ニセ科学批判に関する個人的なまとめ

お恥ずかしながら、ニセ科学批判とその問題について最近になって知りました。そこで、せっかくなので少し自分なりの整理をしてみました。これはその記録です。(何気に初Togetter) ニセ科学批判で問題だと思ったのは、科学とは別次元の「発信者に意図(≒悪意)があるかどうか」ということが定義に含まれていることです。 その割に、実際のニセ科学判定の現場では個人の主観だけで決められてしまっているように見受けられます。 続きを読む
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平井孝典 @takanori_hirai
最近、Twitter上で「ニセ科学批判者」という言葉を目にする機会が急に増えたと感じている。ニセ科学とは似非科学や疑似科学と同じような意味合いで、「科学的根拠のないウソの情報でありながら、科学的な体裁を以てして、それを聞いた者に事実であるかのような錯誤をさせるもの」らしい。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学②] 「ニセ科学批判者」とは「ニセ科学を批判する者」という意味だそうだ。私が目にしたものは「ニセ科学批判者」を批判する論調が殆どだ。最初、『ニセ科学であるということが明確に判明しているのであれば、それを批判することに問題があるのだろうか?』と疑問に思った。(続く)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学③] しかし、その疑問はスグに間違いであると分かった。「ニセ科学批判者」批判には、主に2つのポイントがあると読み取れた。(1)ニセ科学判定の妥当性、(2)批判方法の妥当性。批判をするということ自体は悪いことではない。間違った批判や酷い批判をすることが問題のようだ。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学④] 1) ニセ科学判定の妥当性  対象を「ニセ科学」と断定する根拠が、「信じられない」、「人が言ってた」等、非科学的な場合が多いのが問題のようです。今まで誰も研究対象としてこなかった分野であれば科学的知見の蓄積が無くて当たり前なのですが、(続く)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑤] そうした最先端の「未科学」までを前例が無いというだけで「ニセ科学」や「デマ」と断定しているようです。なお、内容に明らかな間違いを含む場合ですが、間違っている箇所を指摘するという形で批判することは必要でしょう。ただ、その時点では「ニセ科学」と断定は出来ません。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑥] 2) 批判方法の妥当性  科学的な批判とは仮説の誤りや欠点を指摘し正すべきであるとして論じることです。その矛先は、そこで述べられている内容に向けられるべきものなのに、ニセ科学批判では、その仮説を主張する人に批判の矛先が向かうようです。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑦] どうやら、「ニセ科学」の定義には悪意の産物であるという意味も込められていて、「ニセ札」、「偽ブランド」などと同じ「ニセ」を冠しているということだそうです。だから、ひとたび「ニセ科学」と断定した後は内容についての議論よりも、それを使う人に矛先が向かうようです。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑧] つまり、「ニセ科学は悪であるから、ニセ科学を信じ広める者も同様に悪である」ということです。丁度、「ニセ札は作るだけでなく使うことも犯罪」というのと同じ感覚しょうか。人に矛先が向かった「批判」は既に「批判」ではなく「攻撃」です。この辺りが問題の本質のようです。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑨] 些か飛躍しますが、「自分が正義だ」、「悪には何をしても構わない」との思いで他人の人格を攻撃するような輩がいるとしたら大問題ですね。しかも、ニセ札のようにニセモノと知らずに掴まされていたとしたら、そのニセ札をニセと知らずに使ってしまった人もまた被害者なのに。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑩] 勿論、「ニセ科学批判者」の全てが大義名分を笠にして他人を人格攻撃するような輩という訳では無いでしょう。思うに、「「ニセ科学批判者」批判」をしている人は「「ニセ「ニセ科学批判」者」批判」をしているのでしょう。ヤヤコシイですね。何か適当な言葉ないものでしょうか。(続)
