2021年4月3日

【異形の十字軍】

一般的に十字軍と言えば、11世紀末から約2世紀に亘り、西欧カトリック世界が聖地エルサレムをイスラム勢力から奪還するために行った軍事行動を指します。 しかし、この他にもスラブの異教徒を征服した「北方十字軍」や、南仏の異端を殲滅した「アルビジョワ十字軍」が存在します。 更には、ローマ教皇と並んで西欧に君臨する神聖ローマ皇帝に差し向けられた「十字軍」なんてものもありました。また、イングランドへ遠征したスペインの無敵艦隊も十字軍としての形式を備えています。 今回はそんな変わり種の「十字軍」を概観しましょう。
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HIROKI HONJO @sdkfz01

【異形の十字軍】 一般的に十字軍と言えば、11世紀末から約2世紀に亘り、西欧カトリック世界が聖地エルサレムをイスラム勢力から奪還するために行った軍事行動を指します。 しかし、この他にもスラブの異教徒を征服した「北方十字軍」や、南仏の異端を殲滅した「アルビジョワ十字軍」が存在します。 pic.twitter.com/zgTVM82htX

2020-03-28 15:57:22
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更には、ローマ教皇と並んで西欧に君臨する神聖ローマ皇帝に差し向けられた「十字軍」なんてのもありました。また、イングランドへ遠征したスペインの無敵艦隊も十字軍としての形式を備えています。 今回はそんな変わり種の「十字軍」を概観しましょう。 pic.twitter.com/UO7r9AW5YY

2020-03-28 15:57:55
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主が課せられた務めを  おろそかにする者は呪われよ 主の剣をとどめおき  流血を避ける者は呪われよ 「エレミヤ書」第48章第10節 pic.twitter.com/Sm2wc7JTAZ

2020-03-28 15:58:38
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まずは本家本元、聖地エルサレムの奪還、或いは防衛に向かった「十字軍」に軽く触れましょう。 この軍事行動の特徴は、ローマ教皇の権威の下に行われたことにあります。 教皇自身が呼びかけ、参加者の贖罪を認めること。これらは、十字軍の不可欠な要素でした。 pic.twitter.com/tj6C3mCqu2

2020-03-28 15:59:26
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そもそも、ローマ教会は本来5つの総主教座の一つに過ぎず、自ら聖戦を宣することが出来るような権威も権力も有してはいませんでした。 しかし、7世紀にはいるとイスラム勢力の侵入により、エルサレムとアレクサンドリア、アンティオキアの3つが征服されます。

2020-03-28 16:00:18
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また、引き続きローマ皇帝(ビザンティン皇帝)の庇護下に置かれたコンスタンティノープルとは対照的に、古代末期から初期中世にかけてのローマ教会は、西ローマ帝国の衰退と滅亡に伴う混沌のなかにありました。 pic.twitter.com/kf6GbPjXyw

2020-03-28 16:01:01
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このような中、ローマ教会はカトリックを受け入れた蛮族の強国、フランク王国に庇護を求めて徐々に関係を深め、西暦800年、時の教皇レオ3世はシャルル・マーニュに「ローマ皇帝」の冠を授けます。 pic.twitter.com/3R1wCpoivu

2020-03-28 16:01:43
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尤も、シャルルの「帝国」は彼の死後分裂し、962年、教皇ヨハンネス12世が東フランク王オットー1世を自らの保護者とすべく帝冠を授けて(実質的な神聖ローマ帝国の成立と見做される)初めて、西欧キリスト教世界に皇帝と教皇が並び立つ中世的秩序が完成されたのでした。 pic.twitter.com/uWpzJAob3O

2020-03-28 16:02:38
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従って、当初の皇帝権は教皇権に優越し、実際、オットーの即位から100年の間に21名の教皇が皇帝によって任命され、5名が罷免されています。 しかし、教皇グレゴリウス7世は教皇権の強化を図り皇帝ハインリヒ4世と対立、ついにこれを破門するに至ります。(いわゆる聖職叙任権闘争の一幕) pic.twitter.com/vbWmszNS4M

2020-03-28 16:03:25
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グレゴリウスは次のように記しています。 「人間の傲慢が前者(世俗王権)をつくり、神の善性が後者(教皇権)をつくった。前者は絶え間なく偽りの栄光を渇望し、後者は常に天上の生活を志向する」 pic.twitter.com/NKm8hPAIGx

2020-03-28 16:04:16
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皇帝が破門に屈した(カノッサの屈辱)ことで、皇帝権の神聖性は大きく損なわれ、教皇は皇帝への従属から徐々に解放され、独立性を強化していきます。(教皇革命) その様な中、グレゴリウスはムスリムから「羊の様に」殺戮されるキリスト教徒を救済すべく、聖地へ軍を進めることを決意します。 pic.twitter.com/3NPXARQPOX

