転生したらミミックだったが誰も開けに来ない件(積み)【1】
- alkali_acid
- 7188
- 8
- 0
- 0
何せ眺めて考える時間はいくらでもある。 ちなみに赤い虫の歌は同じ曲の繰り返しだと解った。不思議だが世代が変わっても同じ節が歌い継がれている。
2022-05-07 23:46:09燃えるような光を放って派手に飛び回った斑の虫は大半死にたえてしまった。今では四種類の虫の中で一番数が少ない。十九匹しかいない。
2022-05-07 23:48:08また模様、いや記号のことを眺めている。 やっぱり虫食いとかではない。 文字だ。でも何を意味しているのだろう。 波打ちながら並んでいるが間隔は不揃いだ。
2022-05-07 23:49:22うとうとしていたら驚くような事件があった。 床に敷き詰められた瓦畳の一部にわずかにゆるんでずれたところがあるのに気付いていたが、そこから、蛇が這いだしてきた。
2022-05-07 23:53:41蛇には長い胴の横に五対の魚の鰭のような足が生えていて、ぴたぴたと床を叩き、やがてぱちんとゴム仕掛けのように跳ねて壁にぶつかり、また跳ねて、三角跳びの要領で天井まで達すると虫を一匹咥えて落下した。一瞬宙で鰭をじたばたさせてから、くるっと丸まって落下の勢いを減らしたようだった。
2022-05-08 00:05:30自分が入っている箱の大きさからすれば、かなり小さいが、虫にとっては竜に襲来された村人のようなものだ。赤い虫の警戒の歌声がかそけくしかし激しく聞こえた。 しかし鰭蛇は大きくて動きの鈍い縞が好餌のようだった。
2022-05-08 00:07:30しばらくは鰭蛇が暴威を尽くし、縞の虫が減るとその餌だった黒い虫が増えたが、こちらも苔を食べに床に降りてくるとたまに蛇に食べられた。
2022-05-08 00:09:05鰭蛇は最初のうち隠し部屋の虫を食べ尽くしそうに思えたが空を飛べる斑の虫の一匹を襲った際、獲物が燐光を放って爆ぜ、口を怪我したようだった。以来動きが鈍くなり、捕食も慎重になった。 蛇はじっとしていることが多くなり時がたつにつれ弱ってゆくようだった。鱗に艶がなくなるのは哀れだった。
2022-05-08 00:12:24蛇は腹を見せて力なく五対の鰭を拡げていた。鱗は剥げ落ち、瞳に光はない。赤い虫が端に群がっている。 助からなかったらしい。 合掌。 と心のうちだけで思ったがもう合わせる手はない。入っている箱の中でかすかに身じろぎすることしかできない。
2022-05-08 00:15:29蛇のむくろから生えた苔は色も濃く匂いも強く、伸びる蒴柄は大きかった。胞子は毒が強いようで、食べに降りて来た黒い虫も何匹か動きが鈍くなり、やがて死んだ。 またはやり病にかかったように、苔むしたまま動き回る黒い虫がいて、それが同族に胞子を拡げてしまうようだった。
2022-05-08 00:20:09ひょっとしたら黒い虫は滅びてしまうのではないかと心配したが、やがて苔むしたままそこそこに元気でいるものもあらわれた。 たいしたものだ。総じて動きは以前より鈍いが体は大きい。これを襲って食べる縞の虫も少し大きくなったようだ。
2022-05-08 00:22:36ほかの虫の骸を食べる赤い虫もやや大きさを増したようだった。斑の虫の餌はいまだによくわからないが、やはりちょっと大きくなっているように思う。 四種類の虫は数も徐々に回復はしている。 蛇と言う栄養のみなもとが入り込んだことで起きた変化だろう。
2022-05-08 00:24:50よかったことは、蛇が暴れている間に、赤い虫の奏でる警戒の歌が暗記できたこと。恋愛の歌もはっきりより聞こえるようになったこと。 耳?を澄ませているうちに、壁の模様、いや文字がくっきりしてきたように思える。
2022-05-08 00:26:44あれは楽譜と歌詞を一緒にしたようなもの。ではないだろうか。妙な話だが赤い虫が繁殖の季節に発する歌と対照しているように感じられる。 いや確信する。 壁の文字は多分そういうものだ。
2022-05-08 00:28:12入っている箱の内側にも同じ模様があるので指?というか感覚器でなぞりながら、ひとつひとつの音階や音調を把握するように努めた。何回も何十回も何百回も何千回も繰り返すうち、書き順みたいなものもあるのが薄らわかってきた。
2022-05-08 00:29:49季節が変わっている。つまり苔の匂いが薄れている。 箱の飾り穴の隙間から覗くと鰭蛇の骸はちょっとした苔の森になっていたが、それもだんだん枯れかけてはいるようだった。どうも繁茂し続けるには隠し部屋は湿気が足りないらしい。 そのうちからからにひからびてしまうだろう。
2022-05-08 00:33:13文字の並びを眺めて、頭の中で音色と一致させる。自然に曲が流れてくるようになるまで。感覚器で箱の中の模様もなぞりながら。 赤い虫はあまり歌わなくなってきた。また数が減っている。一匹一匹は太って、眠たげに天井をはい回る。
2022-05-08 00:38:00恋の季節にも音は強いがきれぎれにしか鳴かない。 少し寂しかった。ほぼ暗記していたとはいえ。 物音は絶えがちで、枯れた苔の森の苗床になっていた鰭蛇の骸が崩れるがさりという響きが随分大きく聞こえた。
2022-05-08 00:39:41