平井孝典 @takanori_hirai
[ニセ科学⑪] 最近になって目にするようになった「ニセ科学批判者」という言葉について自分なりに整理してまとめてみた。私は不勉強で知らなかったのだが、ここ数年の間に出てきた言葉で、2・3年前から問題視されるようになってきていたようだ。これからは関心を持っていこうと思う。(終)
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: 科学を名乗ることが何かの主張を特別補強すると私は思わない。科学が別格だと思わない。科学にそんな力があるとは思わない。科学は、最近成功したひとつの方法にすぎない。
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: ニセ札は定義できる。なぜなら紙幣がきちんと定義できているからだ。グッチのニセモノも定義できる。なぜならグッチがきちんと定義できているからだ。しかしニセ科学は(万人が認める)定義できない。なぜなら科学に(万人が認める)定義がないからだ。
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: 定義できないニセ科学というレッテルをもちだして、「ニセ科学だからよくない」のキャンペーンを展開するのは、よくない。あまりに恣意的である。よくない理由はニセ科学とは別のところに求められなければならない。差別であるとか詐欺であるとか。
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: ほとんどの「ニセ科学」は、科学的に間違っていると指摘するだけでことが足りる。
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: 作用メカニズムが不明の因果関係は科学ではない。疑似科学である。それが役に立つなら使えばよい。疑似科学が役に立つ例である。疑似科学(ニセ科学)だけを理由に何かを排斥するひとは愚かである。
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: 偽薬効果のメカニズムはわかっていないが、確実に効果があるので医療現場でしばしば使われる。大噴火の推移パターンに物理モデルとメカニズムの裏打ちはないが、過去の類似例が未来を予測するときに参考になる。どちらも科学ではないが、実社会では採用される。
平井孝典 @takanori_hirai
RT @HayakawaYukio: 疑似科学(ニセ科学)がそれだけで悪だと主張する人が、科学の定義をきちんとさせて、その特定対象が科学に当てはまらないことを説明する責任を負う。話はそれからだ。
平井孝典 @takanori_hirai
ニセ科学批判絡みでググっていたら、早川由紀夫の火山ブログ( http://t.co/k5od6HW )に辿り着いた。正直、私はこの早川さんという方を見誤っていたかも知れない。少し引用してみたいと思う。
平井孝典 @takanori_hirai
[早川由紀夫氏のブログより] 科学者が自分とは異なる意見を目にしたときどうするのがよいかを考えよう。私が推奨するのは、無視することだ。つまらないことには時間を使わず、自分の研究に専念するのがよい。自分の研究をして成果をあげることが、もらった給料に見合う社会貢献になると私は考える。
平井孝典 @takanori_hirai
[早川由紀夫氏のブログより] もしどうしても看過できないものをみてしまったと信じるときは、それに反論するのがよい。自分の研究時間を割くだけの、あるいは研究を投げ打つだけの価値がそこにあると信じたなら、反論するのがよい。
平井孝典 @takanori_hirai
[早川由紀夫氏のブログより] 私自身の体験からもうひとつ言っておきたい。自分がそれをしないと誰かが死ぬと知ったときは、自分の研究はあと回しにして、それをしたほうがよい。しないと、あとで後悔する。
平井孝典 @takanori_hirai
[早川由紀夫氏のブログより] もしニセ科学を定義するなら、「科学を装うが科学でないもの」に替えて、次にすれば実態に合うだろう。 1)科学かどうかを問わない、 2)科学のみかけをとる、 3)しかし現代科学体系と合わない、 4)営利行為あるいは反社会的行為を伴う。
平井孝典 @takanori_hirai
