二次大戦の頃の実戦における剣術の扱い

日中戦争とか太平洋戦争の頃の、実戦における剣術の扱い(というか効果)ってどうだったのかしらん、というのが少し頭に浮かんだので、少し書いたところ、面白い話を聞けたので、軽くまとめてみたり。
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神無月久音 @k_hisane

おお…もう…。それでいて「(敵軍より)白兵戦・精神力で勝る」とか言ってた訳ですから、「お前は何を言ってるんだ」状態です喃。 @tsukasafumio そもそも帝国陸軍の歩兵操典に射撃法や手榴弾投擲法は記載されてますが、白兵戦闘術は記載されてない @hino_katuhiko

2013-08-02 10:20:23
神無月久音 @k_hisane

「精神力で勝れば技術や装備の劣位をカバーできる。というかむしろ上回れる」という趣で砂。@tsukasafumio 銃剣の間合いに突っ込まれた敵は戦意を喪失する。ゆえにそこに持ち込むための組み立てが重要なので、刀や銃剣の使い方は決定的な問題ではない@hino_katuhiko

2013-08-02 10:27:07
神無月久音 @k_hisane

そう言わざるを得なかった台所事情もあったであろうとはいえ、でもやっぱそれは(アカン)としか。「仕方ない」がいつの間にか「かくあるべき」になってるってのはgkbrです喃。まあ、現代だってそこかしこで続いてるわけですが…。「気合で腹は膨れん」というとこで砂。

2013-08-02 10:31:25
神無月久音 @k_hisane

まあ、この辺は「ひもじい、寒い、もお死にたい。不幸はこの順番で来ますのや」という言葉が全部な気が。とりあえず「いややったら食べなはれ」であり、個人レベルならともかく、組織レベルで食えんのを気合がどうとか言ってる時点で終わってま砂。 http://t.co/SQF2xR7aAL

2013-08-02 10:58:19
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司史生@減量中 @tsukasafumio

そう単純な話でなくて、この件について操典はむしろ合理的なのではないかと思うのですね。 RT @k_hisane @hino_katuhiko おお…もう…。それでいて「(敵軍より)白兵戦・精神力で勝る」とか言ってた訳ですから、「お前は何を言ってるんだ」状態です喃。

2013-08-02 14:26:06
司史生@減量中 @tsukasafumio

@k_hisane @hino_katuhiko 陸軍の考える白兵戦・精神力とは、敵兵の戦意を奪い、指揮統制を麻痺させ、組織的抵抗を崩壊させる心理的衝撃力であって、個々の敵兵にチャンバラで勝つことではなかったのです。

2013-08-02 14:31:25
司史生@減量中 @tsukasafumio

@k_hisane @hino_katuhiko 陸軍の白兵精神主義というのはあくまで近代歩兵戦術、単純化すれば敵の機関銃をどうやって潰すかという方法論なんです。だから軽機関銃や擲弾筒、大隊歩兵砲といった最前線で運用する直接火力の充実に熱心だったのです。

2013-08-02 14:41:04
神無月久音 @k_hisane

なるほど。だとすると奇襲が話題に出るのも納得で砂。 @tsukasafumio 陸軍の考える白兵戦・精神力とは、敵兵の戦意を奪い、指揮統制を麻痺させ、組織的抵抗を崩壊させる心理的衝撃力であって、個々の敵兵にチャンバラで勝つことではなかったのです。@hino_katuhiko

2013-08-02 14:39:21
神無月久音 @k_hisane

戦国時代ですら、個々の武芸の技量は、戦において特に重要視されてなかった訳ですから、それより300年以上後の旧陸軍が、個々の技量を取沙汰するような退行をするのも変な話ですし喃@tsukasafumio @hino_katuhiko

2013-08-02 14:48:26
神無月久音 @k_hisane

「白兵戦」の意味が、単に手の届く距離での戦闘のことだけでなく、より幅広い範囲を指してる訳で砂 @tsukasafumio 陸軍の白兵精神主義というのはあくまで近代歩兵戦術、単純化すれば敵の機関銃をどうやって潰すかという方法論なんです @hino_katuhiko

2013-08-02 14:53:39
司史生@減量中 @tsukasafumio

日本軍の突撃を単純にイメージ化すると、戦国の剣豪が突進してくるんじゃなくて、忍者が集団で襲来するようなものです。 RT @k_hisane @hino_katuhiko なるほど。だとすると奇襲が話題に出るのも納得で砂。

