津田敏秀著『医学と仮説』紹介

津田敏秀『医学と仮説―原因と結果の科学を考える』(岩波書店、2011年 Amazon: http://amzn.to/HMJZpw)の紹介Twのまとめです。  本書は、疫学や公衆衛生の視点から「因果関係とはなにか」「因果関係をどのように考えるべきか」を食中毒事件を例にとりあげながらわかりやすく解説したコンパクトな小著です。以下に引くように、著者は科学者や医学者の「要素還元主義」によって因果関係についての考察が軽視され公衆衛生対策が遅れたり不十分になったりすると主張しています。  前回紹介した『医学者は公害事件で何をしてきたのか』の主張と重なる部分も多く、福島原発事故による放射能汚染対策を考える大きな参考になると考えたため、具体的な食中毒事件について論じた箇所をまとめました。『医学者』とは異なり、この本は入手が容易だと思うので、興味をもった方はぜひお買い求めください。(あまり引用するのも気が引けますし...) 関連まとめ: 続きを読む
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dabitur @dabitur

読. 『医学者は公害事件で何をしてきたのか』の続編という感じ。『医学者』より論述は平易なので関心のあるひとはこちらを読むのもいいかも。津田 敏秀(2011)『医学と仮説――原因と結果の科学を考える』 (岩波科学ライブラリー) http://t.co/QWHqOzcQ via @

2012-04-04 18:49:48
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dabitur @dabitur

「科学に関する認識のずれは時間のずれとして現れる。その矛盾は疾患のアウトブレイクと呼ばれる病気の発生が急速に拡がり対策が必要な状況で、とりわけ観察可能である。*要素還元主義やメカニズムはどんなに狭い分野においても無限の探求を要求する」(津田敏秀(2011)『医学と仮説』:43))

2012-04-05 00:03:58
dabitur @dabitur

「〔それらは〕対策を先延ばしにする逃げ口上としても、なかば確信犯的に使われてしまう。医学研究者も行政担当者も、しばしば要素還元主義による病因物質等の判明や『メカニズム』の特定を科学そのものであると勘違いしている。専門家の勘違いが社会に反映し、社会の問題として現れてくる」ibid.

2012-04-05 00:05:26
dabitur @dabitur

「以下に紹介する事例や掲載しきれない他の多くの事例では、医学研究者や行政担当者は、要素還元主義的な結果がまるで必要条件であるかのように振る舞う。仮説と対象も具体的に考えていない。その結果、予防のために必要な原因への対策が遅れてしまう」(ibid., p.57f)

2012-04-05 00:06:11
dabitur @dabitur

「つまり、すでに判明している目の前の原因への対策を、要素還元主義が遅らせるという害作用になる。すると『科学の発達』により、皮肉にも対策が遅れる」(ibid., p.58)

2012-04-05 00:06:50
dabitur @dabitur

「病因物質名が分かったところで、原因食品や原因施設が分からなければ対策は実行できない。例えば1996年7月の堺市での腸管出血性大腸菌O157:H7による大食中毒事件では、病因物質が腸管出血性大腸菌O157:H7であることはすぐに分かったが、原因食品が分からなかった」(ibid.)

2012-04-05 00:08:10
dabitur @dabitur

「そのあげく法律で定められた調査分析も行われないまま、カイワレ〔が原因食品〕と発表されてしまった。*疫学調査の分析は、8月初旬の厚生省におけるカイワレとの発表以前には行われていない。*なお原因施設の一つが学校給食施設であることは当初から分かっていた」(ibid.)

2012-04-05 00:11:24
dabitur @dabitur

「1955年夏、6、7月頃から、岡山大学医学部小児科外来や岡山赤十字病院は、皮膚を黒くし、お腹がふくれあがって弱々しく泣いている乳児を抱えた母親でごった返した。これが約130人の死亡者、約1万3000人の中毒患者を出した森永ヒ素ミルク中毒事件である」(津田敏秀2011:59)

2012-04-05 00:14:27
dabitur @dabitur

「森永乳業は、同業他社との競争もあり粉ミルクの需要が増える中、製品に防腐剤を添加するようになった。その防腐剤として投入されたリン酸塩が食用のものではなかったために、不純物としてヒ素が混入していたのだ。*転売される過程で、いつの間にか食用に化けていたのである」(ibid.)

