佐和隆光『市場主義の終焉』まとめ

佐和隆光『至上主義の終焉』岩波新書、2000まとめ
経済
1
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
18世紀末から自由放任が支配力を持ったのは当時の政治哲学と実業界に支持された故である。一般に、哲学の一人歩きが世の中を変革することはありえない。哲学者の所説が何らかの政治勢力とビジネスを擁護する趣に解されて初めて、その哲学は支配力を振るう。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
ケインズによれば、自由放任の思想が長く支持される理由は「それ自身に具わる長所によるよりは、むしろ伝統の力による」。確かにあらゆる思想は、いかに陳腐化しようとも次なる思想が行く手を阻まない限り、「慣性」の働きによって支配力が維持される。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
20世紀末に日本を襲った閉塞感の原因は、経済の低迷と政治の混迷、そして機軸の欠如である。91年に始まる平成不況は、その後10年間に渡って日本経済を持続的不振に陥れた。また冷戦の終結によって自民党は「反共」という分かりやすい指標を失った。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
93年に細川政権が登場した際、自民党を割って出た小沢一郎は新保守主義を、そして武村正義はリベラリズムを旗印に掲げた。容共と反共という単純素朴な指標に代わる対立軸は保守主義とリベラリズムしかありえず、その意味で両氏は先見の明ある政治家だった。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
にも関わらず、大方の政治家は保守とリベラルの何たるかを的確に見定めることなく、選挙対策本位の利益誘導型政策を追求するのみに終始してきた。現状、小沢氏と武村氏が初志を貫徹できなかったのは、笛吹けど踊らぬ「理念なき日本政治」ゆえではなかったか。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
保守主義とリベラリズムの対立軸は、時代背景や社会文脈に依存する。20世紀後半の対立軸は所得再分配、貧困の解消、財政金融政策など経済問題が主だったが、21世紀の対立軸は環境、人権、社会的秩序などの非経済的な諸問題も重視することになるだろう。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
日本人の精神的機軸は、伊藤博文が帝国憲法を制定する際、皇室に託された。しかし戦後、象徴天皇制を契機に「追い付け追い越せ」が機軸へと切り替わった。そして87年にとうとう1人当たりGDPでアメリカを追い抜き、以て精神的機軸を失ったのである。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
効率と公正は両立しないと言われる。しかし、公正という価値の意味、所得格差の縮小が平等化であるという在来型の平等観を見直し、経済政策の質的深化を図ることで2つの価値を両立する政策を立案することが、「社会の医者」としての経済学者の使命である。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
絶対的市場主義者は、実証も論証もされていない未検証の命題を少なからず用いている。例えば「累進所得税制は人々の勤労意欲を削ぐ。富める者にはさらなる収入、貧しい者には貧困という刺激が必要だ」という先験的命題は、実証研究によっても支持され得ない。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
保守主義者は「伝統」の保守と「秩序」の維持を重んじ、社会的異端に対して排斥的に振る舞う。しかし市場主義は地域社会や国民国家を解体するばかりか、伝統と秩序までをも破壊しかねない。この意味で、市場主義と狭義の保守主義は両立不可能である。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
1973年と79年の石油危機により、70年代後半の先進諸国は財政赤字の急拡大に見舞われた。その元凶として糾弾されたのがケインズ主義であった。確かに60年代には公共投資の常数は2を上回っていたが、80年代には1を僅かに上回る程度まで縮小した。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
フランシス・フクヤマによれば、近代西洋の育んだ政治思想である自由と民主主義は、20世紀を通じてファシズムと社会主義という2つの敵に脅かされ続けてきた。しかし第二次大戦の終結と共にファシズムは鳴りを潜め、社会主義も20世紀末に姿を消した。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
20世紀の経済成長を牽引したのは連続的な技術革新により画期的な新製品を次々に投入した製造業だったが、1997年の京都議定書を契機に、20世紀型産業文明は見直しを迫られた。また盲目的な科学技術信仰も90年代以降の環境問題によって相対化された。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
市場主義者は次のように主張する。経済成長に伴い低所得者の所得水準も向上するのだから、たとえ所得格差が拡大しようとも、全ての国民の生活水準は向上すると。しかし、それは個々人の豊かさを実質所得の多寡のみによって測る場合の話である。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
しかし実際問題として、個人にとっての「豊かさ」の実感は、自分の過去と現在を比較するのではなく、他人と比較して得られるものである。つまり下層階級の人々は、格差が拡大するほど、実質所得が増加していようとも、「以前より貧しくなった」と実感する。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
リベラリズムの国内政治における主な争点は物質主義的な諸問題(景気対策、所得再分配、福祉、雇用、通商、産業政策など)から、ポスト物質主義的な諸問題(教育、医療、環境、消費者保護、性差別の撤廃、外国人受入れなど)へと、確実に移行するだろう。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
21世紀の諸問題は、市場主義・伝統保守・秩序維持を信条とする20世紀型保守主義や、市場の不完全性・価値観の多様性・コスモポリタニズムを志向する20世紀型リベラリズムから直接は処方箋を導けない。保守とリベラルの境界も時を経て変化する。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
マルクスの予言の重大な誤りの1つは、資本家の貪欲さを過大評価した点だ。資本主義社会において、技術進歩による労働生産性の向上に伴い賃金は上昇し、労働時間は短縮され、労働者は自由時間を手に入れた。マルクスの論証した「矛盾」は解消されてしまった。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
私が大学に入学した1961年頃は理工系の全盛期であり、生産技術を習得して製造企業に入社するのがエリート中のエリートだと考えられていた。理学部物理化学系や工学部が入試の最難関であったし、就職先も金融業を嫌って製造業を選ぶ同輩が少なくなかった。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
アメリカが人工衛星の打ち上げ競争でソ連の後塵を拝した際、西側の政治家、経営者、学者の多くは人々の動揺を沈めるためか、ソ連は物的生産至上主義の国家であり、自由、人権、人間性といった非経済的な価値を犠牲にしているとしきりに喧伝していた。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
「豊かさ」が一定の水準を超えると人々の価値観は確実にポスト・マテリアリズムに傾斜するのだから、社会主義計画経済が物質的な豊かさの追求に成功すればするほど自己崩壊を余儀なくされるという、予期せぬ「矛盾」を社会主義は内に含んでいたのである。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
1968年、欧米に遅れること数ヶ月、日本でも大学紛争が空前の盛り上がりを見せた。60年の安保闘争までの学生運動は明確に社会主義革命を志向していたが、70年前後は大学教育、学術研究、知識社会のあり方に始まり、産業優先主義に反抗する闘争だった。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
戦後のモノ不足の時代を必死に乗り越えた日本人の勤勉、努力、誠実、責任感といった勤労倫理が一挙に失われたバブル経済期を、私は「倫理的空白期」と呼んでいる。いつまでも進まない日本経済の復興も、他国に例を見ない大学生の知的劣化も、これに起因する。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
1995年に社会学者ジャン・ボードリヤールは「日本という国が豊かなのは日本人が貧しいからという逆説も成り立つように思える」と語った。確かに長時間通勤や長時間労働など日本人の生活は、欧米のポスト物質主義者から見れば貧しいと感じられるだろう。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
H.Takano|意識の高い学士 @midwhite
競争の敗者となる可能性を万人が共有していれば、セーフティネットの必要性に万人が同意するだろう。しかし実際問題、競争の敗者となる確率は人によってまちまちであり、敗者となる確率の低い強者は敢然とリスクに挑戦し、弱者はリスクの回避に努めるだろう。(佐和隆光『市場主義の終焉』2000)
残りを読む(10)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする