端的な受験の国語力

http://togetter.com/li/378597 の続きのまとめ 神すらも個人の意見とみなすと、日教組の公平教育になるが、真理という不可知が個人の妄想ではないわけで、受験は公平ではない。 続きを読む
人文 現代文 国語 国語力 教授法
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 脱構築テスト化する国語3 記号表象は実体ではない→難読化させテストする日本仏教性→マゾ化=現代思想化する高校生。 https://t.co/ezQtSUt9
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 脱構築化する現代文2 内面があるという思い込み=近代が、表象という仏教に転じる。そうした日本式ポストモダンを脱構築する身体と文字だけが、客観的国語テストの出題方法となっている。 https://t.co/OP6Xc2OY
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 脱構築テスト化する現代文1 記号論を脱構築する出題、国語テストの客観法の限界点。ネット世代に悪意を読み込むメディア世代を脱構築する東大問と早大問。 https://t.co/JBmfB7fg
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 現代思想の唯一の発見物である性を機械論で捉えるとBOT化してしまうらしい。性化する現代思想を脱色する国語の難読化。 https://t.co/K5nhnP49
@Tomohokubo
大本先生はどうしようもなく論理的なのですね、、、そして、詩人なのです、、、言葉や概念の配置positionをつなぎかえることで音楽しはってるcomposeのです。。。"@sunamajiri: わたしはどうも、言葉が布置にみえるようで、ジャーゴン同士の布置を探求するのが、子供
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
史的に分りやすくいうと、たとえばヘーゲルやカントの大時代に、小説とか身体化というジャーゴンが布置として台頭していないのです。その結果、身体や小説が何だか分らなくなる、という(実存的な)混乱が現代思想に見えます。@sunamajiri @Tomohokubo
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
わたしはどうも、言葉が布置にみえるようで、ジャーゴン同士の布置を探求するのが、子供の頃から大好きなのです。実体をオイディプスと布置すると、現象化が小説と必然化するとか。もっというと、言語化は身体化なので、実体の身体化が小説だ、とか。@sunamajiri @Tomohokubo
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
おお、といっても実体・言語・現象・国語という用語の布置を探っていただけです。オイディプスを実体と捉えると、それを現象化するのは小説だけなので、小説テストが端的に国語の客観テストの方法になった、という話でした。https://t.co/4BZDSPm9 @Tomohokubo
@Tomohokubo
大本先生いつも刺激くれてありがとう(^-^)/"@sunamajiri: ツイートまとめ@FB(^-^)/ 小説が読めなければアンチオイディプスになる。だから日本では小説の客観テストが国語になった。オイディプスを現象化するのは小説。小説だけが現象を言語化している。ゆえに現象を測定
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 小説が読めなければアンチオイディプスになる。だから日本では小説の客観テストが国語になった。オイディプスを現象化するのは小説。小説だけが現象を言語化している。ゆえに現象を測定する国語は小説を手放せない。 https://t.co/4BZDSPm9
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 機械論では無意識が証明されず、アンチファルスはアンチオイディプスからはみ出す文学性? しかし、日本的自然主義は、ユダヤ文学批評からはロマン主義に回収されてしまう。S君の文学モラルのアンチ精神分析学。 https://t.co/aBnaqyXm
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
自己ではなく他者を去勢したいリビドーというのは、アメリカ脱構築派文学批評界からは、おそらくロマン主義と呼ばれる。しかしなぜか日本の自然主義にとってはサディズムにみえるようだ。@sunamajiri http://t.co/xVtRQyNp
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露光啓太 @KeitaRoco
@sunamajiri 女性を真理と云う発言は男根中心主義からのものとは云えません。真理とは中心的価値のことです。恐らくこれは認識論が発達してからの物語でしょう。女性は常に意識され続けています。肉欲についてギリシャは頗る寛容でした。日本も同様…ただ天皇制は変容してしまいました♡
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
その点で、https://t.co/UUh2sipq 批評は死んだ言葉という蓮見的な言い方が、詩ではなく批評を書くのは、際限なく言葉に拘泥していて女々しい。批評が死んだ言葉に見えるのは詩ではないから、というだけ。彼の批評で言葉への耽溺が治癒するとも思えない@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ですね。女性のことを社会が分からないので書かされたのが女流文学というか。国語は臨床制度といいましたが、制度化したものには訳がある。ここでは国語では女流文学が問えないという制度ですが、女流文学には自分を離れる治癒は書かれていないのです。メンヘラになります。@KeitaRoco
露光啓太 @KeitaRoco
@sunamajiri 卓見だと思います。女流文学で分かるのは基本的には女性のことばかりです。女流文学を読まない限り女性のことは充分には分からないということです。他にあてになるとすれば革命の解析か数学の定理ぐらいのものだと思います♡
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
女性は自分を語り、男性は自分でないものを語ろうとする。どちらが言葉に拘泥した自分から離れる能力なのかは単純に明白。だから結果として男性筆者の出題文、とくに評論ではそういう傾向になる。あくまでも、言葉に捕われた子供たちの、自己治癒能力を教育しているのだから。@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ツイートまとめ@FB(^-^)/ 文の世界を混濁させる読みは、どう指導すれば正常な読む=運動になるか? https://t.co/RnqNevJl
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
言語の身体化https://t.co/tWWhCkB4 にとって読む=運動とは現象学特有の用語でいうと、読んでいるその都度、文の世界が現れるといった程度のこと。読後に知識が増えるのではなく、読んでいる時だけ現れる世界。これが読めるということだが混濁しやすい。@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
おそらく、生徒の読む=運動を中断させてまで、指導者が説明や注釈を入れるべきか、という疑問も、現代文で出題される文とは?という疑問と表裏だろう。何のために出題される文なのかを指導者が分かっていなければ、生徒の読む=運動は妨害され、単に読めなくなるだけだ。@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
このように国語のテストは、知らないと言わせないためにあるのではない。たとえ既読でも、自分で読む=運動をさせる。この言語の身体化というのは現象学の論点になるが、それを実践させる文が、紛れもなく出題しうる条件の文なのだ。それは既読でも再読に耐える文だろう。@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
出題されるのは、生徒が知らない文なのだろうか? 既読の文ではカンニングになるのだろうか? もちろん出題できる文の条件は、そうした知る知らないという点にはない。学校のテストでは授業で既読の文でテストされる。逆に初見であるはずの入試問題も既読かもしれない。@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
さっきの生徒さんの疑問https://t.co/pdn5Wxeh から考えると分かりやすい。彼女の疑問は単純で、国語は言葉が通用するかどうかのテストか?というのと、それなら自分たちに通用しない「知らない」言葉をテストされているのではないか?というもの。@sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
さて、国語はどんな文でも出題できるわけではない。出題も大変だが、出題される文は、想像を絶する集中力をかけた文。どんなに控え目にいっても、読者や解答者は遠く及ばないのが書き手だ。だからといって、国語は知識題ではない。この均衡が出題の範囲であり方法。@sunamajiri
@Tomohokubo
またまた集中力がきれますだ ~_~;"@sunamajiri: 生徒は、出題文も出題も、たいした代物でないと嘗めてるのだけど、集中力の塊だからねー(^-^)/ @Tomohokubo …はやくも集中力がきれますた f^_^;"@sunamajiri: もしるん? (^-^)/ @
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