2012-04-05 00:15:15
dabitur @dabitur

「岡山赤十字病院では、早くから、患児の多くが森永の粉ミルクを飲んでいることに気付いていた。そして、このような患児のカルテには識別マークをつけ、外来では医師が患児の母親に対して森永の粉ミルクは飲まないように指導さえしていた」(ibid.)

2012-04-05 00:15:51
dabitur @dabitur

「それなのに、どの医師も、食品衛生法で義務付けられている食中毒の届出をしなかった。森永の粉ミルクを飲ませようとする母親がその危険性を知る機会は、ほとんどなかった。以下、当時の岡山大学小児科、浜本教授の手記から引用し整理して示す。」(ibid.)

2012-04-05 00:16:44
dabitur @dabitur

「八月一九日、岡山赤十字病院で患者が森永の粉乳に原因があるとして動揺していることを助教授から伝え聞いた岡山大学医学部小児科浜本教授は、事態が容易ではないことと思い、助教授に対し『確証のないことを周囲への影響を顧みず公言することは慎むべき』と戒めた」(ibid.)

2012-04-05 00:17:36
dabitur @dabitur

「助教授は『もちろん科学者の立場を考えて慎重に扱ってきて、教授へのご報告も差し控えてきたのですが、すでに粉ミルクに原因があることを相当疑っており、農薬でも混じっているのではないか』と答えた。しかし*教授は『農薬は神経症状が中心だからどうも違う様に思う』と意見を述べている」ibid

2012-04-05 00:18:39
dabitur @dabitur

「小児科の医師達は、随分前から粉ミルクに原因があると気付いていた。*にも拘らず、粉ミルクの中に何が混入しているのかとか、粉ミルクが腐敗しているのかとかを区別することが『慎重』であり、『科学者の立場』であると考えていた」(ibid., p.60

2012-04-05 00:19:28
dabitur @dabitur

「8月19日午後4時になり、森永乳業の徳島工場長と岡山出張所長が*来たので、助教授と共に、浜本教授は教授室で応対した。森永の工場長と出張所長の用件は、『岡山赤十字病院で森永の乳が悪いと言って患者が騒いでいるので、誠に迷惑に思う』との抗議のための来訪だった」(ibid.,p.60

2012-04-05 00:22:54
dabitur @dabitur

「教授は、『誠にもっともな事であり、けさその事を聞いて驚いた所だ。その様な性質の事柄を、証拠も挙らないのに他言するのは間違いである。岡山赤十字病院でそんな事を不用意に母親に言い渡すのは間違いではないか』と答えた」(ibid.)

2012-04-05 00:25:19
dabitur @dabitur

「〔他方、〕工場長と岡山出張所長に対しても、『私は今のところ、森永粉乳に原因があろうとは信じていない。しかし原因の所在が全く分らないのだから、これから何事が起るか分らない。あまり思い切った事を言うのは考えものだ』と忠告した」(ibid., p.61)

2012-04-05 00:25:38
dabitur @dabitur

「しかし、教授が粉乳とは考えていない事を知り、工場長と岡山出張所長は安心して帰った様子だったという。もし、その時もう少し真剣に粉ミルクの問題をとり上げていたらと、今にして考えると患者にも、森永にも誠に気の毒な事をしたものだと思っていると、浜本教授自身も述べている」(ibid.)

2012-04-05 00:26:48
dabitur @dabitur

「この*やり取りの中で、浜本教授は、『しかし原因の所在が全く分らないのだから*』と言っている。しかし、全く分からないのではない。原因食品は森永粉ミルクであると、ずいぶん前から教授自身も教室員も病院の職員も思っていたのだ。ここでも*要素還元主義が邪魔をしている」ibid.,p.62

2012-04-05 00:28:47
dabitur @dabitur

「この岡山大学医学部小児科教授の科学的誤りが教訓になることは全くなく、以降も現在に至るまで日本で同種の事件が何度も繰り返されることになる」(ibid.)

2012-04-05 00:29:43