ルソー『社会契約論』の翻訳について(他の作品にも言及しています)

ルソーの翻訳、特に『社会契約論』の翻訳は誤訳の宝庫であり、その結果ルソーが人民主権を打ち立てたというこの本には書いていない話が広まっている。そこでルソーのフランス語原典をどう読むべきかをツイートしたものをまとめた。
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Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

実際、古い岩波文庫の平林初之輔訳『民約論』ではここの見出しを「強者の権利」としている。それが次の岩波文庫である桑原武夫・前川貞次郎訳の『社会契約論』では「もっとも強いものの権利について」になってしまっている。他の箇所の訳を見ても平林の方が全体的に正しく訳しているようだ。

2023-10-14 23:11:37
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ルソー『社会契約論』(対訳) hgonzaemon.g1.xrea.com/DU_CONTRAT_SOC… ルソーの社会契約論は現行翻訳書ではなく、フランス語から直接読まないとわからないので、かみ砕いた私訳によつて、第一巻の仏和対訳版を作ってみた。

2023-10-16 15:48:22
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

光文社版67p注七 利益の違いがなければ、共同の利益はいかなる障害物 にもであわない S'il n'y avait point d'intérêts différents, à peine sentirait-on l'intérêt commun, qui ne trouverait jamais d'obstacle 「ので、共通の利益に気づくこともない」が抜け落ちている。

2023-10-17 12:24:45
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ルソーの社会契約論をわかりやすく解説 mangadedokuha.jp/blog-column010/ 「ルソーの理想は人民主権による共和制国家です」 だが、社会契約論には人民主権という言葉はない。 主権はsouverain、人民はpeupleだが、 souverain du peuple peuple souverain souveraineté populaire どれもない。

2023-10-17 14:32:31
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

第一巻第七章「主権者について」でも、ルソーは主権を構成するのは各個人(chaque individu)であり市民(citoyen)であると書いているが、人民(peuple)であるとは書いていない。現代人はルソーの社会契約論のなかに自分の見たいものを見ているだけなのである。

2023-10-17 15:28:43
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

"人民主権説を説く彼は一面において、君主制の利益を説き、独裁官の必要をも認めているのである" 社会契約論(民約論) ジャン・ジャック・ルソー, 平林初之輔 もうこの序文から本文にはない「人民主権」という言葉が出ている。 a.co/gKSgNDx

2023-10-17 15:50:30
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

岩波文庫版62頁に、プラトンの『政治家』という本が出てくるが、そこに付いている訳注(二)を見ると、202頁にはプラトン『政治論』となっていて、"『法律論』とあるのは『国家論』"のことだろうと書いてある。本文の訳を『政治論』から『政治家』に変えたのに、ここは変わっていない。無茶苦茶である。

2023-10-18 09:07:28
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

岩波文庫版は第一巻第一章から変だ。 "ある人民が服従を強いられ、また服従している間は、それもよろしい。人民がクビキをふりほどくことができ、またそれをふりほどくことが早ければ早いほど、なおよろしい"(15p) 「早ければ早いほど」としたsitôt queは単に「するやいなや」である。

2023-10-18 09:28:34
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

「早ければ早いほど、なおよろしい」にこの訳者は人民主権論を読み込んでいるのだろうが、ここはそんな話ではなく、「力の論理でいくなら、それもなおよし」と言っているだけなのだ。

2023-10-18 09:32:26
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

その次の、 "人民は自由をとり戻す資格をあたえられるか、それとも人民から自由をうばう資格がもともとなかったということになるか、どちらかだから" にも人民主権論が入ってきてしまっている。さらに、ここも「資格」の話ではなく「力の論理ではどちらも正しい」と言っているにすぎない。

2023-10-18 09:39:23
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

こういうあきらかに冒頭から誤訳しており、注も無茶苦茶な本が何十年も新本として売り続けられているのだから、驚きである。しかも別の出版社から新訳が出たと思ったら、またまた「早ければ早いほどよい」(19p)なのだから笑うしかない。誤訳はこうして受け継がれるのである。

2023-10-18 09:47:13
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ルソーはプラトンの本の名前をson livre du Règne(統治)と書いているだけだが、日本の昭和初期の平林初之輔の翻訳ではすでに『政治家』となっている。『政治論』とした岩波文庫のここの訳注(222p)はC.E. Vaughanによる大正四年の注釈を訳したもので、時代遅れも甚だしいものである。

