〔AR〕その22

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その21前半(http://togetter.com/li/395383) 続きを読む
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BIONET @BIONET_

天蓋のついた贅沢なベッドに彼女の姉が埋もれていた。うつ伏せで、服はこいしから無断借用したままのものだ。ベッドに目立った損傷はないようだが、これは姉の精神がぎりぎりで逃避できる場所を守ろうとしたのかもしれない。 「お姉ちゃん」 後ろ手でドアを閉め、こいしは姉を呼んだ。変化はない。

2012-11-02 20:37:11
BIONET @BIONET_

距離が遠いか。意を決して、こいしはベッドにまで歩み寄り。 「お姉ちゃん」 改めて、姉を呼んだ。 「うっく……こいし?」 枕に突っ伏していたさとりが、軋んだ玩具のように顔を上げた。 こいしは息を飲む。

2012-11-02 20:38:44
BIONET @BIONET_

さとりの顔は、幾筋もの切り傷とひっかき傷で血みどろだった。その上を今なお大量の涙が伝い、子供がふざけて口紅を塗りたくったような有様だ。

2012-11-02 20:39:15
BIONET @BIONET_

ベッドは少女二人が乗りかかってもなお大きい。こいしは靴を脱いでベッドに上り、さとりの手を取った。 べとりとした感触。見れば、本来ならたおやかであるはずの白い手も赤く染まっている。鏡を叩き割っただけにとどまらず、多くの物を壊し、己の顔面にさえ爪を立てた、その末の姿だろうか。

2012-11-02 20:40:05
BIONET @BIONET_

「ああ……ごめんね、こいしの服、汚しちゃったね」 どうでもいい。もはやこの服は破棄せざるを得ないだろうが、それを惜しんで何になる。 「ごめんね。帽子も……落としてなくしちゃった」 どうでもいい。確かにこいしはどの帽子もお気に入りだが、それを恨んで何になる。

2012-11-02 20:40:31
BIONET @BIONET_

「お姉ちゃん……」 いったい何があったの? と続けようとしたが、さとりの方が先に言葉を紡いだ。 「お姉ちゃんね、やっぱりだめだったの。だめだってわかってたはずなのに、それでも好きになってもらおうとした。でも、だめだったの」 独白だった。しゃくりあげながら、か細い涙声で。

2012-11-02 20:40:55
BIONET @BIONET_

「こいしには、口ではいつもああ言ってたけど、ほんとは私の方がそうだったんだね。小説を書いていたのだって、それを発表していたのだって、文通していたのだって、みんなに受け入れてもらいたかったからなの」 「……」

2012-11-02 20:41:19
BIONET @BIONET_

「きっと、こいしが羨ましかったんだ」

2012-11-02 20:41:28
BIONET @BIONET_

ぼそりと、さとりがつぶやいた言葉がこいしに刺さる。 痛い。胸が痛い。本当に心臓にナイフを刺されたように。 いつしかこいしが胸の内に抱いていた、姉に対する罪悪が、今ここで発露した。

2012-11-02 20:42:13
BIONET @BIONET_

自分は暗い地の底で机に向かってる間、妹は日の当たる大地の上で楽しそうに遊んでいる。その現実に、何も思わないわけがないだろう。 「ああ、でも違うの、こいしは悪くないの。私が間違っただけだから」 だがさとりは優しいため、こいしを心配することを優先させた。こいしも、それに甘えていた。

2012-11-02 20:43:16
BIONET @BIONET_

こいしはかつて、さとりが恐れられてることを理不尽に感じた。さとりだって、きっと受け入れられるはずだと言った。だがこいしは、自分こそそう述べる資格がないのだと思う。さとりが求めてやまないものを享受する自分が、さとりを勇気づけたところで何になるのか。

2012-11-02 20:44:55
BIONET @BIONET_

「お姉ちゃんは、こわいこわい、覚り妖怪だものね」 「お姉、ちゃん」

2012-11-02 20:45:14
BIONET @BIONET_

上半身を持ち上げたさとりの胸元には第三の目がある。それも表面をずたずたに切り裂かれていた。もっともそれで心の目が閉じられたわけではない。未だ、さとりは他者の心を読みとることができるだろう。 だが、このままでは、さとりもまた心を閉ざしてしまうかもしれない。

2012-11-02 20:46:01
BIONET @BIONET_

心を閉ざせば、心を読めるから嫌われる覚り妖怪でなくなり、みんなと仲良くできる……。 (違う) それがよいなどと、こいしは口が裂けても言えない。言ってはならないことだった。

2012-11-02 20:46:19
BIONET @BIONET_

こいしは今まさに理解した。心が読めなくなったことを初めて後悔すると共に、覚り妖怪が心を読めなくなる本当の不都合というものを知ったのだ。 何よりも近しい存在の心をわかってやれないこと。同族の苦しみを分かちあい、痛みを和らげてあげること。今の自分にはどうあがいても無理なことだった。

2012-11-02 20:46:51
BIONET @BIONET_

すなわち、こいしが勇気を借りてまで直面しなければならない現実とは。 傷ついた姉を見ることで、己の無力さを自覚することだったのだ。 「妖怪は……人間に怖がられて……当然だもん……ね……」 「……お姉ちゃん……」

2012-11-02 20:47:22
BIONET @BIONET_

こいしはさとりを引き寄せた。泣きはらした姉の顔を胸元に乗せる。そうして、強く、固く、さとりの小さな肩を抱きしめた。

2012-11-02 20:47:43
BIONET @BIONET_

「こい、し…………ぅうあああぁぁぁぁぁ!!」 堰はもう切られていたはずだが、今度こそ致命的な緊張の線が途切れた。 「あああぁぁぁあああああぁぁっ!」 「……」

2012-11-02 20:48:01
BIONET @BIONET_

あらん限りの絶叫で泣き喚くさとりを、こいしは瞳を閉じて、ただかき抱いた。乱れに乱れた紫の癖毛を撫でる。 こいしの頬を、さとりとは対照的な、静かな涙の筋が伝う。

2012-11-02 20:48:31
BIONET @BIONET_

ふと、遠い昔のことがこいしの脳裏によぎった。覚えているのも不思議なくらい昔の話。まだ姉妹が、今よりももっと子供だった頃。 ベッドではないが、何らかの敷物の上に二人で座り、向かい合ってじゃれあったり、遊んだり、喧嘩したり、泣きあったり。

2012-11-02 20:48:59
BIONET @BIONET_

確かなのは、姉妹はずっと一緒だったことだ。二人で一人、一人で二人。そう言えるくらい、離れることなく寄り添っていた。 それが解れてきたのはいつのころか。単純に、こいしが心を閉ざしたことが契機とは言えない。

2012-11-02 20:49:18
BIONET @BIONET_

ただ一つ。さとりの心は折れてしまった。これを直すことが自分にできるか。誰かにできるか。わからない。 さとりが何故ここまで傷ついてしまったのか。こいしは当初、話を聞こうとした。だが、もはやさとりに語らせることはできまい。故に、詳しい事情もわからない。

2012-11-02 20:50:19
BIONET @BIONET_

わからない。わからない。 こいしには、何もかもがわからなくなっていた。 ただできることは――その程度のことを、「できること」などと認めることも苦しかった――さとりの気が済むまで、泣かせてあげることだけだった。

2012-11-02 20:51:19
BIONET @BIONET_

その夜、二人は溶け合うように、強く、強くお互いを抱きしめ、一つのベッドで眠った。さとりは泣き続けながらも徐々に眠りに落ち、こいしはそんな姉の傷だらけの寝顔を見ながら、まどろみに沈んでいった。

2012-11-02 20:52:00
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