月夜話まとめ

稲垣足穂式に月について書いてみた、まとめ。
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てい @orztee

月が昇ってこないので、私は石を投げてみた。途端、月が泣きながら現れた。 「体調が優れないんだ。お願いだから石を投げないでくれ」 私は気の毒になって、石を投げるのを止めた。月はまたすぐに引っ込んでしまい、それから1年姿を見せない。そろそろまた、石を投げてみようか。 #月夜話

2014-05-28 23:44:59
てい @orztee

夜、バス停に立っていると、男が立った。黄色くて丸い、大きな顔だ。ソワソワした様子で背広のポケットに手を突っ込んだり出したりして、真っ暗な空を見上げている。「今日は曇りでも新月でも無いのに、月が見当たりませんね」私がそう声を掛けると、彼は叱られた子供のような顔をした。 #月夜話

2014-05-28 23:51:50
てい @orztee

見上げた空はあまりに暗く、私は思わず目を瞠った。雲もないのに、星が見えない。気づけば隣に月が立ち、ゆったりと口を拭っている。 「今日は随分と暗いですな」 私の言葉に、月は横目で微笑んだ。私はその時ようやく、彼の口元が煌めいているのに気付いた。 #月夜話

2014-05-29 21:29:38
てい @orztee

その日は朝から満月だった。黄色い月が青い空にぽっかりと浮かんでいる。太陽の姿はない。人々はいつも通りに立ち働いており、私以外、月に気付いた人間はいないようだった。夜になっても、空には月のみが浮かんでいる。こうして少しずつ侵食されていくのだろう、と私は思った。 #月夜話

2014-05-30 21:56:14
てい @orztee

観月会の日が近い。一ヶ月に1度、集まって満月を眺めるだけの会。あの子は今回も来るだろうか。上を向いたあの子の横顔が白い光に柔らかく照らし出される、その情景が、いつも穏やかに僕を締め付ける。 月が綺麗だというただそれだけで、僕はあの子に恋をした。 #月夜話

2014-05-30 23:55:22
てい @orztee

「月の光を浴びると死んでしまうんです」ルームメイトがそう言うので、今夜もカーテンは閉めたきりだ。「困った体質だな」「そうでもありません」彼は微笑み僕の身体を引き寄せた。小さなベッドが軋む。「口実ですよ、そんなもの」「ふうん」カーテンの隙間から、月光が細く差し込んでいる。 #月夜話

2014-05-31 22:20:31
てい @orztee

その夜に出逢った男は空の試験管を持っていた。 「月光を採取しているんです」 何も言わない内に男はそう言った。 「月光は万能です。毒にも薬にもなる。貴方にも一つ差し上げましょう」 そして差し出された試験管は今でも私の手元にある。振ると涼やかな音色が響くが、それだけである。 #月夜話

2014-05-31 23:56:04
てい @orztee

「今夜はお月様いないの」「そうだよ。新月と言って、一月に一度、お月様はお月様を休んで旅行に出かけるんだ」「何処へ行ったの」「さあ、それは誰にも分からないんだ。でもひょっとしたら、もう二度と戻って来ないかもしれない」「お月様の為には、その方が良いね」「そうかもしれないね」 #月夜話

2014-06-01 21:19:24
てい @orztee

真っ赤な朝陽に照らされた、大海原の水平線。月が陽気に朗らかに、じゅっと音立て沈んでく。また明日ねと手を振って、それきりサヨナラサヨウナラ。僕が最後に見た月の、笑顔はきっと、忘れない。 #月夜話

2014-06-02 22:53:40
てい @orztee

背の高いセンセイと並んで夜道を歩いている。センセイは大分お酒を召されたので少しばかり足元が覚束ない。「月子君」「何でしょう」「空を見てご覧」言われるまま見上げると、細い三日月が浮かんでいる。「綺麗だね」綺麗ですねと答えることができずに口ごもる私は、それでも一つ、肯いた。 #月夜話

2014-06-03 23:23:50
てい @orztee

泣きはらした目で見る月は赤く、幾つにも重なって見えた。あれは私の嫉妬、あれは私の虚栄、あれは私の浅慮。本当の月がまだ見えない。虚像の月は無限に増え続け、私は必死に目をこする。 いつか本当の月が見えたなら、私の心も本当に始まることができるだろう。 #月夜話

2014-06-03 23:35:50
てい @orztee

水底に沈んだ月を掴もうとして、猫は池に落ちた。今まで感じたことのない冷たさに驚き見開いた目には、水の壁越しに本物の月が映った。水底の月の中へ溶けて行きながら、彼はごろりと喉を鳴らす。恍惚の中、彼は最期に月の手応えを感じた。 #月夜話

2014-06-04 21:15:33
てい @orztee

丸い月を半分に割って君と分けよう。食べてはいけないよ。涙が止まらなくなるから。ただ大切に持っていて欲しいんだ。僕がこの星にいた証、僕が君といた証として。君が次に目覚めた時には、僕はもういないだろう。でも、月があった場所を見上げてご覧。僕はいつだって、そこにいるからね。 #月夜話