[早川由紀夫氏のブログより] 私の立場 「○○は科学的に見て間違っている」などと意見表明するのはよいが、「○○はしてはいけない、○○は信じてはいけない」と、他者の行動や内心を制限する言い方は慎むべき。「法律に違反してない限り」「「社会規範に反してない限り」は、もちろん前提条件。
平井孝典 @takanori_hirai
[早川由紀夫氏のブログより] 数学者:学問としての体系に絶対揺るがない自信を持っているからニセを余裕で許容する。 地質学者:自分がつくり上げた学問体系にまったく自信がないから、ニセを糾弾できない。 物理学者:中途半端な自信を持っているから、ニセを目の敵にする。
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コメント

@ublftbo 2011年8月27日
@takanori_hiraiさん こんばんは。突然失礼します。ニセ科学関連のtogetterを拝読しました。私は以前よりニセ科学に関心を持ってきた者ですが、まとめに関していくつか説明を致したいと思います。連続のコメントとなりますが、ご容赦頂ければ幸いです。
@ublftbo 2011年8月27日
※書かれているつぶやきの、上から順番に対応するように書きます 1)「聞いた者に事実であるかのような錯誤をさせるもの」←ここの「させる」というのが、「騙す意図がある」ことを含んでいるとすれば、それは誤りです。ニセ科学か否か、という評価に、主張・支持する人の「意図」は関係しません。
@ublftbo 2011年8月27日
2)「ニセ科学批判者」の意味について。文字通りに見れば、「ニセ科学を批判する人間」となるかと思います。ただし、この語によって、ある特定の(厳密にくくれる訳ではない)集まりを指す場合もあるようです。その際には、批判する際の「やり方」の傾向、あるいは批判する特定の人物が念頭に置かれていると思います。私自身は文字通りの意味でしか用いません。
@ublftbo 2011年8月27日
3)「未科学」について。未実証の説、あるいは科学者による論争の途中で説の妥当さが確定されていないものについて、それだけでニセ科学とはされません。参照:http://www39.atwiki.jp/cactus2/pages/17.html 「デマ」に関しては、情報の触れ回り方の問題なので、ある説が未実証だからといってそれだけでデマと言われることはありません。
@ublftbo 2011年8月27日
4)未科学がニセ科学と看做される場合。ニセ科学というのは、科学(界)における評価と、それへの位置づけ(触れ回り方)との乖離の問題です。従って、未科学的な説を「実証された」かのように言えば、それはニセ科学と判断されます。なぜなら、科学者集団のコンセンサスと異なっているからです。臨床応用がなされていない療法を「効く」と主張する場合も含まれるでしょう。
@ublftbo 2011年8月27日
5)批判者の傾向。現状、ニセ科学を批判する者は、明確に区別出来るような組織を形成している、ということはありません。従って、批判の仕方は極めて多様です。論をきちんと批判的に検討していくものもあれば、罵声を浴びせる論外のものもあります。
@ublftbo 2011年8月27日
6)”「ニセ科学」の定義には悪意の産物であるという意味も込められていて、”←込められていません。対象の説が科学的標準のものとどう乖離しているか、という問題なので、流布する者の人格は関わりません。その人格という条件は、批判を行う際の手法を選択する場合に意味を持つものでしょうが、「ニセ科学かどうか」の判断材料とはなりません。
@ublftbo 2011年8月27日
7)たとえば、ある人が、少しでも多くの人を救いたいと思い新奇な療法(臨床的な確認が不足しているとする)を研究しているとします。その人が拙速にも、当該療法は効くことが判っているのだ、などと宣伝した場合には、その文脈における療法はニセ科学と看做されます。そして、善意ゆえに焦ってニセ科学的方法を主張してしまったのであろう、と評価される訳です。
@ublftbo 2011年8月27日
8)”「ニセ札は作るだけでなく使うことも犯罪」”←一般にそのような評価はニセ科学においてはなされません。たとえば、ホメオパシーを実践する人やゲーム脳説によって教育方針を立てる人は犯罪的なのだ、とは(すぐには)言われません。ホメオパシー関連で、用いてしまったがゆえに不幸なことが起こった、という事例がありますが、その際に被害を受けた人が責められるとは限りません。
@ublftbo 2011年8月27日
