東海道中膝栗毛 三編 上
- KumanoBonta
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喜多がオヤジに掴みかかったところで、ようやく弥次が止めに入った。 弥次「喜多八、もうその辺でやめておけ。とっさんも気が強い男だな。もういいから行きな」 ふくれっ面をしているオヤジを行かせ、喜多八をなだめる。 頭 (図)に乗って 喜多八に今 たたかれし 薬鑵頭の 親父へこんだ
2013-05-21 19:39:11再び歩き始め、瀬戸川を越え志田村、大木の橋を渡り、瀬戸へ着く。ここは立場で、クチナシを使った黄色い染飯が名物だ。 焼物の 名におう瀬戸の 名物は さてこそ米も染め付けにして 尾張瀬戸と同じ地名であることから、焼物の染め付けと染飯をかけている。
2013-05-22 19:33:12町はずれの茶屋で、さっきの田舎オヤジが休んでいた。オヤジは弥次喜多の二人を見つけ、 オヤジ「よお、さっきは失礼しましたな。私も少し酔っていたので勢いで食ってかかってしまったが、あんたが取りなしてくだすったからひどいことにならずに済みましたわ」 弥次「いやあ、こちらも悪かった」
2013-05-22 19:33:18オヤジ「お礼に酒のひとつでもおごりましょう。ささ、こちらへ」 弥次「いやいや、俺たちはさっき飲んできたばかりだから」 オヤジ「そうでしたか。しかし、それでは私の気が済まない。どうかひとつ飲んでくだされ。おーい、うまい酒を持ってきてくれー」
2013-05-22 19:33:25喜多「あの、お気持ちはありがたいんですが急ぎますので。さ、弥次、行こう」 オヤジ「なんだ、強情な人だなあ。そんなこと言わずに付き合ってくださいよぉ」 オヤジは強引に二人の手をとって引きずり込んだ。二人も酒が好きなだけに断りきれず、ついに一緒に飲むことになった。
2013-05-22 19:33:33弥次「じゃ、お言葉に甘えますか。喜多、せっかくだから一杯やっていこう。しかしおやっさんの奢りでは申し訳ないな」 オヤジ「そんなことは気になさらずに。おーい、酒と肴を持ってきてくれー。そうだ、こんな店の端に座ってるのもなんだし、奥の座敷へ行きましょうか」
2013-05-23 19:33:03店員「どうぞ、奥が空いていますよ」 店員はちょうど運んできた銚子と盃を奥の座敷へ持って行き、三人も中庭を回って、奥座敷の縁側に草鞋を履いたままであぐらをかいて座った。 弥次「さ、おやっさんもどうぞ」 オヤジ「では私がお先に毒見をしましょう。おっと、はいはい。さ、お若いのもどうぞ」
2013-05-23 19:33:09喜多「俺は腹が減ったんで酒より飯がいいです」 オヤジ「そうか、じゃあ飯を食いなよ」 喜多「いややっぱり先に酒にします。この吸い物はなんだ? あ、畳鰯のせんば煮か」 せんば煮とは、たんざくに切った大根と塩魚を煮こんだものだ。
2013-05-23 19:33:16喜多「なんだか普段食べてるものと変わらんな。もっと名物的なものはないのか。次はカボチャのゴマ汁かサツマイモの胡麻和えあたりが来そうだ」 弥次「そう悪くもないぞ。この海老を見ろ、反りかえって新鮮だ」 喜多「海老は腐ってたって反りかえってるよ。おやっさん、さあ飲んで」
2013-05-23 19:33:21オヤジ「いやいやお兄さんこそもう一杯。もうすぐ肴も来ますよ。おーい、料理はまだかー」 店員「はーい、今お持ちしまーす」 ようやく店員が、椀と焼魚を持ってきた。椀には、芋、蓮根、蒟蒻、鳥肉などの汁物が入っている。
2013-05-23 19:33:27オヤジ「やっと来たぞ。お、こっちは卵豆腐だ」 弥次「鶏が卵を産むのを待ってたから料理が遅かったんだ」 喜多「こりゃ新鮮な魚だ、美味いぞ」 オヤジ「いやあ、先ほどは私もついカッとなって言いすぎました。申し訳ありませんでした」
2013-05-23 19:33:33弥次「おやっさんもいい人だ。喜多は強がりばかりで、本当はそれほど意気地があるわけじゃないんですよ」 タダ酒だからと次から次へと飲みまくり、やがて店の台所からいろいろ持ち出しては、さらに飲み続ける。食事も出てきて、弥次と喜多は申し訳ないと思いながらも喜んで膳についた。
