【シューニャリアーナ享受論】感想、評価とその基軸

基軸のない批評は出来ない だが、基軸が恣意性を含み透明化する脅威とは戦わなければならない 良し悪しの評価と、性質分析の評価が重複し飛躍してはならない 結局はあなたがどう思うか、見た人間が、享受した存在者がどのように強度を説明するかが問題となるのだろう
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難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

ただこの違和感重大な矛盾がある。それだったら僕はつまらんとか面白くないとかこんなのあっちゃアカンとか言う感想を持つはずがないのにゃ。

2013-08-26 18:49:16
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

でもどうやら持っている。その時、それがどこに担保されたモノだったりするのかー、っていうのは、意外といい加減な気がする、というそういうことぢゃ。

2013-08-26 18:49:45
既読 @gai_doku

@L_O_Nihilum どんな言説でも自分を媒介にせずに発することはできないのですが、自分の視点を定めずに発言するからブレるわけです。言ってることが右往左往する人にもなにかを評価することはできますが、その人の評価にはなんの価値もないでしょうね。

2013-08-26 18:50:10
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

ただ、そのためのヒントは最初の方で言った気はする。基準を見つけるヒントかというとちょいと違うかもしれないが、例えば、その作品を見た後、評価が幾種類かあるわけですね。で、評価は評価としてあり、当人の一定のフラットなものさしではかられた結果として、当の評価あるいは感想があると。

2013-08-26 18:51:13
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

その評価は良い点も悪い点も、(ちゃんと書けるか書けないかは仕事や個人の差があるから置いておいたとしても)やっぱり一応一定量あるわけだ。

2013-08-26 18:53:09
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

例えば昨今のまとめで、ガッチャマン超つまらんかった、っていうなんの根拠のない感想ひとつにしても、剛力押しがあった、とか言っていて、それは彼当人にとっては欠点として書かれていても、それは同時に剛力ファンの人には良く見える、という可能性を意図せずに言ってるのと同じことだと言えるでしょ

2013-08-26 18:54:08
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

必ず何か言う時、良し悪し言う時、それが良くなる場合や、良く映っちゃう場合、ってのは言明のなかにうっすらと、「意図」を外れて現れてしまう(痕跡と言ってもいい)。そして、そうした一定の良し悪し、を記述した評価、があると。

2013-08-26 18:55:39
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

記述した評価があると、それは「じゃあこうすれば(私は/或いは世の中の評価は…などでも可)お話はもっと安定した」等と言う事が必ずあるわけよね。これは、本床さんの例にしても、林君の例にしても両方ともあった。

2013-08-26 18:56:57
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

というか、<痕跡>というのはそういうもんだ。なんか命題化したもんがあるからにゃ、その命題が示すものがさらに意味を引き繋いで行っちゃって、裏ッ側で別の事柄を抱えてしまう。そしてその抱えたものを追いだせない(それを示すことを脱構築というんじゃ)。

2013-08-26 18:57:58
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

だから、必ずなんかの「評価」をするってことは、同時に「提案」を含んでしまうわけで。

2013-08-26 18:58:15
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

んで、僕がフラット性に疑問を持つ一つの違和感の原因はその性質にある気がするのです。即ち、例えばもしそのような提案が当作品にもし適用されたら、これがこれとして享受されることはなくなるだろうし、今こうしてあそこにあるアレとしての評価、が出来なくなるじゃんか?って言う。

2013-08-26 18:59:19
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

つまりこれはどういうことかというと、「そう書かなかったからにゃ、作者にはそれなりの意図があったんでしょ(これが想いによるものか、創ってくときの手法や没にしたとかいう事情や社会的事情等かってのはどれも有りえる)」ていう所を無視してお話理解するの止めちゃうんじゃないの、ていう事なのだ