9)一つ前で括弧書きなどで留保をつけたのは、ニセ科学を支持する人は、その情報を「流布」する側面を持っているからです。その場合には、誤った知識を伝播してしまう可能性(や、既にしている)があります。そこについては当然批判の対象とします。重病に苦しんでいる人に「ホメオパシーがいいよ」と勧めるとすれば、それは批判されることはあります。
Tsuyoshi CHO @tsuyoshi_cho 2011年8月27日
あと「悪意がある」とは直接は関係しないけど、ニセ科学といわれるもを発言した時 - 判断ニュートラルな人:違うと説明されて考えなおす(よりどちらが確からしいかを確認しようとする)、傾倒している人:違うと説明されても理解を拒む、みたいカンジになることがあるので、結果さらにややこしいことに...という気もしないでもない(本筋と違うか)
@ublftbo 2011年8月27日
10)従って、上記、丸括弧の9及び10での考察は、「そういう人もいるし、そういう人は問題である」と同時に、「それはそもそも理解が不足している」となるでしょう。繰り返すと、支持している人というのは、巧みな手によって信じこまされた、自分が主唱した、周りの人に広めようとした、など色々な信じ方、流布のしかたをしているので、処し方も、情況に合わせた個別的なものになります。
@ublftbo 2011年8月27日
ここから、早川さんのつぶやきのRT部分について書きます。
@ublftbo 2011年8月27日
a)一番最初のRTについて。科学の成立は科学史的に難しい問題かも知れませんが、十九世紀に社会的な制度化がある程度確立されたとして(野家啓一 参照)、数百年ほど経っています。それを最近と見るかは歴史的な観点次第です。科学の「力」(メタファー)は、身近で言うと、科学技術や工学の成果を考慮するならば、相当のものがあると言えます。
@ublftbo 2011年8月27日
b)科学に、明確な論理的厳密な定義がないというのはその通りかと思います。そこは、科学哲学上の境界設定問題(線引き問題)に関わる難問でしょう。しかし、線は引けないにしても、ゆるやかなグラデーションのようなものを想定して分ける、という考えがあります(伊勢田『疑似科学と科学の哲学』)。その論を採用すると、きっちり切り分けられずとも、よりはっきり白い(黒い)、というように評価することは可能と言えます。
@ublftbo 2011年8月27日
c)「科学的に間違っていると指摘するだけでことが足りる。」←「科学は定義出来ない」のに「科学的に間違っている」と判断出来る理由が不明です。早川さんの論からすると、「科学的」という評価そのものが不能になるおそれがあります。
@ublftbo 2011年8月27日
d)「 作用メカニズムが不明の因果関係は科学ではない。」←定義がないと仰ったはずなのに「科学ではない」と評する理由がよく分かりませんが、それは置いて、メカニズム不明でも因果関係を確かめる、というのは「疫学」という分野などが典型的な、科学の方法です。現象が確かめられて(再現されて)後からメカニズムが分かるということは、自然科学にもあるようです(菊池さんが説明していたはず)。
@ublftbo 2011年8月27日
e)「偽薬効果」について。偽薬の作用というのは通常、「確かめたい薬そのものの作用を正確に測るために比較」するためのものです。メカニズムは、神経科学(世間的に脳科学と言われる)や心理学などの方面から、色々な検討がなされています。偽薬は定義からして、与える対象に正確な情報を与えないものなので、医療倫理の問題と絡んできます。メカニズムが不明なものが科学でない訳ではない、というのは上で書きましたが、それにより、偽薬効果を「科学でない」とは言えません。
@ublftbo 2011年8月27日
f)「疑似科学(ニセ科学)がそれだけで悪だと主張」←正確でない情報が流布され、あるいはなんらかの被害を及ぼし得る(及ぼした)という観点からすれば、それは批判されてしかるべきです。「悪」と言う意見は見た記憶はありませんが(私は使ったことはない)、持たせている意味にもよるでしょう。
@ublftbo 2011年8月27日
以上です。長くなってしまい、失礼しました。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
「ニセ科学」の定義には意図が含まれると思った経緯は、こちら( http://p.tl/fRbW )のニセ科学の定義と、渡邊先生のデマ論( http://p.tl/LGCW )を見たからです。後で見た早川さんの定義( http://p.tl/G4pq )も私には納得感があるものでした。
柴田秋 @aki7ito 2011年8月27日
科学的方法に則っていれば、証明されていなくても科学は科学なんだけれどね。「未科学」は科学的方法を使っていないことが問題なんでしょう?
