2012年12月30日

「あの時」 を学ぶ 

第2回東日本大震災心理支援報告研修会 公開講座 http://www.jsccp.jp/jpsc/pdf/20121222senta_higasinihonhoukoku.pdf 「あの時」 何があって どう乗り越えたのか。 体験しなかった人達へ、残しておきたい記録。
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~私たちは研修会の形で東北を応援しつつ学びたいと思います~

主催 日本臨床心理士会 村瀬嘉代子 東日本大震災心理支援センター長

hiroki @hirokiharoki

村瀬先生:スクールカウンセラーのべ三千人派遣。各県からも。医者と共に。緊急支援を。現地にカフェ。一人一人への関わり。

2012-12-23 20:07:40

石巻赤十字病院から 石橋悟 石巻赤十字病院救命救急センター長

hiroki @hirokiharoki

石橋先生:石巻赤十字病院。津波災害。今は海はとても綺麗になった。漁業関係者、魚に期待。職員ごとに異なる被災状況。それでも一緒に仕事をしなければならない。個々の状況に応じた勤務。

2012-12-23 20:12:46
hiroki @hirokiharoki

休み休みでないと出来ない人もいる。家族亡くして、仕事をしていないとやっていられない人も。病院、移転していた。海岸から4.5キロ。水は来たが大丈夫だった。免震構造が大きかった。助かった。

2012-12-23 20:16:05
hiroki @hirokiharoki

市立病院、診療不能に。女川町立病院、海抜二十m、しかし水没。雄勝町。すずりで有名。日本産の九割。病院職員亡くなった。残った病院、石巻赤十字病院。患者集中。幸い、重症患者は少なかった。なんとか持ちこたえた。津波に飲まれた方は殆どが亡くなった。

2012-12-23 20:21:16
hiroki @hirokiharoki

ゆずや他の歌手の方々。慰問コンサート。すごく良かった。その時の写真。職員も良い笑顔で写ってる。皆がぜんヤル気をを取り戻した。一日十台以上の救急車。直後から二週間目。身体的精神的ストレス。いつまで続くのか。食事も睡眠も取れなかったが気合で乗り切った。

2012-12-23 20:26:46
hiroki @hirokiharoki

平時と変わらない内容。日常診療の大切さ。黒エリア。遺体安置。最初、毛布だけ。暫らくしてバッグに入れてあげられた。平時と異なる業務。ご遺体と日頃あったことのない人たち、調子を崩した。事務の人とか。看護学生が小学校へ避難した。

2012-12-23 20:31:18
hiroki @hirokiharoki

看護学校、津波直撃。思いがけないこと。避難住民に、診療行為を期待された。家族と連絡取れない辛さ。学生なのに色々期待されてそれも辛かった。後に病院へ移動。大変だった。経験自体は貴重だった。後に生かすこと。

2012-12-23 20:35:19
hiroki @hirokiharoki

沢山の患者。こなしきれない。支援。応援チーム。ホワイトボードに方言の通訳。宮城弁の対応表。現場の状況と合わないことも本人はすごく良い提案だと思って言ってくれてる。例:全員に破傷風の予防注射を。一万人が避難中。足りない。咳が多い→結核の検診を全員に。救護チームは数日でいなくなる

2012-12-23 20:40:58
hiroki @hirokiharoki

目的の異なる救護活動。混乱する現場。ここに支援に行きたい。希望とのズレ。支援の態度ガソリンを用意してくれ→規範を作った:燃料、飲料水、食糧などは自己調達が鉄則です

2012-12-23 20:44:48
hiroki @hirokiharoki

救護班。元気もらった。→避難民は、元気吸い取られてる? 不要な論評。必要な実行力。支援の難しさ。内容とタイミング。患者以外の対応。殺気立つ住民。心が折れる職員。マスコミ対応。積極的に情報を発信して現状を伝える。

2012-12-23 20:48:57
hiroki @hirokiharoki

自殺企画。アルコール中毒。精神的ダメージの対応。の健康管理、心のケア。臨床心理士、支援精神科医。

2012-12-23 20:51:04

地域包括支援センター上席技術主幹兼主任保健師 高橋晶子 南三陸町ベイサイドアリーナ避難所の経験から

hiroki @hirokiharoki

高橋先生:南三陸町ベイサイドアリーナ。病院。津波で流されてゆく人を見た人々。閉じ込められた人々。自分も流されるのではないかという不安。体育館。自然発生的に救護活動が。避難した人が寝泊まり、すぐ脇に遺体安置所が。

