ジャック・ウォマック『ローラの日記(4月分その1)』(山本ニュー訳)
「どしたん?」 「なんでもない」 キャサリンはぜったいにわけを言わないだろうなとあたしは思った。それからステレオつけたけど、音がすごく小さかった。お父さんはどんな物音がしてもおこるし、お母さんもそうだから、キャサリンはいつもじっとしてるみたい。 #RASV 0583
2013-09-07 14:57:20床にピン落としたら、ほかの部屋にも聞こえるんじゃないかなってくらい。糸が張りつめてるってこういう状態のことかな、と思った。 それからベッドにすわって二人でセヴンティーン・マガジンを読んだ。キャサリンはページめくって「この服好き?」とうるさいくらい聞いてきた。 #RASV 0584
2013-09-07 15:04:12キャサリンが聞いてくるのは、ほとんどハダカみたいなビキニとか、黒皮のカウボーイ・パンツとか、銀のアイシャドウとか、そういう頭おかしい人みたいなファッション。 「たぶんあたしは死ぬまで着ないと思うけど、キャサリンは?」 「着てもいいかなーって感じ」 #RASV 0585
2013-09-07 15:12:27「着たらいいよ」 「こっちにいつもどるの?」 「分かんない。早く帰ってきたいけど」 「あっちってほんとにスラムなの?」 「そんなでもないよ。来たらいいのに」 「行きたいけど親がダメだって」 「学校帰りにこっそり来ればいいじゃん」 「なんかロリみたい」 #RASV 0586
2013-09-07 19:52:59「あたしロリみたいだった?」 「ちがうって言うだろうけど、そっくりだよ。でもロリがいなくなってよかった。あの子がいるとまわりに悪いえいきょうあるし」 「キャサリンにはなかったじゃん」 「なかったけど、あぶなかった」 「どういうこと?」 #RASV 0587
2013-09-07 19:57:30「帰らなきゃいけない時間なのにまだいいじゃんって言ったり、見つかったらヤバイことさせようとしたり、たとえば万引き」 とキャサリンはそこまで言って口を閉じた。 「たしかにロリはそういう悪いことしたがったけど、あたしがイヤだって言えばちゃんと分かってくれたよ」 #RASV 0588
2013-09-07 20:05:19「わたしは悪くないもん」 「ロリはあたしとキャットあわせたよりももっと悪かったかもね」 「ローラだってロリといっしょじゃん」 「ちがうよ!」 と言ってあたしがつかみかかったら、キャサリンの顔色がさっと変わった。でも大きな音はたてずにすんだ。 #RASV 0589
2013-09-07 20:13:57「やめて。おねがい、やめて」とキャサリンが言うから手をはなした。あたしの部屋にいる時はそんなこと言う子じゃないのに。 「ロリにはほかに何言われた?」 「ビール飲もうとか。気持ち悪かった」 「ロリはあたしにキスのしかた教えてくれたよ。知らないわけじゃないけど」 #RASV 0590
2013-09-07 20:18:14「教えるってどうやって?」 「キスされた」 「口に?」 「うん。それに舌入れられそうになった。ダメって言ってやったけどね」 「舌入れるの!?」 「だってロリって口が大きいじゃん?舌も長いんだよ」 「それって、えっと、どうだった?良かった?」 #RASV 0591
2013-09-07 20:22:26「舌入れられたらヤだけど、でも、うん、悪くなかった」 「ローラ、わたしにも教えて」 と言ってキャサリンが顔を近づけてきた。 「くちびるつき出してみて」 とあたしは言って、それからキスした。キャサリンは今まで食べたことないものを味わってるみたいにじっとしてた。 #RASV 0592
2013-09-07 20:39:04「キスの味?って男の子とならもっと長持ちするのかな?」 「するよ。いたいのが。男の子ってキスの時舌を思いっきりかんでくるんだって」 「やめてよロー!」 とキャサリンはまゆをしかめたけど、「もう一回キスしてもらっていい?そしたら味が分かるかも」と言った。 #RASV 0593
2013-09-07 20:54:57「いいよ」と言ってさっきより長くキスした。すごくよかった。でもそれだけ。 キャサリンがにこっと笑った。 「分かった?」 「もう一回だけいい?」 「キャットだって悪い子じゃん」 「けんきゅう熱心なだけだよ」 「どうちがうのよ」 「ためしてみる?」 「いいよ」 #RASV 0594