safra @nekotosafra 2011年8月27日
拙速な療法の喧伝>通常の「臨床試験」では参加される患者さんを守る為の沢山の手続きがあります。拙速な喧伝で効果があると誤認させるのは、患者を守る手続きをすっ飛ばしてます。本当に臨床研究を続けたいのなら、被験者を守るという一線を飛ばすのは非難の対象です。それで潰れるのなら、潰れて当然という厳しさが臨床試験にはあります。甘くないんです。それは分かって欲しい。
safra @nekotosafra 2011年8月27日
人として批判>主張や弁論に対する批判と、「人格批判」は違います。思い直して欲しいとのアプローチが「人格を否定」に受け取られる事は、往々にして起こりますが、それは違うのだということを混同しないで欲しいと思います、切に。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@nekotosafra さん、正しい手続きを経ていないことに対する批判は当然と思います。それが無ければ我々消費者は守られませんので、そうしたチェック体制にはありがたいと思います。
みき @mikiki19 2011年8月27日
ニセ科学批判の一部の人の「人格否定」の仕方が異常になっていますよね・・ たとえば「お前みたいな母親は害だから死ね」とか・・ そういう人たちは、こういう検証のまとめコメントには現れない、 叩きやすい次の獲物を探してうろうろしているからネ。
もらてん・“ふぁじめ” @moraten_fajime 2011年8月27日
(4)にして誤謬がある「今まで誰も研究対象としてこなかった分野であれば科学的知見の蓄積が無くて当たり前」とあるが、疑似科学批判書の基本書とも言えるM・ガードナー著の「奇妙な論理」原書は1952年の発行で、そこでは既にホメオパシーが否定的に紹介されている、それから半世紀以上経過し、科学はホメオパシーを否定するに十分な証拠を積み上げたが、新たに参入した人々が無知故に「科学はホメオパシーを相手にしてこなかった」と喧伝するのだ
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@nekotosafra 科学にはルールがあって、皆が合意しているルールや手続きを守らないものは、どんなに良いアイデアでもそのままでは評価出来ないということは解ります。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@nekotosafra ただ、そこで少し残念なのは、足りない手続きを埋める為の建設的な話に発展しないことです。例えば、話題のEM菌や乳酸菌について真面目に科学の対象として研究しようという話にならないのは何故なのでしょうか。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@nekotosafra 主張や弁論に対する批判と人格批判が違うことは認識しています。これは批判される側が議論に慣れてなくて人格を否定されたと誤解する場合と、批判する側が明らかに人格攻撃している場合との両方があると思います。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@tsuyoshi_cho トンデモ学説を唱える人が、みんなニュートラルな人であれば「ニセ科学」なんてレッテル貼りは発明されなかったかも知れませんね。通常の科学の営みとしての問題個所の指摘という批判で足りたでしょうね。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@moraten_fajime ホメオパシーに関しては初めて聞いた時に自分の中でトンデモ認定をしてしまったので、それ以上は調べる気にもなれず知識がありません。科学的知見の蓄積の有無に関しては、@nekotosafra さんから「未科学はニセではない」と教えて頂きましたので解決したと思っています。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@aki7ito 「未科学」は科学的方法を使っていないことが問題なんでしょう? ← 未科学はニセでは無いということなので問題ないです。未科学はこれから科学になることが期待されるので、そこを否定したら科学は硬直化すると思います。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月27日
@mikiki19 一部の人の「人格否定」の仕方が異常になっていますよね ← 恐らく、元から地道にニセ科学批判をしてきた科学者ではなくて、俄か知識を仕入れた連中が尻馬に乗ってるのでは?と想像しています。罵声を浴びせるなど論外です。科学者とは思えません。
もらてん・“ふぁじめ” @moraten_fajime 2011年8月27日
未科学がニセ科学で無いのはその通りなんですが、問題なのは、科学的に決着が付いている事を、「科学的な精査をくぐりぬけていない事を俺が知らないから未科学なのでニセ科学ではない」と言う層がいるという事なんですが、この話の流れからすると「第三者の誤謬」なので、余計な事だと言えますね、ハイ
宇治金時 @uzikin 2011年8月27日
EM菌や乳酸菌が出すと叩かれる状態なのは1)遠い将来ガンになるかもしれない不確定要素の多い放射性物質と即健康被害が予想される食中毒(肺炎等)のリスク配分 2)放射性物質の概念が根本から間違っている(崩壊も起こさず放射性物質は無くならない) 3)論文にも乗せず、Twitterなどの論議に向かないものにて拡散 というのがあります。
宇治金時 @uzikin 2011年8月27日
個人的にはEM菌等は回収の手はずが非常に大変なはずですから、どっか行けばもう問題ない、他の人は被曝しても別にって思想が透けてあまり好きではありません。ひまわり等を植えて放射性物質回収の方を応援したくなります。通常の除染はコロコロとシャベル程度で十分出来るし回収も容易です。
宇治金時 @uzikin 2011年8月27日
まあ個人的な思いはさておいて、2)については疑似科学と言われないためには実際証明だけでなく原理や仮説をきちんと提示しないと相手にされないのと思います。原理仮説あっての実証が科学なので。調べててもそこがあいまいなんで別視点の検証が不可能と言う点でシャットダウンされてしまうわけです。
ちくわ@だいぶヱロい @tikuwa_ore 2011年8月28日
失言や放言に一定の非難が生じるのは当然であり、誤りを指摘されても改めないなら尚更。そこいらをちゃんと踏まえないと、批判されている人を擁護するアテクシって人格者!という自画自賛にしかならないので注意。
柴田秋 @aki7ito 2011年8月28日
@takanori_hirai 言いたいことが伝わっていないのは予測していたけれど、まあ、もし「未科学」を認めて欲しいなら科学の土俵に上がるべきじゃないのかな。その土俵が科学的方法であって、その方法で確かめもしないいうちにあーだこーだ言っていても認められないのは当然じゃないのかな?