2013-08-02 14:43:45
司史生@減量中 @tsukasafumio

@k_hisane @hino_katuhiko もちろん剣術や銃剣術は重視され競技会も盛んに行われたのですが、それは基本動作として叩き込むレベルのもので、ことさら戦術の中に有機的に組み込む必要は認めなかったということでしょう。

2013-08-02 14:56:23

補足資料

神無月久音 @k_hisane

【歩兵操典の注釈書「改正歩兵操典の新研究」(文武書院・1929)】 http://t.co/DsMYqcxtG0 こないだの旧陸軍における剣術の扱いの話で出てきた、歩兵操典の注釈書が近代デジタルライブラリにあったので、メモとして。突撃や帯剣についても項目が確認できま砂。

2013-08-16 02:42:23

歴史的な流れから見た話

司史生@減量中 @tsukasafumio

日本陸軍の精神主義が極端に現われるようになったのは、満州事変後に皇道派の荒木貞夫が陸軍大臣となった時代。それまでの通称「陸軍」を「皇軍」と言い換え出したのも荒木である。

2013-08-02 15:04:16
司史生@減量中 @tsukasafumio

皇道派の精神主義は(後で神がかりにいっちゃった例もあるけど)、それなりの論理的必然があった。皇道派には小畑敏四郎など作戦や戦術に秀でた者が多く、軍政家の多い統制派とは一種対称をなす。

2013-08-02 15:06:54
司史生@減量中 @tsukasafumio

第一次大戦で、とにかく近代戦は物量戦であることが判明した。そのために総力戦のできる体制を作ろうとしたのが統制派。皇道派はどうせ物量戦はできないのだから、短期決戦に賭けようという志向。

2013-08-02 15:10:01
司史生@減量中 @tsukasafumio

皇道派は予算を装備の近代化ではなく、兵力それ自体の拡充を志向した。緒戦で敵陣を歩兵の大群による奇襲で叩き、そのまま押し切るという考え方。そのため歩兵には頭数と、浸透戦術を遂行する質が必用になる。

2013-08-02 15:12:47
司史生@減量中 @tsukasafumio

浸透戦術は、個々の兵士が自己の判断で敵の配備の隙を見つけ、穴をついていく判断力と自発性が求められる。判断力は日本の高い中初等教育で養成されたが、自発性については高度な目的意識を維持し続ける必用があり、精神面の動機づけが重視された。

2013-08-02 15:16:46
司史生@減量中 @tsukasafumio

歩兵による短期決戦思想の破綻はノモンハン事変に明らかだ。限定的な国境紛争を歩兵の奇襲戦術で押し切ろうとして、近代兵器の前に惨敗した。けれども失敗したとは言え、皇道派の精神主義はただの空疎な観念論ではなく、軍事的必要によるそれなりの論理性があったからこそ影響力を有したのだ。

2013-08-02 15:25:52
司史生@減量中 @tsukasafumio

陸軍の「精神主義」に神がかり的狂信が後年憑りついていったのは否定できないが、その端緒には論理的脈絡のある思想だったここから言えるのは、精神主義は非合理ではなくむしろ錯誤した合理主義の産物としても現われるということである。

2013-08-02 15:40:33
司史生@減量中 @tsukasafumio

いっけんその脈絡が不明なものに「非合理」のラベルを貼って封印して安心しまうことは、錯誤した合理性への無警戒を露呈するかもしれない。より警戒すべきはそういう「狂った合理性」なのではなかろうか。

2013-08-02 15:46:39
ちていのき @baritsu

歩兵操典は歩兵の動かし方の原則で、個別の部分はまた別にあって、白兵戦も剣術教範(9年以後)の方に異種白兵、格闘訓練、夜間剣術、接近格闘といった実戦的な事が載っているんだけど、みんな見ないのよね

2013-08-02 17:55:31
日野カツヒコ @hino_katuhiko

@tsukasafumio @k_hisane 白兵のお話ありがとうございます!白兵の戦闘法のお話は兵藤二十八氏の有坂銃でのお話ぐらいでしか知りませんでしたので大変勉強になりました。戸山学校で指導していたという剣術などもあまり普及していなかった印象の答えはそこにあったんですね

2013-08-03 01:14:01