2023-10-18 18:08:29
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

そこでプラトンの『政治家』を読んでみると、ルソーはこの本を読みながら『社会契約論』を書いたことが分かる。 この序文の「王でない私人が政治の知識を持つこと」は259aにあるし、 二巻七章の第二段落のfait(行動)とdroit(理論)の対比は258e「行動のための知識」と「純知識」の対比と同じである。

2023-10-18 22:24:59
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

"カリグラが事実問題についてなしたと同じ推理を、プラトンは権利問題について、その著書 『政治家』のなかで"(岩波62p) 事実問題、権利問題と訳されたquant au fait, quant au droitは単に「行動に関して」と「理論的に」でしかない。この誤訳も新訳に受け継がれている(87p)。

2023-10-18 22:34:28
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

中江兆民『民約訳解』一巻一章の力の論理に従えばこうなるというところは、 夫(そ)れ民、強者の制するところと為り、已(や)むことを得ずして之に従うは、固(もと)より不可無(な)し。 一旦自(みずか)ら振抜し、蹶起して其の衡軛(こうやく)を破らば、則(すなわ)ち孰(たれ)か得て之を禦(ふせ)がんや。

2023-10-19 21:59:45
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

何となれば、彼れ其の初め、頼(よ)りて以て我の自由権を奪いしところのものは、独り威強ある而已(のみ)。故に我いま亦た我の威強に頼りて、以て之を復す。彼復(また)我に何の辞かあらん。 ここまでは訳せてるが、ここから話が逸れている。

2023-10-19 22:01:20
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

此(かく)の如くんば則ち是の邦国(=国家)なるものは、天下の党聚(=団体)の最も杌隉(ごつげつ=危険)として安からざる(=不安定)ものなり。曷(な)んぞ其れ然らんや。 力の論理では国が安定しないと。

2023-10-19 22:04:15
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

夫れ邦国なるものは凡(およ)そ党聚の類の法を取るところ。宜しく別に本づくところ有るべきなり。 国家とはそれ以外の団体の手本でないといけない。だから、力の論理ではない別の論理を持つべきだ。

2023-10-19 22:05:37
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

宜(よろ)しく此(かく)の如く之れ安からざるべからざるなり。然らば則ち邦国なるものは、果して何の本づくところぞ。曰く、此れ天理の自然に本づくに非ずして、民の相い共に約を為すに本づくなり。 こうして国家は安定を得なければいけない。その基は自然の理法ではなく民衆の約束によるべきだ。

2023-10-19 22:11:52
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

つまり、民約訳解は ou il est fondé à la reprendre, ou on ne l'était point à la lui ôter を訳していない。 人民が力で自由を取り戻したのは正しい、さもなければ人民から自由を奪ったのが間違いだったことになる。 この半過去étaitは仮定の結果だが、ここでみんなつまづいているようだ。

2023-10-19 22:39:47
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

かんたんフランス文法小辞典―2ページで早わかり amzn.asia/d/2oBRE3D 直説法半過去が条件法過去の代わりに仮定の結果を表すために使われることは、この本の139頁にも出ている。

2023-10-19 23:02:52
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

「人民が力で自由を取り戻したのは正しい、さもなければ人民から自由を奪ったのが間違いだったことになる」と似た言い方がすぐ出てくる。 「国王は神である、さもなければ人民はけだものということになってしまう」(一巻二章カリグラの言葉) これには出典があるので、この真意がわかる。

2023-10-20 11:10:11
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

「牛飼いなどけだものを飼って支配している者たちは、けだものではなくそれよりましな運に恵まれた人間さまだ。同様に、人間さまという最高の種族を支配する王である私は人間さまではなくその上の神さまなのだ」 つまり、あの選択文では、人民はけだものだとは言っていない事がわかる。

2023-10-20 11:20:52
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

それと同じように、 「人民が力で自由を取り戻したのは正しい、さもなければ人民から自由を奪ったのが間違いだったことになる」では、 「人民から自由を奪ったのは間違い(新訳では『根拠のないもの』)だった」とは言っていないのである。力の論理からすればそれも正しかったと言っているのである。

2023-10-20 11:25:38
Tomokazu Hanafusa/花房友一 @tomokazutomokaz

ところがカリグラの言葉も新訳は 「ローマ皇帝のカリグラはこのように推論し…皇帝は神であり、人民は獣であると、やすやすと結論したのだった」 と訳している。261pの訳注で引用されているフィロンからの出典の訳で、そうは言っていないことが明らかなのに(中公版訳もここは誤訳している)。

2023-10-20 11:40:14
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