柴田秋 @aki7ito 2011年8月28日
○○と仮定して、△△という手法で××をこのくらいの量で実験してみました。その結果がこれです。くらいに言えば「未科学」だろうが何だろうが、議論の対象くらいにはなるんじゃない?水は何でも知っているみたいな、一見科学的方法に見えて違う例もあるけれどさ。(データは定量的にとらないとね)
柴田秋 @aki7ito 2011年8月28日
未科学って言葉がそもそも気持ち悪いんだけれどさ。
蒲田 典弘 @lets_skeptic 2011年8月28日
超心理学などは、不当で激烈な叩かれ方をしていましたが「足りない手続きを埋める為の建設的な話に発展」しました。批判を受ける側の態度次第で十分可能です。EM菌とか、批判を受け止めてませんよね。
safra @nekotosafra 2011年8月28日
「足りない手続きを埋める為の建設的な話に発展しないことです」 については「効果を認めさせたい側に実証責任がある」ということです。誰が追試してもきちんと結果の出る(たとえ今までの通例とは異なる手法だとしても)ものであれば、筋が良ければ黙っていても沢山の人が追試をして確かめてくれます。 それをやらないのなら、そもそも「多数の人の健康を考える」土台に乗っていないとみなされますね。多数の犠牲者と失敗の上に、今の臨床研究の手法はあるのです。無視するのは今までの犠牲も無視するってことではないのかなあ、と思います。
NiKe @fnord_jp 2011年8月28日
@mikiki19 さんが挙げておられる『たとえば「お前みたいな母親は害だから死ね」とか』言っているという人ですが、思い切ってtogetterなどで「晒し」ていただければ、と思います。厳しい批判が必要でしょう。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月28日
@ublftbo さんのコメントをまとめに追加しました。時系列は崩れていますが対応する並びにしてみました。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@uzikin EM菌に関しては各論の話になのであまりこの場で話題にしたくはないのですが、「放射能が消える」はあり得ないと私も思いますが、そのような主張をしているのは極一部の人のように思います。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@uzikin EM菌については最初に聞いた話は「菌が金属を取込む」というだけの話で、その応用方法にはいろいろありましたが素直に「理に適うので今後の研究に期待」と思うものでした。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@uzikin 誤解して頂きたくないのですが、私はEM菌に特別な好意を持っているわけではありません。他の除染技術と同様に今後に期待しているだけです。福島を綺麗にしてくれるならどんな技術でも構いません。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@tikuwa_ore 内容に対する批判は当然だと思いますが、間違った内容を失言したからといって人格攻撃までして良いことにはなりません。内容批判と人格攻撃は別のものだということに、批判する側も批判をされる側も、双方とも意識して注意して貰いたいと思う次第です。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@aki7ito さんは、「未科学」=「ニセ科学」という立場なのですね。科学として認めて貰う為には科学的手法に則って手続きを経る必要があるということは同意ですが、科学として認められないからといって存在まで認められないということは無いと思います。科学が後から追認することもあるのではないでしょうか。
柴田秋 @aki7ito 2011年8月29日
科学ってのは科学的方法を用いたものっていう単純な話に、ニセ科学云々って言葉を持ち出してレッテルを張られたわけだけれど、これは如何に。別に認められなくても良いんなら、科学的方法なんて関係なく好きにやれば良いんだよ。認めてほしかったら、それなりのルールがあるってだ毛で。
柴田秋 @aki7ito 2011年8月29日
好きな人に告白したいけれどできない。って言っているようなもんだ。好きなら告白すればいいんだ。認めてほしければうだうだ言わずに科学的方法を使えば良いんだ。ウィキペディアにも載っているから知らなければググればいいんだ。それもできなきゃ永遠に「あいつら俺を認めてくれない。」って文句を言い続けていれば良いんだ。
ちくわ@だいぶヱロい @tikuwa_ore 2011年8月29日
@takanori_hirai その見解に異論はありません。しかし、世の中には絶対に許されない失言や放言も存在します。そこを見極めないと、ただ批判に批判するだけに終始するのは自認すべきです。
ちくわ@だいぶヱロい @tikuwa_ore 2011年8月29日
