ゴフマンがLNTモデルと集団線量を用いて放射線による公衆の癌死リスクを見積もった真意を、その著書からひも解いてみる。
集団線量を用いて公衆の被曝リスクを評価してはいけないという考え方があります。それは低線量あるいは極低線量領域の放射線が人体へ与える影響の不確実性によるというリーフさんとマキリンさんの以下のやりとりが大変参考になります。
http://togetter.com/li/238814
ただ「人間と放射線」を読んでいて感じるのは、ゴフマンは細胞レベルの発癌メカニズムから考察してLNTモデルの比例直線が極低線量領域まで成り立つという確信を持っていたという事と、不確実性を理解しながらあえて集団線量を用いていたのではないかという事です。
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- skull_ride
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影響評価をするのか、あるいはあきらめるのか
スカルライド
@skull_ride
(22)ちょうどかつての物理学者が、加速度を直接測定できなくても重力の法則を見つけ出すことができたり、きわめて微量な放射能を測定できる技術がなくても放射能の崩壊則を発見できたように、物理学以外の分野でも科学者たちは、まだ完全ではない測定結果を用いて妥当な普遍化をなしうる。
2012-09-10 08:31:25
スカルライド
@skull_ride
(23)放射線生物学に帰納的推論が使えないと言うのはたわごとである。それは放射線による個人や公衆の危険度の許容値推定を、この先1世紀も2世紀もひきのばそうとするようなものである。
2012-09-10 08:31:40
スカルライド
@skull_ride
(24)これに反しこの本では、たとえ不完全であっても有用なデータはすべて活用する。そしてデータの不完全さを補うため、いくつかの妥当な近似を行う。またデータがなければ必要な仮定も設けるつもりである。その際、何が仮定でどこが近似であり、何がはっきりした証拠であるかを明記する。
2012-09-10 08:31:54
スカルライド
@skull_ride
(25)もちろん長期にわたる追跡データ、および進行中の疫学的研究から新しい情報はどんどん取り入れなければならない。今後新しい証拠が出され、この本で用いたある種の近似は明確な証拠に、ある種の仮定はデータにとって代わられるにちがいない。しかしこの本の手法自体は引き続き有効である。
2012-09-10 08:32:11関連まとめ
まとめ
ゴフマンはなぜ放射線のリスク評価法として、絶対危険度より相対危険度を選んだのか?
ジョン・ゴフマンは著書「人間と放射線」の中で一貫して相対危険度あるいは最大1ラド当り過剰率を用いて放射線による過剰発癌リスクを評価しています。今回その理由を素人なりに考えてみました。
細かい誤差を避けようとして絶対危険度でリスクを評価しようとすると、あらゆる因子を正確に評価・分類し、必要なものを足し算で計算していかなければならない。しかし因子間の相互関係などもあり、その分類作業は困難を極めるでしょう。
一方相対危険度は、仮定や近似を用いて比例計算つまり掛け算でリスクを評価していく。少しの誤差が出ることは最初から覚悟しますが、計算が比較的簡便で致命的な誤差が出にくく、公衆の被曝リスクの評価には向いているということではないのでしょうか。
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