2014-06-05 21:25:57
てい @orztee

最後の友人だった犬の骨を月に埋めて、私は暫し息をついた。タネを探さなくてはならない。かつて人が暮らしていたらしい、あの赤い星から飛来したと言う、小さなタネを。それは人類の未来であり、唯一の希望だ。小さく友人の名前を呟いて、私は再び、静まり返った月面を歩き出した。 #月夜話

2014-06-06 23:40:18
てい @orztee

午前2時。勉強を終え机のライトを消す。ふと窓の外に目をやると、丸い月に照らされて鳥が飛んでいるのに気づいた。こんな時刻に。目を凝らすとその正体が分かった。三羽のペンギンが空を飛んでいるのだ。そうだ、こんなこともある。何故だか元気が出て来て、僕は明るい気持ちで床に就いた。 #月夜話

2014-06-08 00:00:16
てい @orztee

月が太陽系から離れていくと科学者が発表した。月に乗り広い宇宙へ漕ぎ出そうと、人々は宇宙船に殺到した。混み合う船内で、誰かが誤って発進ボタンを押してしまったらしい。宇宙船はハッチを閉める間も無く飛び出した。残った僅かな地球人は、月が何処へも行かないのを確認して泣いた。 #月夜話

2014-06-08 22:29:51
てい @orztee

「貴方の月を私にくださる?」長い黒髪を揺らし彼女は言った。「私、月を集めているのよ。人は胸に各々の月を隠しているの、ご存知」彼女は悪戯っぽく微笑み、その細い指で空の三日月を隠した。「こうやって」彼女が腕を下ろすと、三日月は消えていた。「御馳走様」そうして私は月を失った。 #月夜話

2014-06-09 23:14:33
てい @orztee

「ウサギさんは月に帰ってしまったんだ」こちらを見上げる潤んだ瞳に向かい僕は言った。「ウサギはそういう生き物なんだ。今頃、月の仲間と一緒に広い月原を飛び跳ねている筈さ」「本当」茶色くてくったりした丸いものを抱え、女の子は幾度も尋ねる。僕はそれに頷く。幾度も、幾らでも。 #月夜話

2014-06-10 23:03:56
てい @orztee

「今まで黙ってたけど、私、実は月から来たの」「ふうん。どうして日本語を話せるの」「小さい時に来て、地球人と同じように育ったからよ」「ふうん。じゃあ、どうして僕と結婚してくれたの」「私の無理難題に耳を貸さず連れ去ろうとする人なんて、他にはいなかったからよ」 #月夜話

2014-06-11 23:12:53
てい @orztee

月が昇るから夜が来るのだと信じる男がいた。彼は夜が怖かった。そこで昇る月を縄で捕らえ地球に繋ぎ止め、動かないようにした。しかし、その日もいつもの様に夜がやって来た。男は月の光すら消えた夜の闇の中で、一晩中泣き続けた。自分はいつも月に救われていたのだと、ようやく気づいた。 #月夜話

2014-06-12 22:00:34
てい @orztee

庭に埋めた月から白い芽が生えてきて、夜になると庭土を薄く照らす。芽は毎晩成長し、やがて大きな花を咲かせた。牡丹か芍薬のような、けれどとても薄い花弁だった。一晩で散ってしまうそれを一枚採り小瓶の中に詰める。匂い立つ月の香り。これでまたひと月の間、ぐっすり眠れることだろう。 #月夜話

2014-06-13 23:56:42
てい @orztee

真っ赤な月が笑う夜、私は彼女と初めて出遭った。黒いセーラー服を風にはためかせながら、彼女も月のように笑っていた。出遭うべきではなかった。直感に肌がざわめく。「ねえ、」彼女の涼しげな囁き。「私達、仲良くなれそうだと思わない?」シャキン。澄んだ夜の空気に、鋭い鋏の音が響く。 #月夜話

2014-06-14 23:52:51
てい @orztee

月の綺麗な晩、色の白い少年に呼び止められた。誰だかは分からないが、その紅い瞳にだけは見覚えがある。「兎ですよ」そうか、実家の兎の目にそっくりなのだ。「一晩だけ、貴女を月に招待させてください」彼はそう言って、淋しげに微笑んだ。何故だか非道く悲しくて、私は静かに涙を流した。 #月夜話

2014-06-15 22:34:23
てい @orztee

昔、月と太陽は恋人同士で、寄り添い旅していた。ある時、青い星に出会った。太陽が近づこうとしたが、その星の水に気づいた月が太陽を守るため先に飛び込んだ。結果、月は自らの光を失い身動き出来なくなった。月に火傷を負わせぬ為、太陽は月から離れたが、彼等は今でも互いを想っている。 #月夜話

2014-06-16 23:45:21
てい @orztee

月が夜に姿を見せなくなってから、もう何日が経っただろう。海は凪ぎっぱなしだし、人の心も殆ど動かなくなってしまった。夜を照らすのはただ星の光だけ。「月を探しに行ってきます」そう言い残して彼女がいなくなったのも、もう随分前のことになる。 今日もまた、月のない夜が明ける。 #月夜話

2014-06-18 07:00:58
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