2013-05-24 19:38:00オヤジ「いやぁー楽しい楽しい。うぇ~、ちょっとトイレに行ってきますよっと」 席を立った。 喜多「おい弥次よぉ、おまえのご馳走、少し俺に分けろよ。俺があのオヤジにイチャモンつけたのがキッカケなんだ、分け前が多くてもいいだろ?」
2013-05-24 19:38:06弥次「バカ言え。誰がよこすかよ。おい、あのオヤジが戻ってこないうちにもっと飲んでおこうぜ」 喜多「この茶碗についでくれ。おおっと、サンキュ。あ~いい気分だ。きたさの讃岐の金比羅♪たかが高瀬の船頭の子じゃもん♪押さえてどーする♪それじゃんじゃーん♪」
2013-05-24 19:38:13弥次「ちゃんかちゃんか♪切った松の木丸太のようでも♪妻と決めたらかわいいよ~♪あそれちゃんかちゃんか♪」 すっかり酔っ払って宴会が始まっている。いい調子でご機嫌だったが、やがてオヤジが戻って来ないことに気がついた。
2013-05-24 19:38:19弥次「あれ? あのオヤジのヤローどうした」 喜多「ずいぶん長いな、腹でも壊したか。おーいお姉さん、ここで一緒に飲んでたじーさんを知らないか」 店員「先ほど表のほうへ行かれました」 弥次「え、どういうことだ。ちょっとおかしいぞ」
2013-05-24 19:38:26待てども待てどもオヤジは来ない。しびれを切らしてトイレまで見に行くがいない。 喜多「お姉さん、さっきのオヤジはここのお勘定して行きました?」 店員「いえ、まだですよ?」 弥次「え…」 喜多「まさか…」 弥次/喜多「うわーっやられたーっ!!」
2013-05-27 19:52:18喜多「くっそ!くっそ!あのオヤジ許さねえっ」 あわてて表へ飛び出すが、時すでに遅し、どっちへ逃げたかもわからない。オヤジはこの辺りの人間なので土地勘もあり、脇道からとっくに遠くへ行ってしまったようだ。 喜多「弥次ぃ…ダメだ、逃げられた…」
2013-05-27 19:52:24弥次「あきらめるしかねえな。おまえ、ここの支払いしろよ。もとはと言えばおまえが原因なんだかんな」 喜多「えぇー、俺だけ損するのかよぅ。ちっくしょう、すっかり酔いが醒めた」 弥次「次郎どんの犬と太郎どんの犬と、みんなさーめたー♪」 喜多「なんだそれ」
2013-05-27 19:52:30弥次「油買いに茶買いにー、油屋の前で滑って転んでー、油全部こーぼしたー♪の唄だよ」 喜多「おやっさん、いくら」 店主「12,000円です」 喜多「いちまんにせんえん!? 仕方ない。悪徳商法に引っかかったと思ってあきらめよう…」 弥次「あのオヤジもなかなか考えたな。感心するよ」
2013-05-27 19:52:35ごちそうと おもいの外の 始末にて 腹もふくれた 面もふくれた 喜多「俺が痛い目に遭ったときのお前の歌は秀逸だわ」 ありがたい かたじけないと 礼言って いっぱい食った 酒のごちそう 田舎者だと侮り、鼻をへし折られた反省をこめて喜多も詠んだ。
2013-05-27 19:52:41島田宿
江戸から五十二里二町四十五間 (204.5 km)
店を出て歩き始め、大井川の手前、島田宿に到着する。 川越の人足が二人に声をかけてきた。 川越「いかがですか、どうぞこちらへ」 弥次「おにいさんは川越か。二人でいくらするんだ」
2013-05-28 19:37:16川越「今朝川止めが解除されたばっかりっすからね、今日は水が多くて肩車ができないんですよ。蓮台なんでちょっと高くなります。お二人で10,000円」 弥次「いやいやいや、高すぎるわ。越後まで連れてく気か? 10,000円はいくらなんでもないだろーが」
2013-05-28 19:37:23川越「じゃあおいくらでしたら出していただけます?」 弥次「いくらもすりこ木もねぇよ。自分でいくぜ」 川越「はははっ、流されますよ。2,500円いただければお寺へお運びしますよー」 弥次「けっ、土左衛門になると決めつけやがって」 商談を切り上げ、二人は川越受付を通すことにした。
2013-05-28 19:37:30