2013-09-07 20:50:35今思えばそのへんでやめとけばよかった。でもあたしはキャサリンに思いっきりキスしてて、ちょうどその時キャサリンのお母さんがドアを開けた。お母さんはひとこともしゃべらなかったけど、ドアをバタンと閉めてホールの方に行ってしまった。 #RASV 0595
2013-09-08 21:40:17「どうしよう・・・どうしよう」 「だってキャットがキスしようって言ったんじゃない」 でもキャサリンはあたしの声が聞こえてないみたいで「もうダメおしまい」とくりかえしていた。 「あたしたちどうなる?」 キャサリンはガタガタふるえてて、あたしもこわくなってきた。 #RASV 0596
2013-09-08 21:44:20「わかんない・・・わかんないよ」 あたしたちは30分くらいじっとしてたけど、何の音も聞こえてこなかった。 キャサリンはますい打たれた人みたいにベッドにたおれたまま動かなかった。あたしはキャサリンのイスにすわって雑誌をパラパラめくってた。 #RASV 0597
2013-09-08 21:49:58そういう風にして、どってことないよって言いたかったけど、キャサリンの様子は変わらなかった。 そしたらノックの音がして、お母さんが「キャサリン?」と言った。 「お父さんのご用事すんだから、ローラがねられるようにソファととのえたわ。もうそろそろおやすみしなさい」 #RASV 0598
2013-09-08 21:56:26「ローラはわたしの部屋でねるんじゃないの?」 「それならこの間話したでしょう」 キャサリンを見たら、何の話?みたいな顔してたけど、でも「わかった」と言って、それでこのまま死んじゃうんじゃないかって思うほど暗い顔になった。 #RASV 0599
2013-09-08 21:59:32「ローラにはトイレの場所とかもう教えたわよね?」 キャサリンはだまってうなずいた。 「じゃあすぐにおやすみなさい」 「おやすみなさい」とあたしとキャサリンは言った。あたしはバックパックに持ち物をつめて、お母さんについてリビングに行った。 #RASV 0600
2013-09-08 22:03:24ソファにはもうシーツと毛布がしいてあって、あたしは「ありがとうございます」と言った。お母さんはだまってうなずいただけで行ってしまった。 しばらくソファでじっとしてたけど、ホールのトイレに行くことにした。 #RASV 0601
2013-09-08 22:15:44中からカギをかけようとしたらかからなくて、見たらドアのカギがはずされて穴になっていた。しかたないからトイレットペーパーを丸めてつめこんで、歯をみがく間も開けられたらいやだから、足でドアを押さえながらみがいた。 #RASV 0602
2013-09-08 22:26:21どうしてドア開けられると思ったか自分でもわからないけど、キャサリンの家にいた5時間くらいであたしまでおかしくなったのかも。 その後アゴにあったニキビをぷちっとつぶして、とくに意味もなく5分くらい鏡を見てた。それから顔を洗って、おしっこしにトイレにすわった。 #RASV 0603
2013-09-08 22:31:45ついでにタンポンかえようと思って新しいのを横に置いた時にふと見たら、さっきドアにつめたトイレットペーパーがなくなってた!信じられるアン?床に落ちてたんでもないんだよ!それでドアのとこまで行って開けたけど、ホールにはだれもいなかった。 #RASV 0604
2013-09-08 22:38:06ホールはまっ暗で、トイレと、ホールの下のリビングだけ電気がついてた。その時うなされてるみたいなキャサリンの声が聞こえて、部屋にカギがかかってないの知ってたし、思わず見に行こうとした。でも急にこわくなってやめて、リビングまで走って毛布を頭からかぶった。 #RASV 0605
2013-09-08 22:43:39頭がおかしくなってたのかもしれない。もう10時まわってたから家に帰ろうとしたらタクシー乗らないとムリだし、タクシーのお金は持ってなかった。その後はずっとしずかだったけど、なかなかねむれなかった。やっとねむれたのは、分からないけどかなりおそい時間だったと思う。 #RASV 0606
2013-09-08 22:47:18朝は早く起きて着がえた。おしっこしたくてもれそうになって、あのトイレに行くことにした。ドアの穴にティッシュをつめて、おしっこしてる間ずっと見はってたけど、何も起こらなかった。ばたばたしてる音が聞こえたみたいで、リビングでしたくしてたらキャサリンが来た。 #RASV 0607
2013-09-08 22:51:40