音響の特許を取り、日本の企業にライセンスしたお金でアメリカの大学院に入る。
深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月12日)

 
Revatronの公式HPに掲載されていた后健慈氏のプロフィールには「1986年に台湾で人生最初の特許を取得した。この特許は台湾のUnitec社に用いられ、同社は大手オーディオメーカーのTEACに同技術を導入した。その目的は世界初の自動車内で4つのスピーカーを備えた音響システムの開発で、それらは今日もなお用いられている」とある。

台湾の特許検索システムで検索すると后健慈氏が1986年に《聲頻處理系統》(音響処理装置)という特許を出願しているのが確認できた。王禮福という人物と共同で出願しており、審査を経て1987年4月に権利開始となっているが、1991年4月には維持費未納で権利抹消されている。

Revatronの公式HPに書かれていた「今日もなお用いられている」ような画期的な特許とは程遠い印象を受けるが、后健慈氏の1980年代の唯一の特許のようであるから他の特許との見間違いということはないだろう。

以下、ZF氏のブログからこの特許についての技術的な解説を引用する。

「オーディオアンプの出力特性をフィードバック制御で調整するというものである。いわゆる「原音再生」を目指したものだと思うが、方式を見る限り「良い音」というよりは「正しい音」を狙ったものと言える。/『4つのスピーカーを用いる』という要素はどこにもない。

つまり「音響」に関する特許ではあるが、「立体音響」に関するものではないという。

念のため、1990年代以降の后健慈氏の特許のなかに「立体音響」に関する特許があるのかZF氏に話を伺ったが、PC周辺機器、CDのドライブ、キーボード、メモリ周辺、機器のソフト遠隔アップデート、およびデータ暗号化に関するもので、「立体音響」に相当する特許は「后健慈」、ウェード式表記の「Chien Tzu Hou」、いずれの名義でも確認できないという。


11-3. 「非常に価値ある発明」とは何だったか?

第5節で提示した焦佑鈞氏が送ったとされる社内メールでは「后健慈氏がセキュリティに関する非常に価値ある発明を持っていて、それがとても大きなマーケット機会をもたらす」という仮定が設定されていた。

また第3節の調査局が焦佑鈞に対して行ったとされる聞き取り調査の記録では、后健慈氏から「現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある」として亞圖との提携を求められたと書かれていた。

后健慈氏の「セキュリティに関する非常に価値ある発明」とは何だったのだろうか?

筆者は焦佑鈞氏が亞圖に投資した1999年に后健慈氏が日本で唯一取得できた「キーボード装置およびそれを用いたパスワード認証」の特許がそれだったのではないかと想像する。后健慈氏の言葉通り「発明」は確かにあったが、それが収益化できそうにない「発明」だったことから、焦佑鈞氏は「亞圖の技術には問題がある」と判断して早々とパートナーシップを解消したのではないだろうか。(この技術に対するZF氏の見解はこちらで述べられている)

ZF氏は1997年に台湾で取得されたプロセッシング方法に関する特許が「セキュリティに関する非常に価値ある発明」に該当しそうだと推定しながらも、この類の発明は無数にあり、例えば日本で「記憶装置/データ/保護/制限」and 「1999年以前」で検索すると、成立した特許だけで2,500件以上が確認できると述べている。(発言の出典はこの抄録に投稿されたコメント)

手がかりとなる情報が乏しく、いずれも推定の域を出ないが、少なくとも后健慈氏がこれまでに取得した特許の一覧のなかに「大きなマーケット機会をもたらす」ような「セキュリティに関する非常に価値ある発明」は確認できないように思える。


11-4. 耐放射線チップを開発したか?