@takanori_hirai しかし、疑似科学への批判は一つに新たな被害者が生じる事を防ぐためです。批判を受けて尚開き直る相手に必要なのは、周囲の非難や罵倒の制止ではなく、本人の是正ではないでしょうか。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@lets_skeptic 学者が自身の研究テーマとして学会で認めて貰う為には仰る通りだと思います。私がイメージしたのは「町の発明オジサン」のような人が思いついた命題があった時に「客観的に実験で評価してみようという話になってくれたらハッキリ・スッキリするのになぁ」という思いでした。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@nekotosafra 今まで積重ねてきた臨床手法を無視することを是とする訳ではありません。未科学の中でも人体に投与するものに関しては特別に注意にしなければならないことも承知しているつもりです。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@nekotosafra 「効果を認めさせたい側に実証責任がある」のは、科学者間のコミュニケーション(例えば査読)ではそれが当然だと思うのですが、発案者が科学者では無い場合などには実証するスキルが不足していることが考えられます。そうしたものを手助けしてくれるスキームがあれば、日本における科学の独創性も多様性を獲得出来るのでは無いかと夢想する次第です。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@nekotosafra 「筋が良ければ黙っていても沢山の人が追試をして確かめてくれます」←なるほど。確かめてみたいと思う科学者が表れないということは筋が悪いということですね。私個人の想いとしては、EM菌は放射能除去技術として研究するべきだと考えているのですが、今の流れではニセ科学として潰されてしまいそうだと心配しています。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@fnord_jp 「晒し」は難しいようです。私が聞いた話では、Twitter上で相互フォローしている緩いコミュニティーがあって、放射能を怖がっている人のリストを作って共有しているそうです。リストにある人たちの発言を監視していて安易なRTや間違った発言などボロを出すのを待っているそうです。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@fnord_jp 例えばAさんがボロを出したとすると、最初にネチネチと質問攻めにする人が現れて、何を言ってもスルーして、ただ自分が引き出したい言葉を聞くまで延々と釣りをするそうです。そうこうしているうちにAさんも少しずつ感情的になってきて、最後にはまんまと釣られてしまうということでした。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@fnord_jp Aさんが釣られると多数の人がワラワラと集まってきて、口々に非難を始めるそうです。ここでAさんが反論することは不可能です。既に釣られているので弁解のしようがありません。そんな中で「死ね」等の暴言を吐く人が現れるそうです。こういう人は一撃離脱のようです。うまく役割分担が出来ています。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@fnord_jp そうしたやり取りをTogetterにまとめたものもあった気がしますが、コメント欄を見るとAさんを責めるものが殆どです。Aさんは感情的になっていて論理破綻しており、決定的な部分で釣られているので弁解のしようがありません。こうした活動をしている人たちは、これを「試合」と呼んでいるそうです。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@nekotosafra 先ほど私がコメントした「そうしたものを手助けしてくれるスキーム」については、@_taka51 さんから「サイエンスショップ」なるものがあることを教えて頂きました。やはり、私如きが考えることなど既に皆さんが考えておられるのですね。でも、この事を知って少し希望が持てました。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@aki7itoさんは「科学は科学的方法に則ったもの」ということを言いたかっただけなのですね。了解しました。@lets_skepticさんが指摘して下さった超心理学など、「研究対象となるべき現象が存在しない」と言われながらも行動科学や認知科学の手法を用いて成り立っていますものね。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@tikuwa_ore 「絶対に許されない放言はある」とのこと肝に銘じたいと思います。また、「新たな被害者が生じる事を防ぐため」という理念にも賛同します。そういう意味では「ニセ科学批判」は有意義で必要なものだと思います。
