「独白~新選組隊士たちのつぶやき 第一章 斎藤一~明治二年五月~越後高田謹慎所にて」
往来で刀を抜くなんて、初めてだったから・・・、みっともない話だけど、舞いあがってしまってたんだと思う。自分に斬る気があったのか、なかったのか、そんなことも覚えてはいない。でも、気が付いたら相手が自分の足元にころがってた。死んでた。 どうしよう。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:08:02早朝で見ていた人は少なかったけれど皆無ではなかった。だから此方に非がなかったという証は立てられるだろうと思った。 我に返って、一応優雅に隠し止めはしておいた。だから、決して血迷ったあげくの刃傷沙汰ではなく、武士同士の尋常な果し合いだったという主張も出来たと思う。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:10:53だけど、相手が悪い。大身の旗本なのだ。こっちは貧乏御家人の次男坊だ。とてものこと、まともにこちらの言い分が通るとは思えない。ぐずぐずしていたら、父上、兄上にまで迷惑がかかると思った。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:12:17逃げるしかなかった。早々に、江戸を離れるしかなかったんだ。 試衛館のみんなに挨拶する暇もなく、俺は江戸を発った。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:13:18俺は京へ行った。京にある父上の知人の道場で、暫くの間、師範代をさせて貰うことにした。 面白くなかった。 道場主、悪い人間ではないんだけど、何となく、そりがわないというか・・・。 試衛館での生活が楽しかっただけに、余計につまらなく感じたんだと思う。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:14:50俺は、一月でそこを飛び出した。 勢いで飛び出してしまったけど、知合いのいない京で一人、どうやって暮らしていくか? 気が付いたら、やくざの用心棒に、そして自分も命を狙われる身になっていた。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:16:04請われるままに人を斬り、また、降りかかる火の粉を払うがごとく人を斬った。 生きる為に、食うために、俺は人を斬りつづけた。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:17:16そんな暮らしも、やがて一年になろうとしていた。 その頃になると、もう、人を斬っても、何の感情も湧かない。それほどに、俺の心は荒んでいた。ふと我に返り、そんな自分を空恐ろしく感じることもあった。だけど、そんなふうに自分のことを顧る回数も、だんだんと減っていった。#試衛館の青春
2013-05-15 18:19:14ただ、当たり前のことだけど、女子供には手を出さなかった。かたぎの町人を痛めつけたこともない。俺の心のどこかにある試衛館での楽しい思い出が、これをすれば人間じゃなくなるっていう行為の一歩手前で、俺を踏み止まらせてくれていた。何かそんな気がするんだ。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:20:45だけど、そんなことは、何の自慢にも、何の慰めにもならなかった。 自分では手を下さないだけで、仲間のやくざ達のすることは、黙って平気で見ていたんだから。 平気? #試衛館の青春
2013-05-15 18:23:25最初は平気なんかじゃなかった。「やめろ」って止めていた。だけど、俺の言うことなんか聞く奴等じゃない。こっちは食わしてもらってるっていう負い目があるから、腕づくでもってわけにはいかない。黙って見ているしかなかった。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:24:26俺は顔を背けた。目をつむった。目の前で起こっている無残な出来事からだけでなく、心に持っていた武士の誇りからも目を逸らせた。 自分がどうしようもなく情けないやつに思えた。悔しかった。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:26:04でも、その悔しさもだんだんと薄れて、やがて消えていった。俺はそんな日常に慣れた。そして、いつしか、平気だと感じることもないくらい平気になっていた。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:27:02その頃だった。近藤さんたちの噂を聞いたのは。 #試衛館の青春
2013-05-15 18:28:01俺は、たまらなく懐かしくなって、壬生を訪ねたんだ。 試衛館のみんなは、昔と変わらぬ笑顔で迎えてくれた。 でも、俺のほうが変ってた。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:04:01その時の俺は、もう、総司や平助とガキみたいに戯れる事は出来なくなってた。それに、年上の人達に甘える事も。 俺は、いつもみんなとちょっと離れた所から、黙って、みんなのことを眺めてた。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:05:00そんな俺に、土方さんは 「ピン、大人になったな」 って言ってくれた。 そして、それから、いつも一人前に扱ってくれた。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:06:11俺はそれが嬉しかったし、誇らしくもあった。 負け惜しみでなく、みんなに可愛がられている総司と平助を羨ましいと思ったことは一度もなかった。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:07:49俺は土方さんが好きだ。 江戸に居た頃の土方さんは、よく気が付いて、面倒見のいい兄貴って存在だった。女の口説き方なんかを得意になって話してくれたりしたもんだ。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:08:56近藤さんや山南さんの目を盗み、酒に女に博打、悪い遊びの一通りは、土方さんから手解きをうけた。もっとも、酒と博打は、土方さん、あんまり得意じゃないみたいだったけど・・・。俺も博打の才能はなかったけど、酒では、すぐに土方さんを凌いでしまった。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:10:05近藤さんや山南さんは、おとなって感じで、話す時なんか、ちょっと緊張した。特に山南さんに呼び止められたりしたときは、 俺何か叱られるようなことしたかなあ。 って、まず考えた。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:11:27面白いことに、それは土方さんも同じみたいだった。あの二人、歳は二つしか違わないのに。土方さん、しょっちゅう山南さんに説教されてた。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:12:40ガキ大将がそのまま大きくなった。 そういう言い方が、江戸にいた頃の土方さんにはぴったりだった。 そんな土方さんには、どんなことでも打ち明けられたし、どんなことでも相談できた。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:13:46でも、京で再会した土方さんは、昔とは違ってた。仲間への気配りは相変わらずだったけど、京の治安のため、新選組のためなら、どんな非情なこともやってのける。鬼の副長になっていた。 だから、土方さんは孤独だった。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:15:01殊に、山南さんの脱走・切腹からは、試衛館時代からの仲間達とも距離を置くようになっていた。 新選組の闇の部分を全部引き受けて、一人、悪者になっていた。 カッコ良かった。 #試衛館の青春
2013-05-16 18:16:13