差別と闘い続けたウイルス研究者：共生ウイルス学の展開 第二回

ヨゴウヨシアキ @shingonkichi

➀ ４．永井美之教授時代〈助教授選考の開始〉渋田教授は任期途中、55歳の若さで永眠され、1993年に名古屋大学教授の永井美之先生がウイルス感染の教授に就任されました。私は、東京の職場や住まいの下見に上京された永井先生に面談する機会がありました。永井先生は「貴方に相応しい職場を探してあげ

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② ようと思うが、そのために君がどういう研究をやっているか知りたい。現在の君の研究について書いたものを用意してください」と言われました。一週間後に再び上京した永井先生に呼ばれて教授室に入ると、私が彼のデスクの上に置いてきた「私のJCウイルス研究」と題する文章を丁度読み終えたところ

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③ でした。永井先生は私たちのJCV研究に最高の賛辞を寄せてくれました。「君がこんな立派な研究をしていたとは全然知らなかった。論文のほとんどはPNASを始め、トップクラスのジャーナルに掲載されている。君を外に出すのなら、医科研として君を正当に評価した上で、外に出すべきだ。君の助教授選考を

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④ 直ぐ開始するように所長にお願いする」私は永井教授の言葉を聞いて、今までの苦労が報われる思いがしました。〈RFLP解析による世界中のJCVの型分類〉世界中のJCVの亜型分類のため、医科研グループでは、中国からの留学生、郭鏡君（通称、郭さん）が中国各地へ赴き、尿を取集しました。北村先生は

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⑤ 臨床医の立場を利用し、アジア、ヨーロッパ、アフリカの各地の尿を収集しました。私たちのグループの一員になった郭さんは尿検体から全長JCV DNAをクローニングし、得られた全長JCV DNAクローンを制限酵素断片長多型解析（RFLP解析）―DNAの塩基配列の違いを、制限酵素処理により生じる断片の長さの

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⑥ 違いに基づいて検出する方法（制限酵素は特異的な部位でDNAを切断する酵素）―により型に分けました。その結果、一部の例外あるけど、ヨーロッパのクローンはA型に、アフリカとアジアのクローンはB型に分類されました。丁度その頃、別のウイルス研究でアフリカのガーナを訪れていた京都大学の先生が

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⑦ 日本に帰国し、私が頼んでおいたガーナ人の尿検体を持ち帰ってくれました。郭さんがガーナ人の尿から得たJCVの全長クローン（計４クローン）に対してRFLP解析をしたところ、これらのクローンはA型かB型か判然としませんでした。そこで、ガーナの４クローンと幾つかの代表的なA型とB型クローンに対し

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⑧ 部分配列による分子系統樹を作成しました（私の記憶によれば、企業を辞めて東大大学院医学系に入学した杉本智恵｟敬称略｠の初仕事がこの分子系統樹解析でした）。作成された分子系統樹において、RFLP解析によりA型やB型と判定されたクローンはそれぞれ独自のクラスターを形成しましたが、ガーナの

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⑨ ４クローンはA型やB型のクラスターとは異なるクラスターを形成しました。こうしてJCVの新しい型（C型と命名）が確認されました。〈論文を専門誌に投稿〉私たちが得た知見をまとめた論文を米国科学アカデミー会員の大野乾先生へ送り、PNAS誌へ投稿をお願いしました。しかし大野先生から「検体の採取

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⑩ 地域に偏りがある。例えば、三大陸の境界領域である地中海地方からは検体が集められていない。北及び西アフリカも調べるべきだ」と指摘され、投稿原稿は返されました。大野先生に厳しく言われましたが、私たちの研究は、当時行われた、ゲノムの調節領域の構造に基づいたJCVの分類を、他のウイルスで

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⑪ 行われているように、JCVゲノムの全域に分布する点変異に基づく分類に改めることを提唱するものでした。そのため、私たちはこの件を報告する論文をイギリスのウイルス学の専門誌（J. Gen. Virol.）に投稿し、受理されました。論文情報は以下の通りです。Guo J et al. 1996. Geographical

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⑫ distribution of the human polyomavirus JC virus type A and B and isolation of a new type from Ghana. J. Gen. Virol.77:919-927。〈旧世界におけるJCV亜型の分布〉私たちは、尿検体の偏りを指摘した大野先生のコメントを正面から受け止め、空白地域からの尿検体の収集に挑戦しました。私は、