ちくわ@だいぶヱロい @tikuwa_ore 2011年8月29日
@takanori_hirai そうですね。その上で行過ぎた非難や悪口を批判する事には意義があるでしょう。しかしそれに拘る余り、元の批判の意味を失する事は避けなければならない、というのがオレのスタンスです。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@tikuwa_ore ただ、ボランティアでニセ科学批判を続けて来られた科学者の方々の今までの活動を否定する気はありませんが、原発事故が起きて低線量被曝という科学的に決着が着いていない問題に一般人がいきなり対峙せざるをえないという異常事態が発生している現状において、
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@tikuwa_ore 現実的に発生しているかもしれない問題に対して鈍感にならないで頂きたいと切に願うものです。Twitterというソーシャルメディアの普及と原発事故という全国民的な関心を集める大事件が発生したことによって、ニセ科学批判の活動も新しい段階に入ったと考えるべきではないでしょうか。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@tikuwa_ore 「批判を受けて尚開き直る相手に必要なのは、本人の是正ではないでしょうか」←本人が是正することも目的と置くのであれば、今のアプローチは効率的では無いと思います。「周囲が非難や罵倒」をすることで是正されるとは思えません。別のアプローチを検討して発展的に進化するべき時だと思います。
ちくわ@だいぶヱロい @tikuwa_ore 2011年8月29日
@takanori_hirai 是正云々というのは、あくまでもデマを流した本人が誤謬を改めない限り、非難は決して収まらないという話ですよ。まして改めないのであれば自業自得です。ここから先は水掛け論に終始しそうなので、オレはこの辺りで矛を収めます。失礼しました。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
@tikuwa_ore 了解です。私はニセ科学批判をつい最近になって知った若輩者ですが、予てよりニセ科学批判に取り組まれていた方のお話が聞けて有意義でした。また、どこかでお目にかかることがあれば宜しくお願いします。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月29日
先ほどのコメントの「別のアプローチ」に関してですが、「北風と太陽(言い方的な意味での)・苦悩する母親という現実」( http://t.co/JvvRFUW )というまとめの中で、snoootyさんが語っておられることが答えかと思えるので、是非、皆さんにご覧になって頂きたいと思います。
NiKe @fnord_jp 2011年8月30日
困ったことをする人たちが集団を成している可能性は確かにありますが、「聞いた話」はあまり信用できないと思います。なんか2chの「プロ固定」みたいで。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月30日
@fnord_jp そうですね。伝聞は「もしかしたら、そういうこともあるかも知れない」程度に留めて鵜呑みにしないことは重要ですね。私も「これがそうかな?」と思えるような場面には出くわしたことはあるのですが、全体感を把握できず確証や確信を得るには至りませんでした。所詮、その程度の話と言えるかも知れません。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月30日
@fnord_jp ただ、「晒す」のが難しいのは本当です。先ほどのAさんが感情的になって論理破綻しており、決定的な部分で間違っているのは事実なので、どちらを「晒し」ているのか解らないことになってしまいます。論理的に見ればAさんが間違っているのは明らかなのですが、(続)
平井孝典 @takanori_hirai 2011年8月30日
@fnord_jp (承前)、それが即ち「Aさんに対する周囲の対応は正しい」ということにはならない筈です。そこを問題にしたいと思っても「だって、Aの論理は間違っているでしょ?」、「相手が悪いのだからこちらは正しい」という話になることが目に見えているので「晒し」は難しいと思っています。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年9月1日
@_taka51さんとの会話をまとめに追加しました。ニセ科学批判の周囲で科学者の尻馬に乗って騒ぐ人についての話です。
平井孝典 @takanori_hirai 2011年9月3日
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