2012-12-23 20:55:38
hiroki @hirokiharoki

てんでんこと言うが、地震で戸が空かなくなった時自治会長さんが助けに来てくれた。逃げるのしんどいと一回は断った。お願いだから俺の言うこと聞いてくれ。助かった。命の恩人。日頃からの関係大事。住民台帳も何も流された。

2012-12-23 20:59:00
hiroki @hirokiharoki

中学生から大人まで。中学生が服を脱いで、人間カイロだと称してあっためてくれた。ずぶ濡れになり、泣きながら、高齢者を高台に運んだ。殉職した人の奥さんが毎日オニギリ何かやっていないと私が崩れてしまいそうだから。

2012-12-23 21:02:52
hiroki @hirokiharoki

昼も夜もなく仕事が続いた。通信手段がなかった。南三陸にはベイサイドアリーナしかなかった。雑魚寝。やがて、高さ三十センチぐらいの敷居が出来た。これだけでもホッとした。

2012-12-23 21:05:50
hiroki @hirokiharoki

やがて物資がきた。物が入った途端、心の溝あんなに助け合ったのに住民トラブル。水が無い。一ヶ月二ヶ月。顔をウェットティッシュで。段々爪の間が真っ黒になってゆく。ブルーシートのトイレ。穴掘って木を置いただけ。寒い。入ってるのが外から見える。

2012-12-23 21:09:54
hiroki @hirokiharoki

オニギリ、ぱん、オニギリ、パン、お汁粉、ポテトチップ。栄養のバランス。生活習慣病のリスク。ミーティングの場所もない。一日中、まるで動かない、ぼーっとしている人の増加

2012-12-23 21:12:39
hiroki @hirokiharoki

食べてる脇で長靴で並んでる瓦礫処理してきた人々。衛生面の問題。お椀も足りない。使い回し。何故みんな、あんなにただぼーっと座っているの? 目立った。気になった。食事水与えられるだけ。考える事できなかったのかなぁ。気持ちの動き少ない。体操しましょうと声をかけた。何人か参加してくれた。

2012-12-23 21:17:30
hiroki @hirokiharoki

ある避難所。ワカメをボイルするタンクで風呂。役割を持って動く事の大切さ。支援は、全部が全部必要だったのか。ボランティア受け身になってしまう。今、この時期に必要なもの。

2012-12-23 21:20:15
hiroki @hirokiharoki

生活保護を何年も受けてた人。ところが、炊き出しで避難所で食事を切り盛り。大切なこと。誰かのために年取っても役割がある事。生きる力になっている。支援のあり方。カフェあづまーれ。

2012-12-23 21:23:07

仮設住宅:地域の回復・復興における健康管理 ~震災から復幸への取り組み~ 洞口祐子 釜石市保健福祉センター保健福祉部健康推進課保健師

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コメント

hiroki @hirokiharoki 2013年1月1日
まとめ有難うございます。重苦しい気持ちに浸ってしまいそうで今まで再読を避けてたような気もします。お陰で再度読み返すことができました。
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袋小路茶犬 @fukubrowndog 2013年1月8日
ををを、小早川先生、こんなところに。
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20miglia @20miglia 2013年1月8日
読みながら、避難生活を自分が体験したら、こういうところで心に変調をきたすのではないか、とか、自分の役立ずさに死にたくなってしまうのではないか、などの不安が湧いてくる。編者さんの「学びにしてください」という思いをなんとか受け止めたいのだが。
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hiroki @hirokiharoki 2013年2月4日
Made English version. http://chirpstory.com/li/50008 英訳版を作りました。
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hiroki @hirokiharoki 2014年5月26日
関連:震災から3年経って、福島宮城岩手を中心に心理方面の中長期支援に関する情報/日本トラウマティック・ストレス学会 2014年5月17日-18日参加時のメモ http://togetter.com/li/671581
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