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⑬ 西および北アフリカ、中近東、東ヨーロッパ、西アジアの大学や研究機関に所属し、国際的な微生物学雑誌に論文を発表している研究者に尿収集の協力をお願いするファックスを送りました。協力の条件は ⑴ 尿収集の実費と送料（航空便）をこちらが負担すること、⑵ 解析結果を論文にする時は協力者

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⑭ を共同発表者にすること、⑶ 論文の投稿先はPNAS誌であることでした。資料として、本研究に関わる私たちの論文のリストを添付しましたが、その中に、PNAS誌に掲載されたばかりの論文も含めました。以上の努力の甲斐あって、アフリカではモロッコ、モーリタニア、中央アフリカ、スーダン、ヨーロッパ

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⑮ ではチェコ、ハンガリー、ロシア、西アジアではトルコから尿検体を得ることが出来ました。その後、北村ルートで得られたニジェール、モーリシャス、ギリシャの尿検体が加わり、新大陸を除いて、文字通り世界中から得られた尿検体からJCV DNAのIG領域（塩基置換が多い610塩基対の領域）をPCRで増幅。

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⑯ 増幅断片の塩基配列を決定し、得られた塩基配列を用いて、近隣結合法によって分子系統樹を作成し、系統樹の分岐パターンによって各JCVクローンの亜型を決定しました。塩基配列の決定と系統樹解析は杉本智恵が担当しました。〈改訂論文をPNAS誌へ投稿〉私は、明らかになった、旧世界におけるJCV亜型

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⑰ の分布を報告する論文を執筆し、原稿を米国科学アカデミー会員の大野乾先生に送りました。ところが、大野先生から「この論文は何の役に立ちますか」という厳しいコメントが送られてきました。一晩熟慮した私はハタと気が付いて、論文のタイトルを「尿中JCVのタイピングは人類移動の追跡に役立つ」と

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⑱ 改めました。このタイトルに沿って論文全体を書き直し、改訂稿を大野先生へ送りました。大野先生には改訂稿を大変気に入っていただき、自ら加筆して論文を魅力的なものにしてくれました。改訂稿は二人の専門家の審査を経て、1997年8月号のPNAS誌に掲載されました。論文情報は次の通りです。Sugimoto

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⑲ C et al. 1997. Typing of urinary JC virus DNA offers a novel means of tracing human migrations. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 94:9191-9196。なお、1997年12月に、ライバルのG.L. Stonerのグループ（筆頭著者、H.T. Agostini）がJCV進化と人類移動の関連を扱った論文をPNAS誌に発表しました。

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⑳ 幸運にも、私たちは彼らの発表より4か月早く同じ趣旨の論文をPNAS誌に発表できました。〈亜型の命名について〉JCVの型や亜型の名称について触れておきます。このことを昔の師匠である吉池邦人先生に相談したことがあります。吉池先生曰わく「どんな名前を付けても、他人には馴染みにくいものです。

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㉑ 他の人のことは気にせず、自分たちに都合がいい名前にすればいいのです」そこで、JCVの型分類にはアルファベットの大文字（A、B、C）を使い、亜型分類には以下のように私たちの都合で名付けました。具体的に説明しますと、先ずその亜型が主に検出される地域に因んで名付けました。Af1、Af2（主に

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㉒ アフリカで検出される亜型）、EU-a、EU-b（主にヨーロッパで検出される亜型）などがその例です。ところが、多様な民族が部分的に重なり合って分布しているアジアではこの方式が適用されませんでした。そこで、アジアのJCV株のほとんどがB型であることから、B型の亜型と言う意味で、B1、B2、B3とし、

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㉓ B1はさらに細かく分けて、B1-a～-dとしました。東アジアに分布する２亜型（CYとMY）はこれらが最初に検出された日本人のイニシャルに因んで名付けられました（CYは研究室でお世話になった叔母さんのご主人のイニシャルで、MYは私の母のイニシャルです。二人の尿提供者は「今は亡き人」ですが、彼ら

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㉔ から分離されたCY株とMY株は永遠に生きています）。また、中国南部と東南アジアに広く分布する亜型は最初にこの亜型が検出された地域である南部中国（South China）に因んでSC と命名されました。〈旧世界のけるJCV亜型の分布パターン〉図５はPNAS誌の原著論文の図に二つの修正を加えたものです。 pic.twitter.com/6laM81Km2d

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㉕ 第一の修正は、ユーラシア大陸に広く分布する亜型B1を地域特異性により４つの亜型―B1-a～-d―に分けた点です（この細分類は後に全長塩基配列による系統樹解析により支持されました）。第二の修正は、ヨーロッパに広く分布する亜型EUを二つの亜型（EU-a、-b）の混在として表現したことです。以上を