あれは5年前だ。
マイケルとの出会い。
福島原発事故、津波被害が遭ったというのに、日本の技術が遅れている為に高解像度動画はリアルタイムに送れないので事故の様子を知ることすらできないと知った。
更に、事故後の原発内部は高放射線下にあるので、放射線が電子にぶつかれば半導体チップがエラーを起こしてしまう。
そこで思い出したのが、マイケルだ。半導体大手Intelの元社長に紹介された天才エンジニア。彼は、耐放射線チップ設計を開発したので米軍に採用された。
原発事故の後、深田はすぐにマイケルに電話して投資の約束をした。それが全ての始まり。
深田萌絵 本人公式ノン★ポリブログ(2015年11月9日)
※ マイケル=后健慈

 
だが、深田萌絵氏によるとその「耐放射線チップ設計」らしき「耐放射線技術」は盗まれてしまったらしい。
 

深田萌絵 Moe Fukada @Fukadamoe

ホントは福島の為に耐放射線技術を持ってきた。それを中国人に盗まれた。なのに、国は知らんぷり。 twitter.com/sanku6260/stat…

2016-02-22 11:00:51

 
深田氏のブログによると、旅費だけでも100万円近い費用を費やして中国共産党トップ10幹部の秘書にコンタクトし、中国の諜報機関から情報を得るなどして証拠資料を集め、Revatron株式会社から「耐放射線技術」を詐取したという企業を2014年に訴えたが、「耐放射線技術には価値が無いから、盗まれても構わない」というような判決が出て、敗訴したという。

では、深田氏が「盗まれた」と主張する「耐放射線技術」とは具体的にどのようなものだったのだろうか?
 

ZF ⚡ @ZF_phantom

@Fukadamoe マイケルさんが深田さんと開発していて、コードを盗まれたというのは次の記事にあるような技術領域の、「高線量放射線環境下における、半導体チップでの高強度エラー訂正アルゴリズム」と推測しましたが、合ってますか? kumikomi.net/archives/2011/…

2016-02-16 19:42:00
深田萌絵 Moe Fukada @Fukadamoe

お!するどい! すご〜く面白い技術です(o^^o) twitter.com/zf_phantom/sta…

2016-02-16 19:43:58

 
深田氏はZF氏の「盗まれたのは高線量放射線環境下における、半導体チップでの高強度エラー訂正アルゴリズムか」という問いに対して肯定的な回答をしている。

ところが、Revatron株式会社が訴えを起こして敗訴した2014年の裁判の裁判記録を見ると、Revatron株式会社が「詐取された」と主張していた技術は「高強度エラー訂正アルゴリズム」ではなく「画像圧縮ソフト」「暗号化ソフト」であり、「高強度エラー訂正アルゴリズム」は係争事案と全く関係が無かったことが分かる。(なお、訴えられた人物が中国人ではなく日本人であることも分かっている)

この客観事実を見る限りにおいては、「后健慈氏は耐放射線技術を開発していないのではないだろうか」、または「后健慈氏は耐放射線技術を開発したが、盗まれていないのではないだろうか」という二通りの推測が成り立つように思う。だが、深田氏の主張は一貫して「后健慈氏は耐放射線技術を開発し、盗まれた」であり、そのどちらとも相容れない。

特許出願状況からは「后健慈氏が耐放射線技術を開発した」という事実を見て取ることはできるだろうか。以下、ZF氏に話を伺った際に得られたこちらの回答から要点に絞って抜書きする。

まず、深田氏とZF氏の会話で名前が挙がっていた「高強度エラー訂正アルゴリズム」について、ZF氏からは「后健慈氏の特許のなかにそれに相当するものは確認できない」という回答が得られた。そもそも同種の技術は昔から需要があり、これまでにいくつも提案されてきて実用化もされているが、耐放射線の効果はあくまで限定的なものだという。(ZF氏の詳しい解説はこちら

ではそれ以外に何か「耐放射線技術」に相当するような特許を后健慈氏は取得しているのだろうか。

ZF氏は、2001年に米国で取得されたメモリ管理方式の特許「耐放射線技術」と無関係とは言いづらいが、特許明細に「The invention is directed to a structure and method for repairing a memory defect in SDRAM to reduce cost and increase profit for the SDRAM producer.」とあるように、半導体メモリの製造会社の歩留まり率の向上を主眼とした技術であり、破損原子炉付近の高放射線環境下ではあまり意味を成さないだろうという。(ZF氏の詳しい解説はこちら

この米国特許がこれまでに日本で出願されていないという事実からも、その技術の有効性の程度を推し量ることができるように思われる。本当に破損原子炉付近の高放射線環境下でも極めて有効な「耐放射線技術」を20年近くも前に開発していたのなら、災害が起きるのを待たずに日本でも特許出願していたのではないだろうか。


11-5. Cellを開発したか?
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