渡邊芳之先生ynabe39の「自分も学部生の時には「この先生バカだなあ」みたいなことばかり考えていたが、その8割くらいはいま思えば自分の勉強不足だった。」
科学(ここでは「学問」という意味だろう)の分類は「あと付け」か,というのは面白い問題。おそらくいちばん正解に近いのは「19世紀初頭まではあと付で,19世紀末以降はあと付けでない」だろう。
2013-10-31 11:39:32科学者などの研究者養成システムが確立して,それが学問分野ごとに運営されるようになった19世紀末以降には,研究者がなにをどのように研究するかはその研究者がどの分野の養成システムで養成されたかに大きく依存するようになっている。その意味では学問の分類は研究以前にある。
2013-10-31 11:41:26@ynabe39 19世紀初頭までは新ジャンルがバリバリ開拓されていって、19世紀末以降は各々細分化されていった、という意味で捉えていいんでしょうか?
2013-10-31 11:42:00研究を生業にしない人のほうが研究者が行なう研究の目的や内容への「ディシプリンの影響力」を小さく考えていることが多いのはある意味当然だと思う。
2013-10-31 11:42:35現実には心理学者が物理の問題で意味のある研究をすることはまずできないし,化学者が歴史の領域で意味のある研究をすることもまずできない。大学院までに受けた研究者としての訓練の内容がまったく違っているからだ。
2013-10-31 11:45:14どっち方向に例外ですか?「19世紀以前にも他の学と隔絶していた」という意味?それとも「現在も隔絶していない」という意味? RT @sofrightened: 法学と数学は割と例外な気がする。
2013-10-31 11:48:39「あと付け」とは「研究(の興味や目的,方法)が先にあって,学問の分類はあとから付けられる」という意味です。「あと付けでない」というのは「学問の分類が研究の興味や目的や方法をある程度決める」という意味。@_mabo_curry
2013-10-31 11:51:16科学(や学問)のあり方というのは19世紀末から20世紀前半にものすごく変化していて,「研究者の興味の自発性や自律性」というのはそれに伴って相当に小さくなっていると思う。小さくなってもそれがとても大事なのはもちろんだが。
2013-10-31 11:54:24@ynabe39 なんというか、19世紀以前にも専門性があって存在していた、けれども、同時に他の領域の学とも無縁ではあり得なかった、という感じです。法学者(法律家)は19世紀以前に専門家集団として存在していましたし、数学も少なくともアカデメイアがありましたし。
2013-10-31 11:54:53「自分独自の疑問や興味に向かってただただ突っ走る」という科学者イメージは一般の人の(時には研究者自身の)理想像ではあるけれど現実とはかなり距離がある。
2013-10-31 11:56:04@sofrightened 法学,数学を含む哲学,そして医学がそれにあたるでしょうかね。科学の出現以前からディシプリンを維持してきた学問ですね。
2013-10-31 11:57:12@sofrightened 医学は宗教の時代には宗教の顔をし,哲学の時代には哲学の顔をし,自然科学の時代には自然科学の顔をしてきたわけですから確かに例外かもしれませんね。
2013-10-31 12:11:25「現代社会」という科目に関与している分野。 RT @ynabe39: 「社会科学」を「大学で社会科の教員免許の取れる専門分野」と位置づけてみるのも面白いかもしれない。
2013-10-31 12:19:38@ynabe39 「なってしまう」というより「なっている」現状じゃないですかね?
2013-10-31 12:21:38@ynabe39 占星術の先生が「昔の天文学者は占星術も教えていた。ニュートンやケプラー、デカルトも。でも、それを今の天文学者に話すと、すごくイヤそうな顔をされる」と嘆いていました…^^;
2013-10-31 12:30:22