2020-03-28 16:05:03
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グレゴリウスは、旧約聖書の1節を好んで口にしたと伝えられます。 「主の剣をとどめおき 流血を避ける者は呪われよ」 pic.twitter.com/oUrjdaqpD9

2020-03-28 16:05:48
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グレゴリウス自身は皇帝との権力闘争の中で死没しますが、そのおよそ10年後、彼の意図は実現します。 1095年、クレルモン公会議において、時の教皇ウルバヌス2世が十字軍の発動を宣言したのです。このとき、彼はこう語ったと伝えられます。 pic.twitter.com/IG85iJ1b5v

2020-03-28 16:06:40
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「不浄な異教徒によって占有されている、我らの救世主の神聖な墳墓、そして今や屈辱的に取り扱われ、異教徒達の不潔さによって不敬に汚染されている聖地に心を向けなさい。最も勇敢なる兵士達よ、無敵の祖先をもつ子孫達よ、堕落してはなりません。祖先の勇気を思い起こしなさい」 pic.twitter.com/Xv6slMxCSM

2020-03-28 16:07:27
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教皇の演説は、キリストの昇天後千年を経て終末の予感に怯えていた民衆の熱烈な信仰心を呼び覚まし、正規の軍勢が派遣される前に「民衆十字軍」が結成され、聖地を目指しますが、悲惨な末路を辿ります。 pic.twitter.com/0bJj2ojsNy

2020-03-28 16:08:17
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諸侯からなる第1回十字軍は1099年、エルサレムの「奪還」に成功します。このときムスリムやユダヤ人の虐殺が行われたのは有名な話ですが、これがその後200年に渡る血みどろの戦いの原点となります。 pic.twitter.com/hr3gaWDJba

2020-03-28 16:09:06
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「軽く触れる」とか言っておいて、ここまで引っ張ってしまいました。 これもう(何がテーマか)わかんねえな。

2020-03-28 16:09:48
HIROKI HONJO @sdkfz01

個々の十字軍の経緯や、武将の蛮勇譚などは割愛します。教皇の権威が一つの頂点にあり、かつヨーロッパ世界が極端な浄化思想に憑りつかれた時代故の現象であると感じて頂ければ幸いです。

2020-03-28 16:10:27
HIROKI HONJO @sdkfz01

そのような状況の中で、異彩を放つ「十字軍」があります。イスラム勢力との外交交渉によって聖地を回復した皇帝フリードリヒ2世の「第6回」十字軍がそれです。 文明の十字路であったシチリア王国に生を受けた彼は、幼いころから宮廷につかえるギリシア人やアラブ人の知識人に接していました。 pic.twitter.com/iajOrmphS2

2020-03-28 16:11:22
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それ故彼は異文化に寛容であったと伝えられ、十字軍に対して積極的ではありませんでした。結果、教皇から破門され、やむなく聖地へ軍を派遣するものの(破門十字軍)、干戈を交えることなく、文通相手のアイユーブ朝カリフ、アル・カーミルと交渉でハナシを纏めてしまうのです。 pic.twitter.com/PJjnPFxOgk

2020-03-28 16:12:14
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しかし、教皇は異教徒に剣を振るわないフリードリヒを決して認めず、なんと皇帝に対する十字軍を宣する始末。これは1239年から1248年まで4回繰り返されています。フリードリヒの死後も教皇は皇帝に十字軍を差し向け、フリードリヒの子孫を根絶してしまったのでした。 pic.twitter.com/bz00FzVuyY

2020-03-28 16:13:06
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聖地の「奪還」を目指す狭義の十字軍が盛んに行われていた頃、パレスチナにドイツ系の騎士修道会が設立されます。ホスピタル騎士団やテンプル騎士団と並ぶ中世ヨーロッパ三大騎士修道会の一つ、チュートン騎士団(ドイツ騎士団)です。 pic.twitter.com/8fclyUQkSZ

2020-03-28 16:14:00
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13世紀に入ると彼らはヨーロッパに転戦し、ローマ教皇の公認を得てバルト海東岸(オストプロイセンから現在のバルト三国あたり)の異教徒(スラブ人)を征服・教化する「北方十字軍」の主力として活動を本格化させます。 pic.twitter.com/61oeLmJrHX

2020-03-28 16:14:50
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「北方十字軍」の戦いは極めて凄惨なものでした。初期の思想的指導者、クレルヴォーの聖ベルナールはこう述べています。 pic.twitter.com/2h9HjGtef0

2020-03-28 16:15:37
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「私は、いかなる理由からであれ、これらの異教徒と休戦することを全面的に禁止する。神のご加護によって、宗教そのものか、異教徒が根絶されるかするまでは、金のために、あるいは貢納のために、彼らと休戦協定を取り交わしてはならない」 pic.twitter.com/njffHjCJcO

2020-03-28 16:16:47
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