2013-08-26 19:00:58
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

もっとひらたーく、今言ってる小難しい事を略して言うんなら、 『いや、これで重要なところはソコじゃないんじゃね?』っていうのが的確に存在する、という事です

2013-08-26 19:01:34
既読 @gai_doku

@L_O_Nihilum それは当たり前で、90点のテストにマルバツつけて返したって「その通りに直したらそのテストは100点になっちゃうからその評価は無意味」みたいなことを言う人はいないわけです。

2013-08-26 19:02:03
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

(というか、今の意見は結構危険で、今の言い分からするといかにも「お前あの作品のこと世界で一番解ってんのかwwww」みたいな反論のたたき台の対象になってしまうというところがあるのだ。てか、自分は、そのような反論をされること自体なんだか変な感じがする。)

2013-08-26 19:02:51
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

(RTと関係ないです→)(つーか、自分が一番解ってるんだったら感想なんか書かないっつうの。これ読んでもらったら解る人必ず1人以上自分以外にいないからには言語化はしないよw。うーん…そこじゃない気がするぞ自分。)

2013-08-26 19:04:46
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

つまり、僕自身の違和感として、実は「自分のなかにあるフラットなものさし」という存在は、結構懐疑的だと言う事だ(最初からそう言え)。…いや、最初からそう言えとか…それが問題じゃねえんだけどな。じゃ基準は?のヒント探し中だだまっとれぃ。

2013-08-26 19:05:48
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

『いや、これで重要なところはソコじゃないんじゃね?』 コレの要素。つまりなんか作品に関して言われたときに、そこが抜けてるとかそこが足りないとか言われたときに、ソコ追究しても仕方ない部分なんじゃ?ワガママとして浮いちゃう部分なんじゃ?ってのが、感想と作品の間から出てくる。

2013-08-26 19:07:04
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

そういう「ヘンな間」が享受者と享受対象の間にあるなあ?っていう、そういう事なのだ(勿論、この「ヘンな間」の有り無しを感じ取るチャンネルも、知識の有り無しだったり立場の有り無しだったりで変わることがあるが)。

2013-08-26 19:07:58
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

例えばこれに関して、「客観的評価」の場合は、一切なんとも思わないか、評価されたそれを評価するときのヒントにしかしない。客観的評価とは、本床さんが言う意味でのフラットな評価のことではない。多分むしろ「総合的評価」って言った方がいい。

2013-08-26 19:09:05
既読 @gai_doku

@L_O_Nihilum コーヒー飲むときに香りを重視する人と香りなんてどうでもいい人がいて、どうでもいい人に「このコーヒーは香りが」って言ってもそら「どうでもいいんじゃね?」ってなりますわな。

2013-08-26 19:09:52
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

綜合的評価は、最終的に、その作品のどこが評価されて、どんなふうに位置付けられてるか、とかそういうのが、全部まとまって共有財産化されてるモノの事だと思う。歴史化されてる、とか言ってもいいのかな。勿論、それがされるためにゃ相当問題点もよかった点も精査される必要があるが。

2013-08-26 19:10:27
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

綜合的評価のやってるそういう仕事は、実は僕が評価をするときにはどうやらどうでも良い。そいつがそれ固有の価値みたいなもん持ってるかどうかって言うのは総合的評価には書かれない。固有の価値があるとされた、ってことがせいぜい書かれるだけなんですもの。

2013-08-26 19:12:39
難題の預言者、悉若無@いりやらさんどるあはれなり @L_O_Nihilum

ただ、評価するときにそこを見落としちゃうと、コレこの先一切みえなくなるんざねえの、っていうエリアがどっかあって、僕はどうやら、それを見つけるかどうか、ってとこから、基準を探してるっぽいのね。

2013-08-26 19:14:42

こういうの知ってるやつしか楽しめない
というレベルが相当高い場合を除いて基本的にそう。

基本的に作品が人によってつくられる場合
人になにかを伝えようとして作られる
(テーマとかメッセージとか思想かどうかは分からない、思想であること、伝達であることを拒む作品も存在する、けれどもなにか得るというのは変わらないし、もしそれが自己目的化されないのであれば、享受する側が見る、という行動を取れないと言うことになる)

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