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再発見される戦国武将の諱について

丸島和洋先生(@kurmacf )による戦国武将の諱に関する近年の動向のお話。非常に面白かったので、まとめさせて頂きました。 【追記】 豊臣時代の諱表記に関するお話を追加しました。
ログ 戦国時代 歴史 信濃真田氏 日本史 武田家 真田家
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MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
今回の調査成果を少しだけ。真田信繁(いわゆる幸村)の祖父・真田幸隆の実名は真田幸綱で確定。幸隆は江戸時代の創作、あるいは誤解。これはそのうち論文中で書こうと思います。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
さすがに真田のツイートは反響が大きいな。めちゃくちゃな取材の話に次ぐ感じ。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
真田幸隆の実名が幸綱であることは、一次史料から既に言われて来ました。ただ、蓮華定院過去帳に幸隆とあると『信濃史料』にあり、それが障害だったのです。この問題をクリアできそうな糸口を見つけた感じです。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
不思議でしょ?蓮華定院過去帳の内容を問題視するのに、蓮華定院に行ってきたって。この答えはいずれ論文で。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
戦国武将の名前になぜこだわるか。意外と間違って伝わっているのが多いんです。それも江戸初期の段階で。お祖父さんや父親の名前からして間違えて系図に記載されているのも珍しくない。これで何が困るかというと、武将の出した手紙や命令書が見つかっても、どこの誰だか分からなくなってしまうんです。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
その間違いが何故放置されてきたか。理由はふたつ。ひとつは家臣クラスの出した文書の残存数の少なさ。ようは調べようがない。もうひとつは家臣への関心の薄さです。大名だけみていけばよい、という風潮が長らく続いたのです。その弊害。結果、江戸時代の系図が鵜呑みにされてきたわけです。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
これは特に近世史研究者に顕著。なぜかより新しい系図を使う傾向が根強いです。これは記述が詳細だから。でも、一世紀以上たって詳しくなった内容って、怪しくありません?戦国期の研究者の間ではだいぶ改善されてきたのですが、でもまだまだです。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
もちろん、古い方が正確な事実を伝えているとは必ずしも限りません。これが史料を扱う上で難しいところ。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
ちなみに真田家の本来の通字は綱。海野棟綱、真田幸綱、真田信綱と続きます。ところが、長篠で信綱が戦死し、家督が弟の昌幸に移ったので、通字が幸に変化します。昌幸、信幸と。これが家の交代という現象です。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
非常によくありますね。ただ、地元の方が受け入れてくれるかはなかなか難しい問題のようです。地域によって温度差ありますが。 RT @toshiitoh: 某自治体史で原文書から名前を比定したら系図と全く違っていた。あまりに違うので地元で定着してくれるか心配。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
郷土の反発、これが一番厄介です。別に喧嘩売っているわけじゃないんですけどね。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
ちなみに、真田でもすでに反発はあります。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
それが真田幸綱はわずか半日。関心の高さが窺えますね。人気あるんだなー、やっぱり。例の企画、進めるか…
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
友人は年配の方から、最近の若者は一次史料ばかり使って系図や軍記を使わない、と怒られたそうですw RT @toshiitoh: なぜ系図より古文書や日記の記載の方が信用できるかを説明するのに一苦労。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
昨日の続き。なぜ江戸初期の系図で実の父親や祖父の実名を間違えるのか。現実問題として、日常生活で、実名を呼ぶ機会が少ない、というのが恐らくこの答えとなる。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
前近代の人間には実名の他に通称というものがあり、普通はこちらを使う。元服すると実名とともに定められる。太郎とか次郎といったもの。仮名と呼ぶ。官途や受領を与えられると、こちらを名乗る。左衛門尉や安房守といったもの。出世魚のように変化する。戦国期には、仮名→官途名→受領名が一般的。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
会話や書状において、実名を呼ぶことは基本的に失礼となる。実名を諱(忌名)とも呼ぶのはこのせい。だから近年の大河ドラマのように、実名で呼び合うのではなく、通称で呼び合うのが普通である。家族のように親しい間柄でも同様。ただ、このような場合は親しみを込めて元服後も幼名で呼ぶこともある。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
したがって、実名を耳にする機会、というのは意外に少ない、というのが実情となる。ましてや目上となれば、父上、とか、殿とか、御屋形様となる。もちろん本人や祐筆は、文書の署名の時に実名を記すが、それはまた別問題。これが、実名が間違われる背景となる。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
もうひとつ、戦国期から近世に入る段階で、直系相続ではなく、傍流による相続が入る事例が結構ある。こうなると、通字が変化する。昔の通字を棄て、新しい通字にあわせて、先祖の実名が作り変えられてしまう、ということは少なくない。これは自分が直系相続者であるという正統性のアピール。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
ちなみに仮名が幼名を混同している事例は多い。幼名は基本的に○○丸とか○千代といったもの。今年の大河ドラマでは平太(平氏の太郎)を幼名としているが、これは変。ただ、幼名がわかる史料は少ないのと、ややこしいので黙認されている。また、江戸になるとこの区別が曖昧になるようで、これも一因。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
正しい実名が判明した武田家臣の例。板垣信形→信方、馬場信房→信春、高坂昌信→香坂(春日)虎綱、内藤昌豊→昌秀、秋山信友→虎繁、小山田昌辰→虎満、小山田昌行→昌成、三枝守友→昌貞、諸角虎定→室住虎光、真田幸隆→幸綱、加津野信昌→昌春、笠原政堯→政晴、山本勘助→菅助…他にもいるかな。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
このうちいくつかはここ数年、戦国遺文の編纂過程で明らかになったものです。何故そんなにわからなかったの?というのはよく聞かれるのですが、家臣の出した文書は少なく、江戸時代の伝承がそのまま使われてしまっていたことが原因です。それで全文書を集めてみたらあれ?ということに。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
特に新発見が相次いでいるのが北海道です。明治に開拓で北海道に渡った旧臣が結構いるようなのです。上杉旧臣なんかはとりわけ多いですね。
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
旗本の調査も難しい。大名の家臣だと、藩の修史事業で系図が作られていたり、旧臣会が現在でもあったりするんですが、旗本はこれがない。今現在どこに住んでいるのか分からないんですね。これが新出文書がまだまだでてくる理由です。決してさぼっているわけではありません(笑)
MARUSHIMA Kazuhiro @kurmacf
あと、かなり早くから正しい実名が判明していても、一般に伝わらないことがよくあります。努力はしているんですが。なんとかなりませんかね、コーエーさん。
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コメント

ののまる @nonomaru116 2012年3月14日
支倉常長も実は「支倉長経」が正しいそうで。
無水月 @na_mitsuki 2016年2月2日
松平長親も長親と名乗った可能性は低いようですね。正しくは「松平長忠」。ただし、初期松平氏の通字が「親」であることは確かなようですが。
上野 良樹@C97サークル参加休みます @letssaga3 2016年10月10日
『信長の野望』『戦国無双』の影響力は大きい…。名前もそうですが、列伝も見てきたような嘘が書いてある人物がままありますから。作品が下るにつれ、少しずつ修正はかかっていますが、『戦国立志伝』は最新の考証がどれだけ反映されたのでしょうか(まだ戦国立志伝買ってません)。
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