意見から理念に転回する国語教育

国語教育批判ツイートまとめの続き。 欧化ではなく漢化し、日本近代文学の解体以降、哲学の分析学と現象学のジャーゴンで埋め尽くされた国語教育。なぜこんなことが起こるのか? 意見と理念。日教組は意見の個人主義化、あるいは真理の個人意見化にこだわる。神すらも個人の意見だからだ。しかし、これでは真理という不可知すらも個人に帰属する妄想ということになる。 続きを読む
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烏賀陽 弘道 @hirougaya
欧米の人たちとディベートやシュミレーションをコロンビア大学院で繰り返してみて気づいたのは、彼らは「組織の遂行目標に逆行する可能性の検討を歓迎する」ということでした。失敗の可能性、現実が願望通りにいかなかった場合の選択肢の検討。これらは政策立案を磨くからです。日本は完全に逆でした。
Nori @bgnori
組織・共同体が神なのか。「空気」?! RT @hirougaya @araijumpei ・・ 西欧的にいえばindividualism は「神から切り離された人間を前提にした世界観」なのですが、日本では「組織や共同体から切り離された人間を前提にした世界観」になります。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
そうそう。欧米人は神から自由。だから個人は神を背負わされない。しかし、日本の共同体内個人は、個人が意見を宣べると、個人が神を含む全責任を負わされてしまう。それでは何も生産的な議論はできないですね。同感です。@hirougaya personal takerばっかりです。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
神を切り離す術なんて日本にないからね。村から切り離されると、無限責任負わされて人格攻撃されるんだから。しかもだからこそ原因は共同体や同調圧力ではなく、神から個人を切り離す術を持たない、という方よね。(^-^)/@hirougaya 共同体から切り離された @araijumpei
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
だから、私の現代文では最初に、個人とは村からではなく、神から自由になることだ、と命題を示しますよ。日本の国語教育がコミュニケーションより哲学的なのも、神から自由な個人を読解させるカリキュラムになってるからなんですが。@hirougaya @araijumpei
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
現代文という教科も、同調圧力から自由になることが本当の自由か、という話ばかり。神から自由になるのが個人だというのがないから、日本人の書くものはそればかり。私のツイートもそればかりになるのよww(^-^)/ @bgnori @hirougaya @araijumpei
無神論bot @Atheist_JP
「人格神というのは、私にとってまったく異質なもので、あまりにもナイーヴにさえ見える」 ― アルバート・アインシュタイン
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
ちなみに東大当時からメルロ研究するたびに発狂して、精神科で強い薬打たれるたびに、どんどん統合失調になってしまった男子が、3年前私の一言で再発、私を神だと言い残して、ずっと入院、いまや薬漬けでも統合されず廃人なのだが、私が言った一言はたしか、あんたプラトニックね(^-^)/
烏賀陽 弘道 @hirougaya
「あなたに悪意があるとは思わない。しかしあなたは人間なので真実とはちがうものを発言しているかもしれない。なので私は質問してそれをより真実に近づける」という作業をquestioningといいます。この文化も日本にはありません。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
「真実は神様しか知らない」という「人間の限界」(不可知性)が前提にないので「真実」という言葉の定義が曖昧なのです。なので「人間も真実を知りうる。なので、真実と違うことを言うのは、あなたに悪意がある」という妙な誤解が始まります。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
よって「あなたは真実ではないことを言っているかもしれないので、真実に近づくため、質問します」と質問をすると「おれに悪意があるというのか」と相手は取ります。怒ります。それが怖くて質問をしなくなります。そして沈黙の連鎖になるのです。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
私はフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語など西欧キリスト教文化圏のほかの言語を知りません。ほかの言語でも「God knows the truth. 本当の真実は神様しか知らない」という思考はビルトインされているのでしょうか。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
あるいはロシア、スラブ系の東欧のキリスト教文化圏 でも同じ発想なのであろうか。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
あまりの残酷、悲劇、不条理が起きると、人間は「あれは自分と連続性のない世界のできごと」と「異化」しようとします。自分と同じ人間と考えると心的苦痛に耐えられないから、という防御でしょう。フクシマもそうなりつつあります。   @raizou_nanashi
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
回心のプロセスが物語化されない日本ですものね。@hirougaya 「真実は神様しか知らない」という「人間の限界」(不可知性)が前提にないので「真実」という言葉の定義が曖昧。なので「人間も真実を知りうる。なので、真実と違うことを言うのは、あなたに悪意がある」という妙な誤解が始ま
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
それが同調圧力に変化してるんでしょうね。@hirougaya 「あなたは真実ではないことを言っているかもしれないので、真実に近づくため、質問します」と質問をすると「おれに悪意があるというのか」と相手は取ります。怒ります。それが怖くて質問をしなくなります。そして沈黙の連鎖になる
烏賀陽 弘道 @hirougaya
「真実は神様だけが知っている 」という思考はキリスト教文化に属さない私にも容易に理解できます。 人間が認識するものは全て主観にすぎないからです。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
主観をいかに多数積み上げても、真実に近づくことはできても真実そのものに到達することはできません。真実は「神様の領域」にあるのです。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
その意味で、キリスト教文化は人間の真実への態度では謙虚です。認識の主観性、相対性が前提にあります。
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
カエルさんも神掛かってきましたね。この話(日本人が真実を捉え違える)という話をしはじめると、神掛かるんですよーw(^-^)/ @hirougaya 主観をいかに多数積み上げても、真実に近づくことはできても真実そのものに到達することはできません。真実は「神様の領域」にあるのです。
烏賀陽 弘道 @hirougaya
そんなことないです。西欧哲学の本をちょっと読めばすぐわかる。私の取材経験でも「結局人間は真実に到達することはできない。ただ主観だけがある」と思い至りました @sunamajiri
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
取材でというのも説得力あります。子供たちに読解を学ばせていても、人間は真実ではないから、という救済になることが良くあります。@hirougaya 西欧哲学の本をちょっと読めばすぐわかる。私の取材経験でも「結局人間は真実に到達することはできない。ただ主観だけがある」と思い至りまし
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
リーマン予想に失敗した大数学者が、自分の美観に負けて、リーマンの直感である素数の美に到達しないで、素数は無意味だと暴言を吐きますよね。真理を自分たちの主観的な美観で捉えた所で負けている。@nakagawasun 素数が重宝しているのと関係があるのかな?
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
素数はπと等号になるオイラー積や、自然対数eと等号になるガウスの無限論、そしてリーマンのゼータ関数まで、直感的に美的なのだと思うだけど、リーマン予想を解こうとして失敗した数学者は、それらの直感は醜悪だといいますよね。人間と神の戦いね。@nakagawasun
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri
@hirougaya さんが、神=真理を前提しないで、主観=真理となり、個人になりきれず同調圧力になる、という話をしていて同感なのだが、では日本人がそれで何が出来ると思っているかが気になるところ。もちろん何もできないのだが、実際には神に代る真理を追い求めているってことだからね。
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コメント

生シャル @Namaiki_C 2012年9月24日
真実を知りうると豪語する無神論者が忌み嫌われるのもわかりますわ。そしたらほとんど無神論に近い所のある仏教はどうなるかしら
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